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#5 テレビの向こうのミュージシャン│人生を変えた出会い

回転式の舞台が僕を運ぶ。

「テレビで見ていた登場幕は手動なんだな。」

笑顔で励ますスタッフさんの顔を、妙に冷静な気持ちで見送った数分後、僕はガリバー宇田川になった。


毎週末だけ通っていたボイトレの効果は抜群だった。

上達が早ければ早いほど、細かい技術を教えてもらえるから、週末がテストのつもりで毎日練習していた。

ある日、カラオケで応募できるテレビオーディションを見つけて、その場のノリで応募した。

数日後、電話で一次審査合格の連絡を受けた僕は、浮かれる気持ちを抑え、生まれて初めてテレビ局に足を踏み入れた。

僕はそれまでにも何度かオーディションの最終審査まで残ったことがあったが、最終の壁を突破できずにいた。

昔からやってきた剣道の大会で1回戦、2回戦、3回戦と進んでいくうちに、心と体のバランスを保つことが難しくなっていく感覚に似ている。

僕は剣道でも優勝したことがなかったから、いわゆる強者の心得を体得することができていない。

そういう思いも相まり、「今度こそうまくやるぞ」と、勝負どころでギクシャクしてしまう自分の心との決着をつける闘いも始まった。


踏み入れた先は、音響機材があって当たり前のライブハウスやスタジオとは別世界。

そういう空間で音楽に関することをやるモードを持っていなかった僕は、案の定ギクシャクした。

相部屋の控え室で声出しをした後、何人かの出演者と一緒に簡単な説明を受け、名札を胸につけると、すぐに番組収録スタジオのセット裏にスタンバイした。

その向こうでは、テレビで見ていた芸能人が軽快にトークを繰り広げ、小気味いいスタッフさんの掛け声で収録が始まったり止まったりしていた。


あるタイミングで、MCの方がトイレに行くと言って収録が止まったのだが、驚いたことにその方は僕らのいるセット裏まで顔を出し、ひと声をかけて走っていった。

「ごめんなさいね!う○こしてきます!本当すんません!」

その直後、サブMCの方々も、わざわざ僕らのいるところまで話に来てくれた。

「学生さん?バイト何してるの?」
「えー!そこ行ったことある!今度行くよ。」

驚くほどフランクに会話してくれたことや、素人の僕らにまで気遣いをしてくれる姿に、長年活躍するトップの方々の凄味を垣間見れた気がする。

ちなみにこの方は、収録終わりにも、車で僕らの前を通り過ぎる時、窓を開けて一旦止まって挨拶をしてくれた。
そういう行動一つ一つに感動した。


収録が再開するとすぐに出番だ。

回転式の舞台が回り、カーテンを抜けると、テレビで見てきた有名人達が僕の目を一斉に見てくる。

「ミスしないのは当たり前だ。」
「まるでプロのように振る舞うのだ。」
「ここで勝てばプロだ。」

自分に言い聞かせながら、必死に歌い、その2次審査に合格した。

歌い終わると、さっきセット裏で話したばかりの2人と、信じられないくらい美しい女優のMCさん達が現れ、囲みのトークが始まる。

「ハーフじゃないの?顔が日本人ぽくないのに、名前が漢字でガチガチだね!」

「宇田川、宇田リバー、ダリバー…ガリバー でいいんじゃない?」

今となっては、アドリブだったのか考えてくれていたのか分からないが、そういう流れで僕はガリバー 宇田川としてその後数週に渡って密着してもらえることになった。

僕を指名してくれた作家さんと曲を作り、最終審査を合格したらデビューが決定する。

その作家さんは、誰もが知る武道館をモチーフにした楽曲を歌うバンドのギタリスト。

僕はデビューを確信し、帰路についた。
電車であの女優MCさんの画像を検索しながら。


それから、自宅でのインタビュー、作家さんとの打ち合わせ、僕が歌うカラオケ音源の配信など、数カ月で目まぐるしい日々が続いた。

バイト先のお客さんや街やクラブなどでも声をかけられるようになっていき、レコーディングも順調。

作家であるギタリストの方のプライベートスタジオは、あの代表曲と同じく坂の途中にあったので、「坂が好きなんですか?」と聞くと、「上手いこと言うね!知ってるんだなー嬉しいね。」と微笑んでくれた。

レコーディングには宅録とボイトレで鍛えた再現力、つまり何度歌っても同じように歌えるという自信があった。

「へぇ!ちゃんとピッタリ同じように歌えるんだね。」

エンジニアさんにもほめられて、また自信になった。


いよいよ、最終審査の日。

テレビ局の階段で声出しをさせてもらってから控え室に戻ると、作家さんが激励に来てくれた。

僕はこの時、後にも先にもこれ以上は無いくらい緊張していた。
指先が震え、自分の手足の感覚も曖昧な状態。

「緊張してる?」

と彼に問われると、

「はい。でもやるしかないです!」

そう当たり前の答えをする僕に、優しく語りかけてくれた。

「そりゃそうだよ。
背負っているものが全然違うでしょう?
僕らの期待、自分の意地、親や友達の期待もね。
宇田川くんがプロとしてやっていくなら、これまでと比べ物にならないものを背負っていくことになるんだよ。」

その言葉の意味を理解する余裕もなく、最終審査のステージに立った。


パフォーマンスは精一杯やったし、歌もノーミス。

しかし、デビューは掴み取れなかった。

クラブで日々歌ってきたことも、カラオケやボイトレで磨いた腕も、通用しなかった。

というより、上手いだけでは突破できない壁があることを、身をもって知ることになったのだ。

おごりではなく、歌のテクニックでは文句のないレベルだったと思う。

何度か放送されているうちに、テレビ局宛にファンレターももらうこともあったし、クラブで歌っていても良い反応を得ることが増えた。

ただ、僕には華がなかったのかもしれない。

技術のレベルが一定より高いことと、アーティストとして適正があることとは、また別なのだ。

現にバンドでメジャーデビューする時にも、華の問題はついてまわり、女性との混合グループという点で突破できたところはあった。

もちろん、華の問題以前に、もっと圧倒的な個性があればよかったのだろうが、当時はそこまで振り切ることもできていなかった。


偽らざる本音を言えば、
「ここまできたんだから、デビューくらいさせてくれたっていいじゃないか」
だった。

カラオケオーディションで勝ち進んでも、年間400組ほどメジャーデビューする中の1組にも入れなかったというのが現実。

救いだったのは、テレビスタッフの方々が出番が終わった時も、テレビ局を出る時も、ずっと励まし続けてくれたこと。

「本当によかったよ!諦めないでね。応援してます!」

あのステージの幕を開けてくれた男性だった。

作家の方も悔しさを爆発させていて、その姿から本気で取り組んでいただけたことを実感した。

感謝するとともに、なおさら自分の不甲斐なさを申し訳なく思った。

「宇田川くん、うん!頑張った!
オレは最高の曲だったと思う。
納得いかないけど、こういうこともある世界だから。
頑張っていくしかないよね。」

僕らの挑戦は幕を下ろした。


「背負うものが違う」

僕の体が覚えているあの感覚を的確に表す言葉だと思う。

自分が自分の責任で真ん中に立つ。

それだけであんなにも怖いのだということ。

そして、それを為し得ているのは、作家さん、スタッフさんを始め、数えきれない人の力があってのことだということ。

すべてに感謝したくてもしきれないほど、あの場に至る僕には感謝すべき人が沢山いることに気づいたのだ。

振り返ると、セット裏にまで来てくれたあの芸能人の方々の振る舞いは、まさにそういう世界で生きる人の在り方そのものだったと思う。


感謝してもしきれないほどの支えがあること、そして自分の全力を尽くすことなど当たり前ということも知った。

僕がそれまでにやってきたことは、自分のことだけで精一杯。

それでは足りないのだ。

テレビに出ているミュージシャンや芸能人は、それをやっていなければ社会人としてアウト?

そんなことがあるはずがない。

彼らが背負うものがいかほどのものか、その行いがどれほどのものかを見ると、彼らはどんな世界でも成功できる人材なのだと思い知るはずだ。

テレビの向こうのミュージシャンは、僕をあの場に導くことで、その世界の厳しさと魅力を僕に見せつけたのだ。


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