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【読書感想】火花

☆キーワード

芸人、お笑い、哲学、世間体、社会的少数者、人間関係

売れずに燻っている主人公・徳永と、その師匠である神谷さんの2人を中心に進んでいくお話。

☆ドックイヤー

『聞いたことあるから、自分は知っているからという理由だけで、その考えを平凡なものとして否定するのってどうなんやろな?』p 39
火花 | 又吉直樹
『その想いを雨が降っていないのに傘を差すという行為に託すことが最善であると信じて疑わない純真さを、僕は憧憬と嫉妬と僅かな侮蔑が入り混じった感情で恐れながら愛するのである。』p44
火花 | 又吉直樹

主人公の師匠である神谷さんは自分の中の『面白い』の哲学を決して曲げない。相手が誰であろうと、平等にその価値観をぶつけていく。
世間体なんて文字が頭にない神谷さんの行動を『純真さ』と表現しているのが印象に残った。
辻村深月さんの「傲慢と善良」でも同じような話があったけど、全てに実直で正直でいることが人生の役に立つ訳ではない。主人公はそういう意味で『微かな侮蔑』を感じているのかな。

『神谷さんに会いたくなるのは、概ね自分を見失いかけた夜だった。』p96
火花 | 又吉直樹

そんな神谷さんは唯一主人公の事を面白いと認めてくれている人物。芸人は面白くないと存在してないのと一緒、ということなのかな。主人公は自分の存在意義を神谷さんに求めているのだろうか。
芸人にしろミュージシャンにしろ、自分が売り物になっている世界線ってもう全然違うんだろうな。HSP気味の私には耐えられなさそうな世界だ…

『人を傷つける行為ってな、一瞬は溜飲が下がるねん。でも、一瞬だけやねん。そこに安住している間は、自分の状況はいいように変化することはないやん。他を落とすことによって、今の自分で安心するという、やり方やからな。』p113
火花 | 又吉直樹

 ネットでの誹謗中傷に対して神谷さんが放った言葉。
この後に『そんなんしても時間の無駄やと教えてあげるべき』と続ける。
神谷さんはたまにこんな感じの分かりきった正論を実直に述べる節がある。でもそのポイントがズレているというか…。実際、この後主人公も『そんな人達と向き合ってもなんの得もない』と心の中で思う。
 この辺りから、自分のやりたい事を貫き通すべきなのか、それとも売れるためにお客さんにウケるという視点を取り入れるべきなのか?主人公の心が揺らぎ始め、神谷さんとの会話も徐々に噛み合わなくなっていく。この物語の分岐点になってるシーンだと個人的に思う。

神谷さん自身も僕をキャンバスにして自分の理論を塗り続けていったのかもしれない。神谷さんの才能と魅力を疑うことはない。ただ、あまりにも強力な思念に息苦しさを感じることもあった。僕は神谷さん以外の誰かと話すまで、自分が窒息しそうになっていることさえも気づかなかった。p135
火花 | 又吉直樹

うーーん、切ない。。
最初からこの2人、自分らのワールドが強すぎるって心配だったけど、不器用なりに外部とも関わった主人公と、我が道を貫いた神谷さんでこうも異なる方向に進むとは。
どっちも生きづらい同士だろうから惹かれる部分があるんだろうけど、マイノリティだけで世界を作るって超危険だ。。はたから見てたらほぼ宗教に見えちゃう。
この後主人公が自分の事を、『神谷さんの共犯者』と述べてたのがさらに切なかったけどめっちゃ秀逸な表現だと思った。

本当の地獄というのは、孤独の中ではなく、世間の中にこそある。p134
火花 | 又吉直樹

この一節は何故かめっちゃ響くんだけど、深すぎて?主人公と生きてる世界線が違いすぎて?今の私では噛み砕けない。
でも、私もみんなが出来ることがうまくできない側の人間なので、孤独が辛いんでなくて世間と自分を比較している時が辛いってのは分かる。だから響いたのかなぁ〜。

劇場の歴史分の笑い声が、この薄汚れた壁には吸収されていて、お客さんが笑うと、壁も一緒になって笑うのだ。p144
火花 | 又吉直樹

ここは、ただただ表現が素敵!って思った一文(*'▽'*)
これは実際に芸人をやってる又吉さんだからできる表現なんじゃないかな〜。自分も劇場に居る気持ちになった。

必要がないことを長い時間をかけてやり続けることは怖いだろう?一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。(中略)リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。p151
火花 | 又吉直樹

『漫才師とは』についてずっと神谷さんの自論が主人公を支えていたのだけど、ここで自分の中での解をみつけて、結果それが自分の人生を得た、と感じられる、という流れがとても良かった。

☆まとめ

新年1冊目!とにかく情景描写が秀逸でめっちゃ没入できる好きなタイプの小説でした〜!
薄いしすぐ読めるだろ〜〜と思ったけど比喩的表現が多いのでそれなりに時間掛かりました。読み応えあり。

事前情報なしだったので、コンビ同士の話なのかと思いきや、師弟のお話だったのですね。映画も見てないのだけどそれが良かったかもしれない。
役者さんを知っちゃうとどうしても脳内がその役者さんで再生されちゃうし、ましてやこの小説は又吉さんが書いているから余計にそのフィルターがかかっちゃう。なるべく事前情報がない方が楽しめるんじゃないかな〜と思います。私個人の見解ですが...。

自分もこの主人公と同じく、これが自分の人生だ!って思えるまでに長い時間がかかってしまうタイプなんだろうなぁと思います。
不器用だし効率も悪いけど、そんな自分も愛せたらいいな。良い意味で開きなおりも大事だ!

又吉先生、全生きづらい人種に希望をありがとう〜。


2023.1.13 追記
ふと、なんでタイトルが「花火」ではなく「火花」なんだろうと思った。

ーー火花(ひばな)とは、金属が強くこすれあったりしたときや、花火に火がついているときに出る火の粉である。

花火のように夜空という大舞台で
でっかい花を咲かすことはできなかったけど、
カケラでも同じ舞台に立つことはできた。
花火にはなれなかったけど火花にはなれた。
そういうことなのかな。

そこまで深い意味がなくても、「火花」ってなんか儚くて刹那的な感じがして、この小説にぴったりだなー。と思った次第です。

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