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伊藤詩織さんのブラックボックスを読んで②

証拠保存、記録保存の危機管理意識に欠ける行動

(P.55)まで読み進めましたが、驚いたことに伊藤詩織さんと山口敬之氏(元TBSワシントン支局長)との事件後の会話など、一切の証拠がないのですよね。詩織さんは録音していない。

つまり、どちらかでも内容の創作は可能になります。私は詩織さんが被害にあってないとは考えていないのですが、それにしても証拠を記録する、それを保存する能力の低さに唖然としました。

詩織さんが20代そこそこの女子大生ならともかく、世界を渡り歩き、治安の悪い国なども渡航されているようなのに、この危機管理能力のなさは如何ともしがたいです。しかもジャーナリストになる事を熱望しているのに。

①直ぐに助けを呼ばない(第三者証言が取れない)
②直ぐに警察に行かない(証拠保全ができない)
③仕事の挨拶メールを送る(被害者としての立場を危うくする)※裁判に不利

事件後、警察に相談する前に、詩織さんが山口氏にメールを送るのも友人たち二人が素案を考える。検査のために病院に付き添ってくれる。記者会見したら携帯を預かってもらう。

ちょっと甘えすぎではないかなと思いました。作文を生業にしたい人が。

ですし、そんな相談女三人でするなら、まず警察に行きなさいよ、とイライラしました。何というか...常識と社会性がない人たち...というイメージです。

性被害に関わらず、事件事故に遭遇して大切なことは「証拠・記録保全」ではないですか。

取材をせずに記事を書いていいのか

(P.70)にはこの本を書く動機として

「ジャーナリストという事実を伝えていく仕事で生きていこうと決心したのにも関わらず、自分の中で忘れることができるわけもない事実に、蓋をしようとしていたことだった」

と詩織さんは書いています。

確かにジャーナリストって事実を伝えていく仕事ですが、その事実とは「証拠」に基づくことが絶対です。事実と証拠の積み重ね。エビデンスが最重要なのが小説と違うところですが、詩織さんは肝心の事実を証明する証拠を保全する努力をしていないんですね。そこがガッツリと抜けています。

言うまでもなく、記者が記事を書く場合は事件の当事者にあって取材を重ねて証拠(ネタ)を掴み、記事を書きます。

しかし『ブラックボックス』の詩織さんは取材(裏取り)をせずに記事を書き、さらに本に出版してしまった。これが大問題です。本の大半は彼女の記憶、想念で書かれています、これをノンフィクションと扱っていいのか...

私が『ブラックボックス』につけるサブタイトルは「私の疑惑の館にようこそ」です。

例えば、事件記者が「昏睡レイプ被害」の取材に行き被害女性に「睡眠薬の検査はしましたか?」と聞いて「いいえ」と答えられると(?)でしょうし、「当時着ていたものは?」「洗濯しました」「警察には何と?」「未だ行ってません、来週行きます」「犯人と連絡を取りましたか?」「頼んである就労ビザについて聞きましたが、返事がありません、友人と相談してメールしています」

これで記事のGOサインを出す編集長はいないと思いました。山口氏への個人攻撃的な側面もあるように思えます。ですし、もしも、ですよ、もしも彼女が精神的な障害を持っていたら出版社はどう責任を取るつもりなんでしょうか。

それで、事件から五日経ってようやく詩織さんは原宿署へ被害相談に行きます。事件の発生した場所は「シェラトン都ホテル東京」なので二日後から管轄区域の担当である高輪署の捜査員A氏が(p.74)から登場します。

A氏はこの本の後半で結構重要な役目を果たします。しかしなぜか容貌とか年齢とか、読者に想像の幅を持たせる描写が一切ないのでA氏の実態が薄いのです。

レイプ被害を告発したいのであれば、それは正義の行いなので捜査員は拒否されない限り、実名でもいい。ついでに、階級やどこの課とかも書かないと...他人に関する関心の薄い人なのかな?

登場人物のバックグランドが一切書かれていないので、人間関係の構図が読者にはわかり辛い。(NY時代の恋人もそうですよね、年齢とか職業とか何も書かれていない)

警察の対応、ホットライン、病院の対応

...私はこの本を読む前は、詩織さんは旧態然とした女性の性被害の対策に対して改善を求め、海外の性被害事情と比較してどこが遅れている、どんな風に法整備したらいいか、など、啓蒙しようとしているのだとばかり思っていました。なのでジェンダー思想的に、この本の評価はもっと高まって欲しいと思っていました。

ところが、ところが...読んでみたらそんな本では全然なかった、というのが正直な感想です。

(P.75)で詩織さんの怒りは警察の対応とホットライン、病院に向きます。親切でなかったと言うことなのでしょうが、あたりまえです。必要なことを伝えてない。

大事なことをしていない。私は詩織さんの言うことを全部は信用できない。詩織さんは緊急避妊薬をもらった病院でもレイプ被害を告げていないので、医師からこう言われています。

P62「いつ失敗されちゃったの?」と取りつく島もなかった。

当然でしょう。医師は知らないんだから。なぜかこの人は肝心な時に受動態になります。これもジャーナリストに向いてないと思いました。第一、「モーニングアフターピル」(緊急避妊薬の事)が何か伝えてないのです。

「緊急で次の朝までにもらうピルがモーニングアフターピルだ」

と書かれていますが、この説明では「モーニングアフターピル」の服用は「レイプされた被害者が加害者による妊娠を回避するための必須の行動」だと理解できる読者は少ないでしょう。

かなり憮然として来ました。少しおかしいのでは...

詩織さんはA氏(A刑事とか形容すべきでは?)から被害を受けてことについて「よくある話だし、難しいですよ」と言われたことに怒りを感じていますが、先ほどから再三書いてるように、被害を受けたことに対して、時間経過の危機感を持たなすぎ。

自動車事故に遭遇して5日後に警察に通報する人はいないでしょうし、刺されて5日間我慢する人はいない。この性被害の申告が遅れた事に関しては疑義を持たれても仕方ない。それからA氏の詩織さんが訴えた「被害」を「よくある話」と言われたのは「女性のレイプ被害」のことではなく、「酒の上の過ち」と判断されたからでしょう。前後の経緯から、A氏にそう判断されても仕方ないと思いました。(ただ私は薬を盛られた可能性は否定できないと思いました)

性被害のホットラインについてもP.63で苦情を述べてますが、「面接」に行く気力がなかった、と言っていますから、ある程度仕方ないですよね。まず、警察に行くべきでした。と言うか、そんなことはある程度の教育を受けた人なら普通に出来ることですが。

膝の痛みも警察に行く前に整形外科に行ったので、山口氏の加害によるものか、分かり辛くなってるのではないかと思いました。

この本は勝手な振る舞いで自己都合が通らないことに怒りを立てていて、公益、公共に関する情報を提供していないので、レイプ被害に関しては有益な情報を入手できない仕組みになっています。

一体この本の価値はどこにあるのか?と思いました。

別件逮捕に斟酌なし

私的には『ミザリー』と同質のホラー小説となった『ブラックボックス』。詩織さんの山口氏への制裁行為の為にはあらゆる手段を選ばない不気味な執念が文章の端々ににじみ出てきます。

驚くべきことに。詩織さんはP.92で

パソコンで動画を撮られていたかもしれない件では逮捕できないのだろうか

「かもしれない」で警察に別件逮捕させようとしています。別件逮捕...ジャーナリストや弁護士が囮捜査の次に問題視するこの警察の捜査手法。

本筋の事件の容疑者を別件で逮捕して強制力を持って本筋の捜査まで引っ張って取り調べできるやり方で、冤罪の温床とされています。

本筋の捜査のために強引に逮捕され、新聞発表で逮捕が報道されると本筋の逮捕ではないのに世論から本筋が「黒」だと判断されてしまう。人道上、大いに問題がある捜査手法なのです。ジャーナリストを目指す人がこんな腹黒いやり方でどうしても山口氏を逮捕させようとしてる箇所を読んで、いい知れぬ、耐えようのない嫌悪感を感じました。

私は詩織さんの記者会見を一度拒絶した「海外特派員協会」記者たちの「彼女はメディアに報じさせて男に復讐しようとしている」という評価が、あながち、外れではないような気がします。


ビザが出れば山口氏が上司になる矛盾

事件のあった宿泊ホテルが保存してある防犯ビデオの提出をめぐる詩織さんの奔走、(P.97、128〜9)ドラッグを盛られた可能性をめぐるA氏とのやりとりもすべて詩織さんの初動ミスから来ています。

詩織さんが山口氏の部屋から出た瞬間に、走ってフロントに被害を訴えれば、かなりの数の証拠が保全されていたはずでは、と思いました。(ベットの片方は綺麗だったとするハウスキーパーの証言が採用されなかった、というミスも防げます。警察が証拠保全をするのですから。盗撮の疑いがあるパソコンもその場で押収されます。事件ならば警察がホテル側に取り調べをして被害者に有利な証言を取ってくれます。)

ほとんどの大事な証拠は彼女の証言のみ。毎日念入りに清掃されるホテルだからこそ、時間が経過すると客観的な証拠を抑えるのは難しく、これでは不起訴になってもいたしかたない、と思いました。

捜査が遅々として進まないのは権力の介入なんかではなく、証拠が少ないからです。というか、詩織さんが薬による昏睡レイプされたという決定的な証拠は一切上がっていない。


詩織さんは、山口氏とのメールのやり取りで警察に被害相談を決意する五日間の間にビザがもらえるのであれば、被害を不問に伏すように画策してるようにも読めます。2015年4月3日深夜〜4日早朝に事件が起こり、二日後の4月6日に詩織さんはビザのことについて山口氏が手配してくれるかお伺いを立てています。

「どのような対応を検討しているのか案を教えていただけると幸いです。」

と山口氏に送信しています。(P.70〜)

しかし返事はない。

そして詩織さんはようやく警察への相談を思い立ちます。最初の被害相談が当時居住していた地区である原宿署の相談が事件から5日目、事件発生現場の管轄である高輪署の担当刑事 A氏との相談が事件から7日目。

左遷だか人事権がなかったか、もう山口氏からはビザを引き出せない、とわかったら警察に行く決心をしているように見えるのです。

私は「ハァ〜?」と思いました。山口氏がビザを用意して、TBSのNY支局で働くようになったら、レイプ被害の加害者が上司になるのですから、後々の加害者と同じ職場エリアで働くのが苦痛...(P.152〜)とする詩織さんの意識とかなり矛盾します。一冊の本の中で著者の言動が何度も矛盾する。これはちゃんと編集された本なんでしょうか?

この本の半分はビザを巡る駆け引きで引きで構成されていると言っても過言ではありません。つまり、この本の時系列を見ると詩織さんは山口氏がビザを出してくれたら、山口氏と働いてもいいと考えていたと推認されます。

この事件の実態は詩織さんが実績なくTBSのプロデューサーになりたい、ジャーナリストとして安定した雇用が欲しいとする動機から引き起こされた男女間のトラブルです。事件後、彼女は被害と引き換えにビザを出してもらえたら、とそう考えていたと、邪推を受けても仕方ない。

元検事の叔父

P.177で元検事の叔父が登場します。詩織さんは警察の被害相談に行くのにも友人を伴って同席させてますが、この叔父さんには「相談」するだけ。これも存在感が薄い。姪っ子がレイプ被害にあったら、弁護士七人引き連れて登場する立ち位置なのに、アドバイスは「弁護士と相談しなさい」です。検事なら同級生や先輩後輩に弁護士さんはたくさんいるはずなのに、紹介も口添えもしない。うーん???

しかし、山口氏も山口氏。

山口氏は事件のあった4月3日前に『週刊文春』にTBSに無断で記事を寄稿して、休職を命じられてTBSワシントン支局から日本に呼ばれているのですから、懲戒、左遷は必至です。詩織さんの人事、仕事の世話などしてる場合ではないのですが、詩織さんに対して、終始仕事の世話を確約するかのようなメールを送っています。(P.123〜)

山口氏は詩織さんと男女関係のあったことを認めています。そのような関係性を持った女性を例え口だけでも人事で厚遇しようとしているのですから、これもどうかと思いました。

詩織さんの吐瀉物も「固形」だったということで睡眠薬を盛られた可能性もあると思いました。既に胃が眠ってる状態でお寿司を食べたらそうなります。そうすると、薬を盛られたのは寿司屋に行く前の最初の店ということになります(しそサワー?)が、何しろ科学的証拠がないので憶測でしか検証できません。

それから二人の裁判の「傍聴記」には山口氏が当事者尋問で詩織さんを「キャバ嬢」とか「ホステスだったから話が合わなかった」と連呼していますがそんな人になぜ、ビザが出せるかもとか匂わせたり、詩織さんに履歴書を送るように催促したのか。詩織さんの歓心を惹くためでしょう。詩織さんと恵比寿で落ち合った目的も、言わずと知れてると思いました。ご実家が居酒屋から近いのにわざわざホテルを取るんだ?

この本は時系列と人間関係図という記者にとって読者に伝えるべき一番大事な情報を整理して書いていない。読んでいてイライラしてきます。お金を出してイライラさせられるなんてほんっと駄本だ。

(P.132〜125)A氏は6月4日ドイツにいる詩織さんに山口氏を逮捕すると連絡する。そして6月8日に山口氏がアメリカから帰国するので逮捕予定と伝える。6月8日当日に「待ったがかかりました」と詩織さんに連絡します。A氏「ストップをかけたのは警視庁のトップです」と捜査情報をペラペラ。トップにストップをかけられたのに山口氏を確認しようと目の前を通過するところを見届けたという。

身柄を確保できないと分かっていて、現場に臨場する刑事さんて...捜査費用の無駄使い。それとこのA刑事、すごく馴れ馴れしい言葉使いしますよね。若い方なのでしょうが、コンビニの店員さんみたい。

P.153でこのA刑事は担当を外れたのに詩織さんに電話します。これも本当なら大問題では。逮捕状を握りつぶされた可能性と共に、捜査に私情が介入した場合も考えなくてはいけなくなります。

司法記者クラブの所在を掲示

書いていいの?知らなかった。場所書いていいんだ...ええ?

P.222〜

よしりん裁判で A刑事、北村氏、中村氏を証人に

私はよしりん裁判に、山口氏の逮捕中止を命じたと詩織さんが告発している中村格(警視庁刑事課刑事部長:当時)氏と北村滋氏を証人尋問で呼べばいいのにと思います。憶測だけで裁判のことをヒソヒソと話すのはよくないと思いました。文明国のやることではないです。

A刑事も証人に呼んで『ブラックボックス』で言ったことは本当だったのか、逮捕中止なのに逮捕予定現場に臨場したのはなぜなのか、聞いたいたらいい。(私も行くつもりでした、の「も」が気になります。他現場に臨場した刑事がいて、逮捕のストップがかかっているのに、A氏は目の前で山口氏が目の前を通るところを確認した?)

本当のブラックボックスは詩織さんの中にある。

両親に精神科を勧められる

終盤でご両親に詩織さんは精神科に行くように勧められています。やっぱり...という感じです。何がかは今は書きませんが。ご両親が精神科を勧めたのは山口氏との事件に関連してではないと思いました。


詩織さんは権力に握りつぶされてはいない

この本を読んだ総合的な感想です。こんなことを書くと「え?詩織さんは逮捕状を握りつぶされた性被害者ですよ?」とお叱りを受けそうですね。

確かに、逮捕状に関してはそうですが、では彼女の告発が新潮社が報道したように「安倍元首相の官邸に近いブレーン」たちにより「握りつぶされて」事実を隠蔽されたのか、というと絶対そうではない。なぜなら彼女は「文藝春秋社」という日本でトップクラスのメジャーな出版社で告発本を出版できているからです。

官邸に近いブレーンたちが本当に詩織さんを潰しにかかっているのであれば、こんなメジャー出版社で本を出せない。

権力に押しつぶされた記者ならKindleとか自費出版から始めるのでは?詩織さんには政党とか左翼系運動家とかではなく、マスコミ、メディアに強い誰かが(山口氏に強い恨みを持つ?)付いているのでは、と思いました。

(了)


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