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ケプラーの校則 第4話(真相)

#創作大賞2024
#恋愛小説部門


 やがて夏休みも終わりに近づいた。
 夏の終わりは、いつも意味もなく寂しさを感じる。
 あんなに眩しかった青空も、どことなく秋模様になった気がする。

 明日香さんと苦労して作った木星や土星の写真やスケッチのパネル。
 部分月蝕の写真やその時の解説。
 また先日のペルセデウス座流星群の星のカウント数などをまとめたものなどが、ようやく夏休みの終わる頃に完成した。
 明日香さんはもちろん、松下先生や麻里子さん達が手伝ってくれて、ようやく部活のような形になって僕は満足な気分だった。
 しかし、明日香さんはここ最近少し浮かない顔をして口数が少ない。そう言えば数日前からそんな感じが続いていた。
 またいつものように機嫌が悪いのだろうか?それとも体調が悪いのか?
 しかし僕はまたいつもの事だろうと、必要以上に明日香さんに話しかる事はしなかった。

 そんなある日。僕がパネルなどを整理していると、久しぶりに明日香さんが僕に声を掛けた。
「すごいじゃん。それ。俊太頑張ったよね。これでこの天文同好会も天文部に昇格するかもしれないわね」 
 そういう彼女の方を見ると、それは無理に作ったような笑顔だった。
 普段、僕のことなど絶対に褒めることはないのに、今日はどこかおかしい。
「どうしたんですか?なんか明日香さんらしくないですよ」
「そう?」
「そうですよ」
 明日香さんは、いつものあの不機嫌な様子とは少し違っていた。
 そしてしばらく沈黙のあと、重く口を開いた。
「わたし・・・・・・学校を辞めるの」
 一瞬その言葉の意味がわからなかった。
「辞める?この学校を?」
 なぜこの学校を辞める必要があるのか?それも何の前触れもなく。僕は驚くと言うよりも『なぜ?』の方が強かった。
「留学する事にしたの・・・・・・。アメリカのハイスクールに行くの・・・・・・」
 理由はわからないが、その思いつきのような理由と、震える彼女の言葉は明らかに嘘とわかった。そして、彼女の表情を見ると明らかに、涙をこらえているのがわかった。
「留学って・・・・・・どうして?それだけじゃわかりませんよ。一体何があったんですか?」
 僕も何が何だかわからなくなっていた。
「だから、もうここには来ないの。俊太と会うのは今日が最後なの」
「だから、なぜ?」
「私、秀才だからアメリカに留学するの。あっちは九月入学でしょ。だから明日にはもう日本を発つの」
 秀才が全てアメリカ留学するならば、日本から秀才がいなくなるではないか。明らかにそれは嘘だとわかった。
「本当の事を言ってくれないんですね」
「もう決まった事だから仕方ないの」
 明日香さんは涙を一生懸命こらえていたが、徐々に目から大きな粒が頬を伝っていった。
 彼女に何かあった事に違いない。しかしそれが何なのかは全くわからない。
 明日香さんは部室にあった僅かな私物をバックに入れると、僕の方を振り向いて
「これ、俊太にあげる」
 そう言って渡してくれたのは、あのロッジに行った時に買った、ヒトデのストラップだった。
 そして彼女は一言
「俊太。今まで本当にありがとう。好きだったよ」
 と言って、部室を早足で去って行った。
 僕は明日香さんの後ろ姿を捕まえようと腕を伸ばしたが、届かなかった。いや、彼女を追いかけようと思えば追いかけられたはずだが、僕の脚は止まったままだった。
(もう明日香さんと会うことはできない)
 それはあまりにも現実的でない気がした。
 明日になれば彼女はまた、僕と会うはずだと・・・・・・そう思いたかった。

 次の日は新学期だった。
 しかし、明日香さんは放課後になっても部室には現れなかった。あれだけ僕を見るたびに憎まれ口をたたいていたのに。
 明日香さんのいない部室は初めてだった。そういえばいつも僕より早くここに来ていた。
『俊太。遅い!』そんな事を言われた日は一回や二回じゃない。この部室に一人でいると寂しさが一層募った。
 外では昨日と変わらず、蝉が一生懸命鳴いていた。この部室近くではこんなに蝉が鳴いていていたのかと初めて知った。
 僕は、彼女が確か二年三組だったのを思い出し、その教室へ向かった。 
 その教室の前まで行くと、まだ多くの女子生徒が騒がしくしていた。そして、教室から出てきた一人の女子学生を見つけると、僕は明日香さんの事を訊いた。
「あの、このクラスに姫野明日香さんて言う方がいらっしゃると思うのですが……」
 突然訊かれたその女子生徒は立ち止まり、少し考えるようにして上の方を見た。そして
「姫野明日香って、誰?」と僕に言った。
 僕は教室を間違えてしまったと思った。
 それでも、その女子生徒は教室から出てきたもう一人の女子学生に、
「ねえ、明日香って子、知ってる?」と訊いた。 
 するとその訊かれた女子生徒は、
「あの秀才の子の事じゃない?」
 と言うと、最初の女子学生が思い出したように、
「あ~。あの秀才の子。でもあの子ならもういないわよ。なんでもアメリカに行ったって言う話しよ。あの子に何か用なの?って言っても、あの子の事を知っている人はあまりいないけどね」
「知っている人がいない?」
「そうよ。別に嫌われているわけじゃないけど、クラスの子とはあまり付き合いがなかったし、しゃべった人もほとんどいないわよ。だってほら、彼女身体のどこか具合が悪いみたいで、教室にも来たり来なかったりだったみたいだし。体育の授業も制服のまま体育館の隅の方で見ていただけだから。でも試験だけはきちんと受けてて学年のトップクラスだったのよ。どこで勉強しているのよって、みんな気味悪がっていたわ」
「具合が悪い?」
 僕はそんなはずはないと思った。クラスに来たり来なかったりとは言っても、部室には毎日来ていたし、身体が悪いどころか、僕には毎日厳しい言葉ばかり浴びせていた。
 しかし・・・・・・。
 そう思えば一つ思い当たる節があった。あの多量の薬だ。あの薬はもしかして何かの病気の薬だったのかもしれない。
「そうよ。だからアメリカに行ったみたいよ。肝移植っていうんだっけ?それを受けるために」
「え、肝移植・・・・・・」
「彼女、生まれつき肝機能が悪くて移植手術が必要だったみたい。なんでもアメリカで急にドナーが見つかりそうだとか、どうのこうのって云う事みたいよ。詳しいことは知らないわ」
 全然知らなかった。そんなこと一度も聞いたことがなかった。
 僕は、その女子生徒にお礼を言うと、すぐに急いで走り出した。
 行き先は保健室だ。松下先生なら何か知っているはずだ。
 僕の前から急にいなくなり、その理由はアメリカでの臓器移植で、その上、あんなに高飛車な威張っていた彼女が、クラスでは知っている人がほとんどいない。そんなことあるわけがない。今まで僕が過ごした明日香さんは本当に実在した人なのだろうか?そんな錯覚にも囚われた。

 保健室では松下先生が椅子に座り仕事をしていた。先生は血相を変えて入ってきた僕を見るなり
「俊太君。どうかしたの?」
 と、気遣うように言った。
「あの、先生。明日香さんが・・・・・・」
 僕は何から話していいのかわからなかった。
 しかし、先生は僕が何が訊きたいのかすぐに察しがついたようだった。
「大丈夫よ。落ち着いて。彼女からは何も聞いていないの?」
「昨日、アメリカに留学するとだけ・・・・・・」
 僕はもちろん留学なんて見え透いた嘘だと言うことはわかっていた事。そして先程、明日香さんの教室に行って肝移植の事を訊いた事などを先生に話した。
 先生はそれを黙って聞き、僕は今までの経緯を話した。
「留学ね・・・・・・。俊太君には本当の事が言えなかったのかもしれないわね」
「先生は全部知っていたんですか?」
 僕がそう言うと、先生は明日香さんの知っている事の全てを話してくれた。
「彼女は元々未熟児で生まれてきたの。それと彼女は生まれつき肝臓に疾患があって、移植手術をしないと長く生きられそうになかったの。わたしも専門的な事はわからないけど、国内ではなかなかドナーが見つかりにくくて、彼女の両親はアメリカでの手術を決断したの。でもアメリカで臓器移植の手術ってかなりお金が掛かるのよ。たまたま明日香の家は経済的にも余裕があったけど、それでもなかなか工面できなくてね。そんな時、ある人が明日香さんの手術の費用を一部負担してくれたらしいの。だから、費用面は何とかなったんだけど、ドナーはなかなか現れなかったみたい。明日香さんは小学生の頃から学校も休みがちだし、体育の授業なんかはほとんど休んでいて。元々人見知りの強い子だったから余計に引きこもってしまったみたい。この学校だってあの子のいた中学から来た人はあまりいないの。彼女はそういう所を選んだんだけどね。でも、俊太君と知り合ってから彼女、少し変わった見たい。少し明るくなったと言うか、生きる欲が出てきたというか。そんな矢先に、アメリカでドナーが見つかったって急に連絡があったのよ」
 今まで僕が見てきた明日香さんとあまりにかけ離れている先生の話に、僕は戸惑った。
「それであんなに薬を服用してたんですか」
「それも知ってたの?」
「ええ。天体観測の合宿の時に、つい見てしまって」
「そう、薬の事も知っていたのね。彼女は元々人づきあいが苦手な上に、さっき話した事もあって教室にいてもほとんど喋らなかったみたい。今まではむしろ自閉症に近い感じだったわ。だから学校に来ても、この保健室にいつも出入りしていたの。でも、元々頭の良い子で、教科書と参考書を広げて自習すると、その教科は概ね理解したみたい。成績はいつもトップクラスだったわ」
 明日香さんはそんな中、なんとか人と関わろうとして部活にも入りたかったようだが、結局それは諦めたらしい。でもそれなら自分で部を作れば先輩もいないし、自分と合う人だけと付き合えばいいって思ったようで、それで松下先生に相談したようだ。
 境遇は違うが、明日香さんと僕はこの学校を選んだ理由は同じだったようだ。
「それで天文同好会だったんですか」
「“天文”の方はたぶん麻里子の影響ね。でも活動の内容なんて彼女にとってはどうでもよかったのよ。この学校にいる間、楽しく過ごせればそれで良かった。そこでたまたまあなたと出会って、彼女は本当に喜んでいたわ」
 しかし、松下先生はどうしてこんなに明日香さんの事を知っているのだろうか?
 養護教諭だから具合の悪い生徒の事はみんな把握しているのか?いやそうだとしても詳し過ぎると思った。
「先生は明日香さんの事が詳しいんですね?」
 僕がそう言うと先生はしばらく黙っていた。何かを言うのか言わまいかと言うことを悩んでいるような感じだった。
「彼女のことは生まれたときから知っているの」
「生まれた時から?」
「そう。でもそれ以上はわたしの口からは言えないわ」
「どうしてですか?」
「ごめんなさい。言えないの」
 何かよっぽどの事情があるかもしれない。それは気になることだが、今の僕にとって一番知りたいのは、再び彼女と会うことができるかどうかだ。素直な気持ちを言えばもう一度会いたい。それだけだ。
 僕は気持ちを切り替えて、
「先生ありがとうございました。あとは麻里子さんに訊いてみます」
 僕がそう言うと先生は
「麻里子なら今はいないわ。明日香に付き合ってアメリカに行ってるの。もっと言えば、あのペルセウス座流星群の頃には、既に向こうに行って、入院先の手配とか色々してたの。もちろんその時はまだ明日香さんは何も知らなかったけど。それに帰るのは手術が終わってから。彼女の母親、つまり麻里子のお姉さんも付き合って行ってるから、術後はお母さんの方に任せると思うけど」
 道理で、あの時麻里子さんがいなかったわけだ。
 そして手術が成功ならば、麻里子さんは10日程度で帰ってくるらしいと言うことだった。
 僕はお礼を言って保健室を出ようとした。
 その時、松下先生に振り返り訊いた。
「僕はもう一回明日香さんに会うことができるでしょうか?」と先生に訊いた。すると
「大丈夫。明日香さんもあなたと会いたがっているわ。だから今は少しだけ我慢して」
 先生は明るい笑顔で僕にそう言ってくれた。

 僕はいつものように放課後になると、誰もいない部室に行き、文化祭の発表の準備をした。
 しかし、僕はこれを一人で準備する事は非常に無意味に思えた。『自分は何のために、誰のためにこんな事をしているのだろう』と思うことがしばしばあった。だからといって、何もしないわけには行かなかった。明日香さんに会えない寂しさは、これで紛らわすしかない。そしてこれをする事によって、いつか明日香さんに会える気がした。
 そして、松下先生とあの話しをしてから一週間が過ぎた。
「明日香さん。手術が成功したそうよ」
 松下先生は、文化祭発表の準備を部室でしていた僕にそれを教えてくれた。
「え、本当ですか!良かった」
 僕は思わず頬が緩み、今まで抱えていた胸の重りが、少し軽くなった感じがした。
 それからまた一週間が経った。
 再び松下先生は部室を訪れ、麻里子さんがアメリカから帰って来たと伝えてくれた。そして麻里子さんも僕の事を気にしていると言ってくれた。
 翌日、僕はあの工場に向かった。
 工場の玄関前に立つと、最後のバイトからまだ一ヶ月と少ししか立っていないにもかかわらず、ずいぶん久しぶりなような気がした。
 そして一ヶ月前に、明日香さんと一緒に働いていたことが懐かしく感じられた。
 事務所に行くと、麻里子さんはいつもの制服を着て仕事をしていた。そして僕に気がつくと笑顔になった。
「麻里子さん。久しぶりです」
「そんなにまだ時間が経っていないのに、本当に久しぶりという感じね」
 僕は早速、明日香さんの様子を訊ねた。
 麻里子さんは
「ここじゃなんだから、応接室の方に行きましょう」と、ほかの事務員の方に「応接室にいきます」と伝えて、僕を隣の応接室に案内してくれた。
 そこは布張りのソファとセンターテーブルがあり、こじんまりとしていた。
「明日香が急にこんな事になってしまってごめんなさい。びっくりしたでしょう」
 麻里子さんはコーヒーを淹れながらそう言った。
「はい。本当にびっくりしました。何がどうなっているのかと思って」
 僕は正直な気持ちを言った。
「明日香のこと、色々伝えてなくてごめんなさい。別に隠すつもりはなかったの。でもあの子が『俊太には言わないで』っていうものだから、それで言いそびれちゃったの」
 麻里子さんはすまなさそうに言った。
「どうして身体の事や移植手術の事を言わなかったんでしょうか?」
「たぶん、それを言ったらあなたが明日香から離れていってしまうかもしれないと思ったんだと思うわ」
「離れていく?」
「それだけ、明日香にとって俊太君は大切な人だったのよ」
 そして、麻里子さんは明日香さんの生まれつきの疾患の事などを話してくれたが、それは松下先生から聞いていたことと概ね一緒だった。
 また、アメリカでの明日香さんの様子を教えてくれた。アメリカに到着した時のこと、入院したときのこと。手術前と手術後のこと。そして、術後の経過なども教えてくれた。今は明日香さんのお母さんと経過を見ながら、病院でゆっくり過ごしていると言うことだった。
 今の彼女は、僕といた時のようにはしゃぐこともないようだった。麻里子さんの話によればそれが普段の明日香さんの姿だという。どうやら僕といるときだけ、はしゃいでいるようだった。そして明日香さんも僕に会いたがっているという事を伝えてくれた。
「明日香には本当に良くしてくれてありがとう。俊太君もわかっていると思うけど、あの子は誰でも仲良くできるというタイプじゃないの」
 確かに人を寄せ付けないような雰囲気は最初からあった。しかしそれは僕と同じ匂いのする人のようでもあった。だから僕と上手く気があったかもしれない。
「あちらではお母さんと一緒なんですか」
「ええ、しばらくはわたしの姉が付いているけど、姉もしばらくするとこっちに帰ってくるわ」
「そうすると明日香さんも淋しいですね」
 そういうと麻里子さんはまんざらそうでもないという感じで
「あの子はあっちの空気が合うみたい。英語が話せるというのもあるかもしれないけど、毎日ドクターやほかの職員さんたちとも楽しく話しをしているわ。日本だと暮らしにくいかもね」
「それは良かったですね・・・・・・」
 口ではそう言ったものの、もしかしたら明日香さんはこっちに帰らないのではないかという、漠然とした不安が心の隅に湧き出した。
「それじゃ、しばらくは明日香さんには会えませんね」
 その言葉が少し淋しそうに聞こえたのか、
「もう少ししたら、リモートで話すことができるわ」
 麻里子さんは僕を気遣うように言った。
 でも僕はそれを遠慮するように、
「いや、今はいいです。弱っている明日香さんを見たくないし、それに彼女だって僕を見たらまたカラ元気を見せようとして、無理をするかもしれませんし」
 たぶん彼女のことだから、僕と話すとまた、いつもの調子を見せようと無理をすると思うので、負担は掛けたくなかった。
「気を遣ってくれるのね。ありがとう。俊太君が心配してくれてた事は伝えておくわ。元気になったらリモートで会うことも」
 僕も麻里子さんにお礼を言った。
 そして目の前のコーヒーを飲むと少し落ち着いた。そうするとなぜか前から気になっていたことを聞きたくなった。
「麻里子さんは明日香さんの事、本当の妹のように思っているんですね。妹っていうよりなんか母親みたいです。なんか顔も似ているし」
「そうかしら。そう見える?まあ血は繋がっているわけだから当たり前かも」
 麻里子さんは当然というように言った。
 僕は明日香さんが今落ち着いているなら、とりあえずそれでいいと思った。そうするともう一つ、何となく前から不思議に思っていたことが思わず口からでた。
「あの、明日香さんとは直接関係ないのですが、前から不思議に思っていたことがあるんですが訊いてもいいですか?」
「ええ。何かしら。わかたしがわかることならいいけど」
 麻里子さんとゆっくり話しをする機会は滅多にないので、この際と思い聞いてみた。
「麻里子さんは松下先生と仲が良いようですけど、どういう関係なんでしょうか?明日香さんに訊いてみても詳しくは知らないみたいで」
 すると麻里子さんは一瞬困ったような表情になった。しかしすぐに笑顔で、 
「え~、そんなにわたしに興味があるの。あんまりそんなことばかり聞いていたら明日香に叱られるわよ」
 麻里子さんは笑いながらそう言い、何となく話しをはぐらしたい感じだった。確かに年上の女性にあれこれ聞くのは失礼かもしれないと思った。
 そして、麻里子さんは機嫌を損ねてしまったのだろうか?彼女はしばらく無言になり、何か考え事をしているようだった。『ここは謝った方がいいかな』と、僕がそう思った時、
「松下先生にはお世話になったの。わたしが高校生の時」
 麻里子さんを見ると、さっきまでの穏やかな表情から少し、硬い表情に変わっていた。どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったわけではないようだ。
 やがて麻里子さんは、落ち着いた声で語りかけるように話しをした。
「わたしが高校生の頃、松下先生もまだ若くて、新任採用から二年目だったわ。彼女にはあの時本当に迷惑を掛けてしまって申し訳ないと思っている。新任の養護教諭に取っては難しい課題を与えてしまった事になって。でも、色々わたしのために奔走してくれて今でも頭が上がらないわ」
 麻里子さんは思い出すように、しばらく天井の方を向いた。そして急に僕の方を見て、
「俊太君はわたしのこと好き?」
 いきなりのその言葉に僕は戸惑った。ここで好きとか言ってもいいのだろうか?しかし人妻だし、そんな事を言ったら明日香さんにも叱られるだろうし・・・・・・などと一瞬のうちに色んな事を考えた。
 すると麻里子さんはそんな戸惑っている僕の気持ちとは関係なく、
「もし、俊太君がわたしのことを好きだったら・・・・・・こんな事を言うと嫌われちゃうかもしれないけど」
 麻里子さんは優しく微笑んだ。
 いったい何を話すというのか?少なくともさっきまで僕は、何かを少し勘違いしていると言うことだけはわかった。
「実はわたしも、俊太君や明日香が通っているあの高校に通っていたの」
 それは何となく明日香さんから聞いていた。
「はい。それは明日香さんから聞いていました」
「二年生までね。二年生の途中で中退しちゃったの」
「中退・・・・・・?」
「その時に当時、ここに勤務していた松下先生にお世話になったというわけなの」
 つながりは何となくわかったが
「どうして中退されたんですか?それと松下先生にお世話になったってどういうことでしょうか?」
 麻里子さんは思い出すように僕に話をしてくれた。
「わたしね。高校二年生の時に妊娠しちゃったの。今から考えるとかなり問題の生徒よね。もちろんわたしの周囲は大騒動よ。でも、わたしはそんな周囲とは反対に愛する人の子を宿して幸せな気分だった。たぶん世間知らずだったのよね」
 僕はその麻里子さんの言葉に身が固まった。
 麻里子さんが高校生の時に妊娠したというのはショックだったが、それによって麻里子さんが不潔とも嫌いとも思わなかった。ただ、色々な感情が複雑に絡み合い、思春期真っ最中の僕はどう気持ちを整理していいのかわからなかった。
「それで、そのお子さんはどうされたんですか?」
「もちろん生んだわ。でも、もちろんなんて言うとわたしの独りよがりだったかも知れないわね。さっきも言ったけど回りは大騒ぎ。両親もオロオロするばかりだし、学校側もどう対応していいのかわからなくて」
「相手の方はどう言われました?」
「もちろん生んでくれと言ってくれたわ。でも事はそれほど簡単じゃなかったの。だって相手はこの学校の先生だったんだから」
「え、学校の先生なんですか!」
 その言葉に衝撃が走った。
 映画やドラマでは良くある話しだが、身近にそんなことがあろうとは思わなかった。
「でもね。勘違いしないで欲しいの。わたしたちは本当に真剣に付き合って愛し合っていた。今でもそう思っているわ。ただ知り合ったきっかけが学校で、それぞれの立場が生徒と教師と言うだけで・・・・・・。でも、そんな事は当然回りには理解されない。まだ子供だったわたしは、そんな事がわからなかったの」
 麻里子さんは無意識に少し首を振り、そして続けた。
「わたしは自ら望んでこうなったのに、回りの大人達には理解されなかった。相手の先生は加害者、わたしは被害者という位置づけになったの。これには、別に被害者も加害者もいないはずなのに。でも、そうならなければならなかったの。それがわたしはどうしても理解できなかった」
 もし、今の時代ならもっと大変な状況になっているだろう。しかし、17年前の出来事とはいえ、大騒動になっていた事は容易に想像できた。
 僕は麻里子さんの話を黙って聞いていた。
「俊太君はわかるのね。わたしが許されない領域に脚を踏み入れたというのが。たぶんあの頃のわたしは、俊太君よりずいぶん子供だったと思う。学校はPTAとか呼んで経緯の説明会を開いたり、両親は迷惑をかけたと学校に謝りに行ったり、マスコミは面白おかしく報道するし。名前は伏せていたけどさらし者状態だった。彼は実名公表されて、停職一年だったけど、結局この学校も、教師という職業そのものも辞めてしまったの。ただ、わたしが高校生だったという理由だけで。わたしがあと二歳年を取っていればなんの問題もなかったのに」
 麻里子さんは唇を噛みながら言った。
「わたしは彼の子供を宿したと言うことは、大変な事だとわかっていたけど、幸せでもあったわ。でもその見返りとして、回りがこんなに大騒ぎになっていることと、それによってわたしの愛する人が職をおわれ、わたしの知らない遠くへ行ってしまうのがすごくショックだった。そんな時、わたしの心身ともに支えてくれた人が、まだ新任の養護教諭だった松下先生だったの」
 僕は麻里子さんの話す事を、全くの他人事のように聞いていた。あまりにも突然で現実味がなかったからだ。
 しかし、目の前の麻里子さんを見ればそれが現実だと言うことがわかった。彼女はいつも僕の前では颯爽としていて、そして美人で明るかったが、今初めて悲しそうな顔をしていた。
「だから松下先生と親しいんですね」
 麻里子さんはこくりと頷いた。
 そして、僕は気になっていたことを恐る恐る訊いてみた。
「それで、その妊娠した赤ちゃんは生んだんですよね?」
 すると麻里子さんは、しばらく黙っていたが、
「俊太君。まだコーヒーいる?」
 と訊いてきた。
「いえ、僕はもう結構です」
 目の前のコーヒーは半分ぐらい飲んでいたが、残ったものはすでに冷めていた。
 しばらくして麻里子さんの口が開いた。
「ええ、そうよ。生んだわ。もちろん回りは反対したけどね。でも、時間が経つにつれて堕ろせなくなったというものもあったけど、わたしはどうしてもあの子を生みたかったの」
 僕はそれを黙って聞いていた。
「でも結局、育てるのは難しいだろうとう言うことで、子供がいなかった姉夫婦が自分の長女として育てることになったの」
「麻里子さんのお姉さんの長女として・・・・・・と言うことは、やっぱり」
「そう、明日香はわたしの生んだ子供なの」
 話しの展開からして予想していた事とは言え、やはりショッキングな事実だった。
 そして、僕はしばらく言葉が出なかった。
 深い沈黙のあと、僕は麻里子さんに訊いた。
「それを明日香さんは知っているんですか?」
 麻里子さんは首を振り
「それをあの子に言ったことはないわ。でも、もしかしたら既に気が付いているかも知れない」
 確かに麻里子さんが遠くに離れている人ならわからないかも知れないが、こんなに身近にいたら気が付いていてもおかしくない。
 僕は少しうつむき加減に黙っていた。
「俊太君、大丈夫?」
 麻里子さんは僕の顔を覗き込むような感じで言った。
「あ、ごめんなさい。大丈夫です」
「本当?ならいいけど。こんな事を言ったのは俊太君がはじめてよ。俊太君には明日香がお世話になったから」
「いえ、僕は何もしていませんけど」
 麻里子さんが言うとおり、こんな話しは誰にでもできないだろう。ましてや明日香さん自身が知らない話しなのだから。でもそんな話しを僕にしてくれたことは嬉しく思った。
「わたしは俊太君が思うような、素敵な女性ではないと言うこともわかった?」
 麻里子さんは落ち着いた声で言った。
「それは・・・・・・ないです。麻里子さんは僕にとって憧れの女性であることには変わりません」
 勝手に言葉が出てしまったが、言ってしまってから顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
「無理しなくてもいいのよ。褒められた話しじゃないから。でも、ありがとう」
 麻里子さんは嬉しそうな顔をして言った。
 恥ずかしかったが、僕の先程の言葉に嘘はなかった。
「でも、もし明日香が既に本当の事に気づいていたとしても、わたしやわたしの姉が真実を言わない限り明日香はずっと知らない振りを通すと思うの。あの子はそう言う子なのよ」
 そう言う麻里子さんの顔は少し辛そうだった。同時にあんなに麻里子さんに懐いていた明日香さんが、もしも本当のことを知っていたとしたら、あるいは知ることになれば、どんな気持ちろうかと思った。
 僕の頭の中では、あのロッジで二人が仲良くしていた記憶が蘇っていた。
 そしてあの夜、僕の部屋で明日香さんが『麻里子さんの事は好きにならないでね』と言った事が気になった。それはもしかすると嫉妬ではなく、彼女は既に自分は麻里子さんの子だとわかっていて、自分の母親の事は好きにならないで欲しいと言うことかもしれないと思った。
「でも、いつかはきちんと話さないといけないですよね」
 麻里子さんはしばらく時間を置き
「俊太君の言うとおりだわ。でも、今の関係のままでいたいと思う事も事実なの。もしも今の関係が壊れてしまったら、明日香がわたしからどんどん離れて行ってしまう感じがして怖いの」
 僕は麻里子さんの不安そうな顔を初めて見た。それはいつも僕たちをリードしてくれる表情とは違ったものだった。
 そして、僕は明日香さんのお父さんの事が気になった。
「麻里子さんの今の旦那さんはその先生なんですか?」
「ううん。今の主人は全然別の人よ。でも、わたしの昔のことも明日香の事もみんな納得した上で結婚してくれたの」
「それじゃ、明日香さんのお父さんは今どこにいらっしゃるんですか?」
「彼は、教師を辞めてから塾の講師になったらしいわ」
「・・・・・・らしい。ですか?」
「ええ。あれから連絡が取れなくなっちゃって。と言うよりも連絡を取ることは許されなくなったの。当然よね、あれだけ回りを騒がしたんだから」
 麻里子さんは遠い昔を見ている感じで言った。
「彼はね。高校では理科の先生で、地学と物理を担当していたわ」
「地学と物理ですか」
「塾でもそれを活かして、その科目では結構人気講師だったらしいの」
「きっと、教え方も上手だったんですね」
「そうね。教え方と言うよりも話し方かしら。だって彼は演劇部の顧問もやっていたし、そういうものにも興味があったみたい」
「演劇部?この学校の演劇部の顧問ですか?」
「そうよ。俊太君や明日香が使っていたあの部室で彼は顧問として活動していたわ」
 僕は部室であの額に入っていた『ケプラーの校則』を思い出した。
「もしかしてあの額・・・・・・ケプラーの校則って書いてある言葉の額って、あの時代のものなんでしょうか?」
 僕がそう言うと、麻里子さんは落ち着いた声で言った。
「あのロッジの合宿の時に、俊太君が『ケプラーの法則を解説する事』って言ったわよね。あの時、あの額縁が未だに飾られていることを知って驚いたわ」
 そう言えばあの時、麻里子さんの顔が硬くなった事を思い出した。
「何かそれと、明日香さんの本当のお父さんと関係があるんですか?」
 すると麻里子さんは
「彼の名前は木村圭治って言うの。生徒の間ではキムケーって呼ばれていたわ。それに地学と物理の先生とも相まってか、ある時からケプラー先生とも呼ばれるようになったの。先生はそれを気に入ってか、授業では特にケプラーの法則を丁寧に教えてたわ」
「ケプラーの法則?」
「そうよ。そういえば俊太君、ケプラーの法則を解説するとか言ってたけど、それは出来たのかしら?」
 麻里子さんは思い出したように言った。
 そう言われた僕は、夏休みの宿題を最終日になってもまだやっていない子供のように焦った。
「いや、それが・・・・・・まだ。いろいろ忙しくって・・・・・・」
 そういう僕の態度を見て麻里子さんはプッと吹き出した。
「いいのよ別に。夏休みもいろいろ忙しかったものね。それにあの目標。明日香じゃないけどちょっと詰めすぎだったかもね」
 僕は全く返す言葉がなかった。確かにいろいろと欲張りすぎたかも知れない。それと言い訳ではあるが、今年の夏は上手い具合に天気が良く、目的にしていた天体現象が全部観測できて、雨対策の図書館での研究対象の『ケプラーの法則』の解説を作るまでは手が回らなかった。
 僕は言い訳をするように
「今年の夏は天気に恵まれすぎていて・・・・・・」と言おうとすると、
「ケブラーの法則は三つあるの。部室のケプラーの校則も三つの文言があったでしょ」
 麻里子さんは突然ケプラーの法則について語り出した。
「麻里子さんはあの文言の内容を知っているんですか?」
「知っているも何も、あの文言を作ったのはわたしよ。それを額装して飾ってくれたのは松下先生。わたしは演劇部員で松下先生は演劇部の副顧問だったの」
 なんだか絡まった紐が、徐々に解かれていく感じがした。
「そもそもなんでケプラーの法則なんですか?もちろんその木村先生と言う方がケプラー先生と言われたことに由来していると思うのですが?」
 僕は今ひとつ腑に落ちなくて麻里子さんに訊ねた。
「それはまず、ケプラーの3法則がどういうものかを説明しないといけないわね」
 麻里子さんはそれらをわかりやすく簡単に教えてくれた。
「まずケプラーの第一法則は、『恒星を回る惑星の軌道は円形でなく楕円形である』と言うこと」
「え?楕円なんですか?」
「第二法則。『軌道の速度は恒星に近づくほど早くなる』。そして第三法則『軌道の一周の速度は円でも楕円でも同じ』。簡単に言うとこういうことよ」
 僕はあまりにも麻里子さんがそれをスラスラ言えるのに驚いた、
「例えば、第一法則の『恒星を回る惑星の軌道は円形でなく楕円形である』と言うのは、今の時代においても『え?』って思うでしょ。だって太陽の周りを回っている地球って春夏秋冬同じ速度で円を描いて移動していると思うじゃない。それがまず楕円と言うことが信じられないし、楕円だから太陽と近い所と遠い所が出来る。太陽から少し遠い時には遅く、そして近いときには早く移動するなんて信じられないでしょ。ケプラーがこれを唱えた時代は、既にコペルニクスによって天動説から地動説へと変わって来たとはいえ、まだまだ天動説を信じる人が多い時代。当時宇宙は完全体とされていたので、楕円で軌道を描くなんて事は考えられなかったの。でもケプラーはあの時代に、当時の天体観測の第一人者のチコ・プラーエの観測結果を基に様々な計算をして、こういうことを公然と唱えたのよ。多くの観測結果を調査し、既成概念に囚われることなくね」
「既成概念ですか?」
「そう。彼、木村先生はいつもそう言っていたの。『既成概念に囚われることなく・・・』ってね。でもそのせいで『自分の教え子の高校生を妊娠させてもいいのか』と、あとになってずいぶん言われたけどね」
 確かにそう言われるのも無理はないと思った。
「だからあの言葉も蔵入りなのよ」
「あの言葉?」
「そう、ケプラーの校則」
「いや、だからあれはまだ部室に飾っていますよ」
 すると、麻里子さんは首を横に振り
「だから、あれはわたしが書いたって言ったでしょ。あの言葉の下にもう一枚紙があって、それに彼が書いた『ケプラーの校則』あるの。わたしは彼がこの学校を去る前に、あれを残したかったの。だから彼の言葉が見えないように、わたしの書いた紙を重ねたのよ」
「それじゃ、あの言葉の下に本当のケプラーの校則が書かれているんですね」
 僕は、あの言葉が書いてある紙の下にある、本当の『ケプラーの校則』早く知りたくなった。
「そうよ。それは部室に戻って、自分の目で確かめるといいわ。それにそもそもあれは演劇部の部室に飾っていたものじゃなかったの」
「え、始めからあそこにあるものじゃないんですか?」
「最初は理科準備室にあったものなのよ」
「理科準備室ですか?」
「そう、彼はいつも理科準備室にいたから、そこであの言葉を書いて額に入れ、生徒達にいつも読ませていたの。『これが俺の信条なんだ』ってね。わたしもずいぶん読まされたな。それがいつの間にかケプラーの校則と呼ばれるようになったわけ。でも彼がこの学校から去るとわかった時、わたしは理科準備室からその額に入った言葉を持ち出し、演劇部の部室に新たな言葉を書いて、その紙を上から重ねて飾ったの」
「どうしてですか?」
「あれを飾っていると、彼の言葉は見えなくなったけど、少しは彼を感じる気がしたの」
「麻里子さんはその木村先生のことが、よほど好きだったんですね」
 そういうと麻里子さんは、少し頭を下げ、一瞬頷いたように見えた。
「あの頃、誰もいない理科準備室で二人っきりで色んなことを話しているときが一番幸せだった」
 麻里子さんの表情は何となく幸せそうに見えた。その顔は、木村先生と付き合っていた頃を思い出していたようだ。それは彼女にとって幸せな時間だったに違いない。でも明日香さんが出来たことによって・・・・・・。
「あの、麻里子さんは明日香さんを生んだことを後悔しているんですか?」
 僕は聞かずにいられなくなった。
 すると麻里子さんは強く否定するように、
「そんなわけないじゃない。わたしはあの子が出来たとき本当は嬉しかったの。でも、社会的に見てどうこう言われることは覚悟したわ」
 それを聞いて僕は少し安心した。
「ただ、社会的に許されることではなかったのかも知れない。その罰としてあの子に生まれながらの病気を神様が与えたのかもしれない。そう思うとわたしは・・・・・・」
 麻里子さんは次の言葉が出なかった。
「大丈夫です。明日香さんはきっと良くなって帰ってきますから」
 僕はそう信じた。
 そして麻里子さんも
「わたしも信じているわ。だからあの人も一生懸命・・・・・・」
「あの人?」
「彼のこと。明日香の本当の父親」
「木村先生・・・・・・でしたっけ。その人がどうかしたんですか?」
「彼がアメリカで、明日香の手術の手続きと費用を出してくれたの」
 僕は父親の方は、もう消息がわからないと思っていた。しかしこういうことでつながっているとは・・・・・・いやそれより、明日香さんの事を未だ気に掛けているとは意外だった。
「その人は、アメリカで何か成功したんですか?だって手術費用もかなり高額だって松下先生が言っていたから」
「ううん。そんな事はないわ。彼はそんなにお金持ちじゃないわ。彼は塾の講師を数年勤めたあと、アメリカに渡って、今はある天文台の職員になっているの。天文台の職員って言ったって嘱託のようなものだから、その給料で生活していくのがやっとだわ」
「じゃ、どうやってその高額な費用を工面されたのですか?」
「クラウドファンディングよ」
「クラウドファンディング?」
「ええ。彼もまたアマチュアの天文写真家なの。彼の撮った色んな星の写真を返礼品にして、明日香の手術費用を捻出したみたいなの」
「だから麻里子さんもアマチュア写真家に?」
 僕はそう思った。
「違うわ。それは偶然。彼がアマチュア天文写真家なんて知らなかった。一年前に知り合いを通じて、明日香のためにクラウドファンディングをしていると聞くまで。でも、わたしが星々を撮るようになったのは彼の影響だと思う。そう考えれば関係なくもないかも知れないわね」

 明日香さんはつくづく色んな人に愛されていると思った。産みの両親と育ての両親。そして僕も、その一人になりたいと思った。

第5話(最終)  ケプラーの校則 第5話(ケプラーの校則)最終話|Akino雨月 (note.com)

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