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テュル活民の仕事道具【アゼルバイジャン語編】

こういうテーマでお題が出ていますね。

今朝せっかくアゼルバイジャン語の単語テスト記事を書いたところですので、ついでにいくつか私の仕事道具というべき、アゼルバイジャン語の教材などを作るときに使っている本や辞書について、本棚に並ぶ愛すべき資料たちを今日は紹介してみましょう!

1. 英語-アゼルバイジャン語辞書

まずは、英語からアゼルバイジャン語の単語にあたるときに使う辞書。これ以外にも簡単なものを何冊か別に持っているのですが、そういった辞書で見つけることができず、いよいよとなったときにこれらの辞書を使います。

ひとまず大きなものは2冊。左のほうが金額的には高かったです。なかなかのお値段で、アゼルバイジャンも一時期ほどではないとはいえ、通貨マナトの価値は比較的安定しています。

したがって、買いつけるときはどうしても高くなってしまう…ですが、この手の辞書が日本から手に入りそうでなかなか適正な価格では手に入りづらいということはあるのです。これらの辞書に限らないのですが、現地訪問の際はこういったマテリアルの入手作業は必須。

バクー市内の書店巡りは趣味を兼ねてはいますが、同時に帰国後の仕事をするために必要な資料の入手という点ではとても重要なミッションとなるのです。

2. 『アゼルバイジャン語史』4巻本

こちらは13世紀ごろ、アゼルバイジャン語の文献が確認される時代から現代にいたるまでのアゼルバイジャン語の歴史を概説した専門書。特に第4巻は20世紀のアゼルバイジャン語の話が書いてあり、文字の話をするときに大変参考になりました。

アゼルバイジャン語史4巻本

3. アゼルバイジャン語-アゼルバイジャン語辞典

こちらも困ったときのアゼルバイジャン語-アゼルバイジャン語辞典(以下、Az-Az辞典と書きます)。何冊か辞書を持っているわけですが、アゼルバイジャン語-英語辞典には載っていない単語に出くわすことも多々あります。そこでいよいよとなったときに役に立つのが、この4巻本というわけです。

たしか現地では4巻まとめて60マナトくらいではなかったかなと。日本円だと4000円くらいなのですが、まあこれを日本の取次店経由で注文してみてください。なかなかのお値段に膨れ上がるはずです。

4. 現代アゼルバイジャン語文法4巻本

こちらも持っているだけでテンションぶちあがりの4巻本。1巻目が音声・音韻・表記・韻律などについての概説、2巻目が語彙論、3巻目は形態論、4巻名は統語論編となっています。文法についての論文を書くときに、まず参照する本です。この本でまず何と言っているかをあたって、考察はそこからスタートするという感じでやっています。

5. 非母語話者向けアゼルバイジャン語教科書

こちらも貴重な本で、非売品のはずです。その辺の書店ではまず手に入らないはず…!
2016年に出張でアゼルバイジャン言語大学にお邪魔した際、副学長を務めていらっしゃるジャラ先生からご恵贈いただきました。留学生向けの教科書だというので、君にもきっと役に立つでしょう、ということで。

いやあもう、役に立つどころではありません。語彙も文法も練習問題も、どれほど参考になっているか。こういう資料は、「足で稼ぐ」という話を地で行く入手の経緯でありました。

その他:イディオム辞典、アゼルバイジャン語-ロシア語辞典など

最後にご紹介するのは、昨年末にバクーで入手した辞書たちです。アゼルバイジャン語-英語辞書などは何冊あっても困らないので、これはもう行くたびに見つけたら買うの一択です。

その他、先日も少し言及しました『アゼルバイジャン語-英語イディオム辞典』。これはもう、ただただ楽しい辞書です。引くごとに知らなかった表現が出てくるので、どこかで必ず利用してやろうと思っています。

あとはかねてよりバクーに行くたびに欲しい…けど重いし、ロシア語すぐ使うわけでもないからいいか…と思ってあきらめていた、アゼルバイジャン語-ロシア語辞典4巻本ですね!

相変わらず、自分のロシア語の語学力が低すぎるので今はほぼ全く使う予定のない辞書です。が、これも何度も書いています通り、大事なことは自分の本棚にその本や辞書が存在してくれているということなのですよね!!(ここ特にでかい声で言いたい!)

参照したいときにそれがそこにある。これこそがテュル活およびテュル活民のスムーズな仕事につながっていくわけです!わかりますね!?

以上、今回はアゼルバイジャン語編でありました。これらを駆使して、まだちゃんとしたものが世に出ているわけではありませんが、オリジナル教材作成や論文書きなどに役立てている、という感じです。

なんといってもこういった本棚を飾る本・辞書の魅力は、「フフンその辺の人どころか、大学図書館とてまずこれらの資料を持っているまい?」という謎の優越感に浸れること、これにつきます。

たかが自己満足、それはその通り。しかしこの自己満足感と高揚感こそが、何か新しいものを作り出す原動力ともいえるのです。

物欲は侮りがたし。ですよ。マジで。ということで好評そうなら、「トルコ語編」や「その他のテュルク諸語編」もいずれ書いてみようと思います。あまりウケなさそうなら…やめときます。自分のワールドにこもろうかな。

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