見出し画像

「ただ行ってみたくて」ポーランド編②ワルシャワ到着

飛行機に乗れば酔い、枕が変われば、眠れない、食べなれない物を口にすれば、お腹を壊す。そんな軟弱者だが、知らない場所には行ってみたい。冒険などではない、旅と呼ぶのもおこがましい、理由などない、ただ行ってみたい。  

今回は、馴染みの薄いポーランドへ。美人に浮かれ、ビールを飲みまくり、料理に舌鼓をうち、アウシュビッツでは考え込む、ひたすら自由でテキトーな8日間の旅行記  

ポーランド旅行記②  ワルシャワ到着  

飛行機がワルシャワ •ショパン空港に到着すると、すぐに携帯をWi-Fi に繋いだ。どうしてもすぐに確かめておきたいことがあったからだ。

実は成田空港で、気になることを言われたのだ。それはポーランド航空のカウンター前の出来事だった。

その日、搭乗券を発券するために並んでいる列は長かった。本来ならウェブチェックインを済ませて、列に並ぶ必要もないのだが、今回は違ったのだ。

前日にポーランド航空に電話すると、エコノミー席の客が座席指定するには二千円かかるという。おまけに三十六時間前のウェブでのチェックインは無料ではあるが、座席の割当てが少なく、ほとんどが埋まっているらしい。飛行機の予約も九割以上あり、当日にカウンターで、席の希望を言ってほしいというではないか。

つまり僕のような安いチケットを買うような客は、早く起きて並べということだろう。

よ〜し、出してやろうじゃないの二千円!

でもな〜座席指定が二千円か、往復で四千円、二人で八千円である。う〜む、八千円あったら、ポーランドでどんなことができるのだろう。

わかりましたよ、貧乏人は早起きします。

だが、そう思って三時間もまえに空港へやって来たというのに、この混みようである。

たとえ一日一便とはいえ、ポーランドへ行く人がそんなに多くいるとは思えなかった。韓国や台湾へ行くのではない、飛行機の行き先はワルシャワだ。ビジネスどころか観光で行く人も少ないはずだろう。

僕らは列に並んでいる人たちを改めて見た。そこに並んでいるのは、僕らよりも年配の人たちだ。父親母親の世代の人たちだろう。そしてその列の周りをいかにも添乗員らしき人が立っている。

どうやら団体旅行の一団が、僕らの前に並んでいるようだ。その数は五十人はいるだろうか。みんな鞄に同じ旅行会社のタグを付けている。旅慣れているのか、どの人も興奮して騒ぐこともない。

「どちらへ行かれるんですか?」

僕は近くにいた添乗員らしき男性に声をかけた。

「プラハとポーランドへ行きます」

プラハといえばチェコの都市だ。僕もいつか行ってみたいと思っていた美しい街だ。どうりで旅慣れているはずだった。すでにパリやローマなどの主要都市は訪問済みなのだろう。団体旅行とはいえ、旅慣れた一団の佇まいには、どこか大人の余裕が見受けられた。実際には佇まいだけではない、お金にも余裕があるに違いない。女性同士で来ている人もいるが、大半が夫婦で来ていた。お金もあって健康でおまけに夫婦仲がいい。彼らは無名ではあったとしても、人生の成功者だろう。羨ましい限りだ。

「旅慣れているのも当然ですよ。この方たちは年に二回も三回も海外旅行に行ってますからね」

添乗員の男性が教えてくれる。さすがにお客さんと旅行するだけはあって、感じがいい。「そちらは、どちらへ行かれるんですか?」

「僕らはポーランドだけです。ワルシャワかクラクフへ行ってアウシュビッツへ行くつもりです」
「何泊ですか?」
「ええ、と八日間です」
「ちょうど日本戦は見えない感じですかね」
「いいえ、ちょうどワルシャワにいるんです。パブリックビューイングに行きたいと考えてます」
「それは、いいですね」
と添乗員の男性は言った。

運良く、ちょうどワールドカップの開催期間と重なっていたのだ。それもグループリーグの相手がポーランドだった。飛行機のチケットを買った後でこの事実を知って驚いた。こんな幸運に恵まれることなどないからだ。今回の旅もツイている、そう思っていたが、添乗員の男性の言葉が、飛行機に乗ってから気になりだした。

「ちょうど日本戦は見えない感じですかね」

時差の関係もある。もしかして僕は日程を勘違いしている可能性がある。第一戦のコロンビア戦は火曜日だった。第二戦のセネガルは日曜日だとすると、第三戦のポーランドは金曜日だったろうか。その日は帰国便の飛行機の中だ。

「間違えたかもしれない」

飛行機の中で妻にそう言いながら、僕は落胆していた。

「私も、そう思うの、添乗員さんが日程を間違えるわけはないと思って」

がっかりを通り越していた。せっかく敵地でワールドカップが迎えられると思ったのに、それが今やなくなってしまったのだ。カズや北澤、そしてハリルホッジの気持ちが痛いほどわかった。

「ドーハの悲劇だ」
かなり大げさだが、勘違いとはいえ、ワールドカップが手からすり抜けて行ったのだ。

天国から地獄。
これが今回の旅行のテーマになってしまったのかもしれない。

飛行機でもそうだ。偶然にも、三人掛けのシートの一つ、僕の隣は誰もいなくてラッキーだった。九割九分が埋まっていたのだ。空いている座席は一つだけ、それが僕の隣の席だった。これでゆっくり脚が伸ばせる。疲れ方は格段に違うだろう。これは天国だと思っていると、悪天候で飛行機が揺れに揺れて地獄を味わった。そしてワールドカップの件も。

確か、日本での試合の開始時間は二十三時だったはずだ。それが金曜日なのか、木曜日なのか、ポーランドでは時差があり、いつになるのか定かではない。ええと時差は7時間で日本の方が早いんだっけ?

飛行機の中で半分諦めていた。そしてワルシャワの空港に到着してすぐに確かめてみた。祈る気持ちでネットを繋ぎ、画面を見て安堵した。

「よかった。日本対ポーランドは木曜日だ。クラクフからワルシャワに帰ってくる日だから、やっぱり現地で観れるよ」
そう妻に伝えた。

「そんなことよりも、ここからどうやてホテルへ行くの?」

確かに妻の言う通りだ。

「ええと、ホテルまでは列車で20分くらい。ワルシャワ中央駅まで行けばいいよ」

僕らはいつもより重いスーツケースを引っ張りながら、空港にある列車の駅に進んだ。看板通りに進めばいいので簡単なのだが、いきなりプラットホームに出てしまう。改札口どころか、キップ売場もない。戻って確かめると、ホームから五十メートルほど離れた場所にキップの自販機らしきものがポツンと二つ並んでいる。

「これが販売機なの?」

妻が言うのも仕方がないほどの代物だ。ポーランド語で表示されているので、何が何かわからない。英語画面にしてみると、キップは駅を選ぶのではなく、時間で区切られている。一番短い時間だと二十分というのがあるが、もしものことを考えて七十五分までのキップを買うことにした。五ズロチ弱、約百五十円だ。

最大一時間半まで乗れて、この値段は安い。ちょうど我が家から成田空港まで一時間半ほどかかるが、千三百二十円だ。十分の一とは言わないまでも、それに近い金額なのには驚かされる。

さて次はどの列車に乗るかだ。ホームが二つあり、左の方にはすでに列車が止まっていた。この列車だろうか。間違って乗り込むわけにはいかない。

僕はちょうどやってきた中年の男性に英語で声をかけた。すると二メートルはあろうか怖い顔をした男は、そうだ、と面倒くさそうに指差した。

「フランケンシュタインみたいだ」

「よくあんな怖そうな人に聞くわね」
と妻が笑う。僕としては、今にも列車が出発しそうで、人を選ぶ余裕などなかったのだ。

列車に乗り込むと、今度は前の座席の女性にも英語で尋ねた。すると今度も、ワルシャワ中央駅に行くよ、と笑顔で応えてくれた。二人に聞いたんだから間違いない。

もちろんフランケンシュタインを信用してないわけじゃないけど、一応確認のために。初めての異国で列車に乗り間違えるほどの不幸はない。

やっと僕は安堵して座席に腰を沈めた。この表現が大袈裟でないほどに、列車のシートの位置が高くて大きい。小柄な僕が座ると、子供のように足がブラブラする。

列車が動きだそうでとしていた。すると今度は妻が声を上げる。

「ねぇ、刻印しないといけないんじゃない」

そうだった。ヨーロッパの駅では改札がないのがほとんどで、列車に乗ったら刻印しないといけない。検札に来たときに、たとえキップを持っていても刻印がないと無効だ。これは無賃乗車をなくすための方法だった。

僕は素早く立ち上がると、刻印機を探し、キップを投入した。戻ってきたキップには何やら印刷の文字がある。これで良し。

僕は走り出した列車の窓から、外を眺めた。高い建物がほとんどない殺風景な街だ。

これがワルシャワなのだろうか。元々共産圏だった国は、どこか薄暗く重苦しい雰囲気があると聞いていたが、その通りかもしれない。

以前行ったことがあるフランスやイタリアなどとは、街の雰囲気が違うように感じた。一言でいうと、華やかさがないのだ。西欧とは違う中欧の国に初めて来たんだと実感した。

「俺たちから見たら同じヨーロッパなのに」
僕は呟いた。

ワルシャワはいったいどんな街なのだろうか。時差ボケで眠いはずなのに、期待と興奮で僕の頭ははっきりしていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?