自作短編小説『眠れぬ夜に聴くラジオ』
眠れない夜には、ラジオを聴くことが私の習慣だった。
スピーカーから発信される誰かの声や誰かの音楽は、私を心地良い気分にさせてくれる。そうして私はいつの間にか、眠りにつくことができるのだ。
そして今もその例に漏れずに、私は眠れない夜にラジオを聴いていた。今夜もなかなか眠ることができなかったのだ。
やはりその原因は、眠る前に読んだ小説にあるのだろう。それを読み終わった後も、その余韻が私の中にずっと消えずに持続していた。だから私はうまく眠ることができずに、ラジオを点けるに至ったという訳だ。
私はよくこのような理由で、眠れない夜を迎えることが多かった。
私の部屋には、私の知らない落ち着いた洋楽が静かに響き渡っている。低い声の女性が、素敵なバラードを歌っている。部屋は暗闇に包まれ、ラジオの音を切り取れば沈黙に包まれている。
おそらく時刻は午後11時半を過ぎている。確か私は、午後11時少し前にベッドに入った筈だ。そのあと少ししてラジオを点けてから、体感的に30分以上が経過している。だから現在時刻は、その午後11時半過ぎで間違いはないと思う。私は基本的に午後11時までには、ベッドに入ることが常なのだ。
しばらくしてその洋楽がフェードアウトして、やがてディスクジョッキーの聴き慣れた女性の声が聞こえてきた。彼女の声は、一度聞いたら忘れないほど特徴的で、瓶に入ったラムネのように綺麗な声をしている。カーテンで仕切られた窓の外から、猫の鳴き声がし、どこかで車が走る音がした。
遠くで話しているのに、近くで話している。ラジオが与えてくれる、そのような心理的錯覚を私は気に入っている。私がラジオを聴き始めたのは高校生になってからだ。私は今、高校2年生だから、およそ1年以上聴いていることになる。
彼女の声が部屋の中にかすかに響くと同時に、私はだんだんと眠りに落ちるような感覚を覚え始める。
しかしスピーカーからの彼女の声は突如途切れて、雑音が流れ出した。それと同時に、私の眠気は急速に覚めていった。こちらで周波数を切り替えるようなことはしなかった。
何だろう、と私は訝ってラジオを手に取ろうとすると、その直前にスピーカーからの雑音は具体的な声明に変化していった。
『明日は学校へ行ってはいけない、、、明日は学校へ行ってはいけない、、、明日は学校へ行ってはいけない、、、』と無機質な声が延々と繰り返している。その声には一切の感情が排斥されており、ただ淡々と同じ調子で同じ言葉を繰り返すだけだ。
『明日は学校へ行ってはいけない、、、明日は学校へ行ってはいけない、、、明日は学校へ、、、』
私はついに怖くなって、ラジオのスイッチを切った。その瞬間に、部屋に完全な沈黙が訪れた。私は布団を頭から被って、眠りに落ちるのを望んだ。その突然の出来事に私はとにかく戸惑い、恐怖していた。だから早く眠ってしまいたかった。
*
翌朝、起きると私は特に体調が悪いという訳ではなかったが、気分が重く沈んでいた。どう考えても、昨夜にラジオのスピーカーから流れたあの不可解な音声のせいだ。
『明日は学校へ行ってはいけない』
その言葉がずっと私の頭の中に引っかかっていた。だからなのか、何故だか今日は本当に学校に行こうという気にならなかった。
普段の私なら、気分の良し悪しで学校へ登校するかどうかを判断することは決してない。しかしどうしても今日は気分が乗らなかった。何か悪い予感がしたのだ。
だから私は、仮病を使って学校を休むことにした。それは私にとって初めての経験だった。電話で担任の先生に学校を休む旨を伝えたところ、特に怪しまれずにすんなりと了承された。
図らずとも、あの不可解な音声が警告した通りの行動を私は実践していた。
*
私がその事実を知ったのは、昼にテレビを見ていた時だった。
テレビのニュース番組は、臨時中継でそれを伝えていた。高校の校庭に、空飛ぶ巨大な円盤が突如出現し、生徒と教師を合わせた38名を連れ去ったというのだ。それは私の通う高校で起きていた。そしてその38名は、私の所属する2年2組のメンバーだった。
その円盤は青白い光を校舎に向けて放ち、授業中の2年2組の生徒と教師を全員誘拐していた。その瞬間を、通りかかった一般人がカメラに撮影した映像が番組内で流れていた。開け放たれている窓から、続々と生徒と教師が円盤に吸い込まれていた。私はその映像をただ呆然と眺めた。
私は決意した。これからも眠れない夜には、必ずラジオを聴くことにしようと。そしてその際に、突然不可解な音声が流れ出したとしても、慌てずにそれに耳を傾けようと。
そうすれば、奇妙で予測不可能な出来事を回避することができる筈だから。少なくとも、私は空飛ぶ巨大な円盤に誘拐されずに済んだのだ。
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