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4:偏見と牽制

「菜々子」

不意に名前を呼ばれて、私はびくりとして顔を上げた。

「何だ。お父さんか」

もう、私を「菜々子」と呼ぶ男性は父しかいないというのに、何を期待しているんだろう。

「どうしたの?」
「お茶淹れたから、一緒に飲もう」
「うん。わかった」

私は弱々しく笑い、プレゼントを持ったままリビングへと向かう。

テーブルには淹れたてであることがわかるように湯気が揺れていた。一緒に帰ってきたはずの母の姿はない。

「お母さんは?」
「今日は織江(おりえ)さんの手伝いをすると言って、さっき出て行ったよ」

織江さんというのは真己のお母さんのことだ。

私は深く追求せずに、定位置となっている椅子に腰掛けた。

軽く息を吹きかけお茶を口に含む──が、泥を飲んだのかと思うような喉ごしに思わず吐き出しそうになった。心配そうな様子を見せる父に「むせただけ」と言ったが、もう一口飲む気にはなれなかった。

そういえばと、火葬場で出たお寿司も似たような感じだったのを思い出す。

普段なら喜んで食べるトロも、まるで石を飲み込んでいるかのように味も素っ気もなく、一カン食べるのがやっとだった。

「しばらくはおいしい食事が出来ないかもしれないね」

ふと父がそんなことを漏らす。

「真己くんと一緒にする食事はおいしかったなぁ」
「……うん」

不意に胸がつまった。

そうだ。もう二度と真己と一緒にご飯を食べることは出来ないんだ。

再会してからも度々家に招いていたが、この交流は小学五年生の頃からあった。その時期は真己の両親が離婚をした時でもある。

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「側にいてよ。幸せにしてよ。また菜々子って呼んでよ」──失って初めて気付く、その存在の大切さと秘めた想い。人を愛するというのは、どういうこ…

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