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「ふらっとイスタンブル」ができた時代

あまり昔話ばかりしていてもよくないのでしょうけど、自分はやっぱりイスタンブルが好きなんだろうなと思ったので今日はそれにまつわる話を。

トルコにはこの十年でもかなり行ったり来たりする機会を得ましたが、かつてアタテュルク空港がまだ現役の国際空港として活躍していたころは、多少ストップオーバーに時間があれば、一時的に出入国してふらっと旧市街を見にいくことができました。

アタテュルク空港が現在と比較すると市街地の近くにあったことが現在のイスタンブール空港よりも近かったことが大きかったのですが、用件がヨーロッパであったときでも、ターキッシュ・エアラインズの切符を予約すればその中継地になるイスタンブルを一瞬訪れることができていたわけです。

今はかなり厳しいでしょうね。遠くなったことももちろんありますが、交通手段が現状ではまだ限定的だということが大きいように思います。この原稿を書いている2022年7月時点では、地下鉄の計画はあるようですがまだ開通はしていないようですし。

近い将来、仮に地下鉄が開通しても市街地が遠いのは変わりませんから、やはり以前よりは「ちょっとだけイスタンブルを」というのが難しくなっているというのは間違いないのだろうな、という気がします。

これがトルコ国内でのイスタンブルへの移動なら、まだ少しはいいかなとは思うのですが。アタテュルク空港はもう使えませんが、アジア側にあるサビハ・ギョクチェン空港が国内便のアクセスを考えるとまだ便利といえます。

こちらの空港も部分的ではありますが国際便があるなどしますし、イスタンブルに用事があったとしてその用事がアジア側だったりすると、だんぜんサビハ・ギョクチェンのほうが便利ということはありました。

もっとも「イスタンブルの空港」といったときに、アタテュルク空港とサビハ・ギョクチェン空港とを間違うとえらいことになる(双方は距離的に相当離れていました)ということはありましたが、それはまた別の話ですね。

で、ターキッシュの国際線乗り換えは、もちろんアタテュルク空港のほうが担っていましたし、現在ならイスタンブル空港。いずれにしても、市街地が遠いのは変わらないままというわけです。

そんなわけで、トルコ以外の場所に用件があったときというのは自分の場合だと2010年夏のハンガリーと、翌年のスペイン、バルセロナに行ったときになります。それぞれに思い出がありますね…ですから、自分にとって一瞬でも風景を直接見たことのあるヨーロッパの国というのは、ドイツ、スペイン、そしてハンガリーの3カ国ということになるようです。

この時代はまだターキッシュの国際空港はアタテュルク空港でしたから、帰路はイスタンブルで7,8時間ぐらいのストップオーバーを見越して、疲れるのは覚悟の上でトルコにも入国したことでした。この一瞬の入国を楽しみにしていた部分というのは当時、まちがいなくあったように思います。

リムジンバスでイスタンブルの新市街のハブ地点、タクシム広場あたりまですぐ行けた時代です。(2010年8月撮影)

そんなわけで、市街地というかイスタンブルの街並みはちょっと遠くなったなと思う昨今ですが。それでも、数年前に運行開始されたイスタンブル空港にもそれなりの感情というのはわきあがります。

一つは、やはり「ぴの」と一緒に本帰国のときの出国手続きをした空港になったということが大きいですね。あの時の自分の混乱ぶりと、無事に出国できた時の安堵感というべきでしょうか。今でも思い出せるくらいです。

そして昨年末にアゼルバイジャンに行った時。日本からは残念ながら(?)バクーへの直行便はないので、ターキッシュ・エアラインズで往復することに。

行きは乗り換えのための時間の余裕がまったくなくて、猛ダッシュでバクー行きの便が出るゲートに走ったものです(あの広さはひどいもんです)が、帰りはそれこそ、バクーからイスタンブルに着いた後、乗り換えで再び国際線ターミナルのエリアに入った時のあの光景にしばし立ち止まりました。

ぴのと一緒に見た風景。
たぶんぴのも狭いバッグの中からではあるけど、まあ一緒に見たということにしましょう。

これはこれで、やはり思い出として自分の頭の中に残っていくのかなと思います。それでも…

やっぱりイスタンブル経由した時に、一瞬でも市街地を見られるようになる日がまた来るといいなと。そう思うのは、トルコにわずかではありますが関わり続けようとしている人間の身びいきということになるでしょうか。

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