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猫の交通情報

 ある日の夜。

 一匹の猫が道路脇でたたずんでいた。その猫の名は『クロ』。その名の通り黒猫である。

 クロは道路を渡ろうと、自動車の流れをキョロキョロと左右を見渡しながらうかがっていた。

(今だ!)

 車列が途切れた時、クロは道路に飛び出した。

「うわぁ! しまった!!」

 自動車の陰に原付が走っており、そのヘッドライトで眩惑げんわくされてしまったクロは、ポーン! とはねられてしまった――

 それから半年後――

 原付を運転していた老人に飼われたクロは、すっかり怪我も癒え、他の3匹の外猫たちと一緒に暮らしていた。

「なあ、クロ?」

 老人はクロに話しかけた。老人は戸坂とさか博士といい、この街で小さな発明ラボを運営していた。

「この機械はな? 猫の交通情報が流れる機械なんじゃ。この街は車が多くて、クロと同じように交通事故にってしまう猫も多い。わしはそういう悲劇を減らしたいんじゃ」

 博士はそっとクロを撫でた。

「フニャ?」

 クロは小首をかしげて、その機械を見つめた。

「よう! クロ!」

 博士が飼っている猫のミケが外から戻ってきた。ミケもクロ同様、交通事故に遭ったところを博士に拾われたのだ。クロやミケ以外の2匹もそうである。

「クロ、博士はな? この機械の発明に何年もかけてたんだ。昔、博士が飼っていた猫が交通事故で亡くなったらしく、それ以来事故に遭った猫を保護したり、この機械の開発に力を入れたり、そうして過ごしてきてたんだ」

「ふ~ん」

 クロは少しだけ博士の発明品に興味を持ったようだ。しばらくの間、その機械の前を離れようとしなかった。

「おーい、みんな! エサの時間じゃ!」

 クロは名残惜しそうに機械から離れ、エサに向かった――

 それから幾年いくねん経っただろうか?

 クロたちは、猫の交通情報機の操作にもすっかり慣れ、この街から猫の交通事故は激減した。そして、博士の発明はこれにとどまらず、猫用のナビや、その名の通り猫専用のバス・ネコバスも運行されるようになった。

 機械も操作できるようになり、ネコバスによって行動範囲も広がった猫たちは、たちまち広域にネットワークを構築し、賢さも一気にアップし、さらに交通事故死が激減したことで平均寿命も長くなり、数もどんどん増やしていった。

 もちろん、猫に嫌悪感を抱く人間もいたが、基本的にのんびり屋で平和で可愛い猫を毛嫌いする者はそう多くない。そして、単なる愛玩あいがん動物というだけでなく、機械やバスの操作にとどまらず、新しい発明品まで生み出してしまうぐらいの知的生物へと進化してしまった。

 そして、地球の覇者が人間から猫に取って代わられたのは、このほんの数年後の話である――

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