From our Editors ── まちづくりのルールブックを書き換える6つの視点
魚の仲買人の長谷川大樹さんからは、自身の価値観を信じて研究、そして行動することで、自ずと新しいマーケットが開けることを学びました。まだ存在していない市場を生み出すために、身近な漁師や仲買人、料理人と「おいしい」を共有すると同時に、未利用魚などの価値を高めています。彼の活動は周囲にも波及していき、結果として漁港全体の環境や経済に対するリテラシーが上がり、コモンズ意識の高まりが見られました。
サンゴでスタートアップを立ち上げた高倉葉太さんからは、外部が規定するわかりやすい「ものさし」に安易に逃げないことで、本質的な問題点や解決策へたどり着く方法を学びました。シングルイシューで取り組む「守り」の環境問題への対応ではなく、ボトムアップ的に目の前の存在から問題解決策を探る方法を実践しています。自身の価値観を社会に合わせて妥協せず、複雑な問題を複雑なまま扱うことの大切さを教わりました。
歌人の伊藤紺さんからは、商業的な仕事であっても短歌の大切な部分を手放さないことで、その文化の本質を人々に広く届けることができると学びました。過度にわかりやすくせず、個人的な感情を自身の価値軸で書くことで「背骨」のある歌をつくっています。
この3人から学べることを、6つのインサイトとしてまとめました。
【インサイト1】 反「前例」主義をいとわない
3人に共通しているのは、なによりも反前例主義であるということです。社会に規定される良し悪しの価値観、いわば「わかりやすいチェックリスト」を単調に満たすような守りの姿勢ではなく、自身の「ものさし」を信じて活動することで、結果として確固たる働き方をつくっていることです。
長谷川さんは、すでに高値で取引されている高級魚だけでなく、自身がおいしいと感じる未利用魚の価値を高める方法を確立しています。高倉さんは社会的に取り組むべきとされている環境課題への対策ではなく“攻めのサステナビリティ”と銘打って、各企業が主体性をもって取り組むことを提案しています。伊藤さんは他者からの共感ではなく、自身の感情をベースにした価値軸にのっとって歌を書くことで、作品性を保ったまま、同時に商業的な場でも効果をもちうる歌づくりに取り組んでいます。
前例がない取り組みは、ひとりよがりに見えたり、無謀に見えたりするものですが、3人は逆境をものともせず活動し、社会にあたらしい価値観を提示しています。
【インサイト2】 サバイブするための「したたかさ」をもつ
自身の好きなこと、やりたいことをベースに活動する3人ですが、それを続けるための経済活動をあきらめてはいません。むしろ、現状の経済のルールのなかで、それぞれ最大限の工夫をしています。
長谷川さんは、まだ価値が認められていない魚は無料や安価で提供しますが、価値が高まるにつれてきちんと値上げをし、漁師や漁港全体に経済的な還元をしています。高倉さんは一般向けのアクアリウムアワードを開催することで、価値観を共有できる優秀な人材を発掘し、社員採用をしています。これは、まだ見出されていない人の能力を社会に接続する取り組みにもなっています。そして、伊藤さんは商業的な仕事の場合はきちんと自身の歌の「よさ」を客観的に説明するテキストも作成することで、一見個人的な作品がなぜ多くの人への意味をもちうるのかを明らかにし、価値観の共有を図っています。これにより、企業が評価しづらい個人的な「よさ」に妥当性を与えています。
やりたいことのために経済を犠牲にするのではなく、むしろ新たな経済価値を世に問う姿勢が、三者に共通する強みです。
【インサイト3】 主語をIからWeへ拡げる
「コモンズ意識」とも呼べる感覚も、三人の共通点でした。
目先の利益にとらわれず、長期的かつ業界全体の発展をめざす。長谷川さんは値付けやコミュニケーションを通して、漁港全体での環境意識の向上や魚の高付加価値化を実践しており、伊藤さんも創作と商業を高いレベルで寄り添わせることで、歌壇全体の立場の向上を志しています。高倉さんは、環境課題の解決にあたって、自社単体で活動を完結させるのではなく、ほかの研究機関やスタートアップに自社の知見を活かしてもらいたいという、俯瞰したビジョンをもっています。
【インサイト4】 別業界の語彙を持ち込む
あたらしいマーケットを生み出すために必須ともいえるのは、業界間の知の横断です。
長谷川さんは過去に勤めていた金融業界や広告業界の考え方を漁業に当てはめ思考し行動することで、あたらしい欲望や市場そのものを、かたちづくっています。高倉さんは、最初はあくまで個人的な趣味だったアクアリウムと、地球大の環境問題をマッチングさせ、その両立のなかにあたらしいビジネスを生み出しています。伊藤さんは、コピーライターやライターとしての経験をもつことから、目的のない短歌の言葉と、目的をもつ商業的な言葉の両方を解像度高く理解でき、だからこそ高い作品性と商業性を調和させています。
視野を広くもち、別業界の語彙をもち込むことが、自ずと人と違う働き方につながります。
【インサイト5】 コミュニケーションで価値観の波紋を広げる
どんな仕事であっても決してひとりではできないことを、3人から教わりました。ユニークな仕事ほど、綿密なコミュニケーションと協働に支えられているからです。
長谷川さんは「おいしい」の共有のために漁師とともに試食をしたり、高値安値の幅を大きくつけて、どのような魚に価値があるのかのメッセージを送ったり、調理法をシェフと考えたりなど、言葉だけに頼らないやりとりを重視しています。高倉さんは、アワード運営や子どもへの教育プログラムを通して、幅広いターゲットと目的意識で環境課題にアプローチしています。伊藤さんは自身の価値軸で歌を書くために、担当者と丁寧にテーマを交渉しながら進め、時にはできないことを明確に伝えることで、仕事のあるべき姿の認識を共有しています。
【インサイト6】 好奇心と直感で行動する
最後に、3人ともに共通して言えることは、「好奇心の強さ」と「直感を信じる力」です。それらは思い切りのよい行動と、それを続ける信念に支えられています。
長谷川さんは大学を休学して1年間素潜りの達人に弟子入りし、高倉さんは趣味だったサンゴのアクアリウムをテーマに卒業と同時に起業。伊藤さんは俵万智さんの歌に影響を受け、自身も思い立って元日から短歌を書き始めました。
これらは、あくまでその道で成果を出している三者が、あとから振り返って言えることであって、常に好奇心と直感に基づいて誰もが行動すべきだ、という結論にはつながりません。しかし、昨日からの延長による行動だけでは、いまの3人らしい活動が切り開かれなかったことも確かです。一見無謀に思えるようなことでも、好奇心と直感に導かれるまま、行動に移してみても、時にはよいのかもしれません。
今回、3人から得られた学びを、ただ記事化してファイルに綴じたままにしておいたのではもったいない。実際に街で生活する人々が体感できるかたちにして、世に問うてみたい。まちづくりのかたちで、社会に還元したい。デザイン戦略室としては、そのように考えています。
次回、最終回では、その「企みの仮説」をご紹介します。
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