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LAST SCENE|僕の初めては113秒。

 また電車がせわしなく人を吐き出し、飲み込んだ。
 反対に僕はゆっくりと鉄格子をつかみながら膝を落とした。肝心の「では、どうすればいいか?」がわからず、頭に大きなおもりがあるみたいだった。重くのしかかり、苦しい。
 ドサリと鞄が肩から落ち、紙が小さなポケットから顔を出した。
 そういえば、あれから『初めて』を切り取っていない。

「はは、少な」

 最後にまとめてあった記録を見て、思わず笑った。
 丸印で囲ってある数字は113秒。
 それしかないのか。僕の初めては、これしかないのか。これだけしか、何かを感じていなかったのか。
 そう思ったら、急に目の前が滲んだ。

「うっ……ぐ」

 初めて、外で泣いた。
 初めて、例えようのない感情が生まれた。
 初めて、悔しいと思った。
 初めて、激しい頭痛を感じた。
 初めて、息がうまく吸えなかった。
 初めて、地面を見つめた。
 初めて、そこにしっかりとついている手を見た。

 初めて、ちゃんと生きたいと思った──

 むせかえるように息と声が吐き出された。

「大丈夫?」

 しがみつくように格子を掴み呼吸をする僕に、女の人の声が届いた。振り向くと心配そうな様子のおばさんと目が合う。
「大丈夫、です」となんとか答えると、おばさんは続けて「どこか具合悪いの?」と問いかけながらポケットティッシュを差し出す。

「本当に、大丈夫です。ありがとうございます」

 そう言って、ティッシュを受け取った。
「暑いから気をつけてね」と言い残して、おばさんは去った。
 直後、男の声が響く。

「ま、自分のことしか考えられない人間もいれば、何も考えずに人のために動ける人間もいるってことだな」

 あの男だった。
 ゴングが鳴り響くような頭痛の中、男の姿を探す。しかし、どこにも見当たらなかった。

「お前は、どんな人間になりたい?」

 男は続ける。
 僕はゆっくりと立ち上がり、鞄を拾い上げた。

「なりたい姿になれるように動けばいい。その瞬間、瞬間を切り取って、集めて形にする。それが、お前自身だ」

 そうだ。
 僕は『初めて』を見つけるようになってから気付いたことがあった。
 同じ日常を繰り返しているように感じるが、同じ時間は一秒としてない。
 同じように見える景色、朝、昼、夜、それに合わせた行動、天気、そこにある物、繰り返される四季──似ているけれど、同じものは二度とない。
 その時に考えていることも、体を作る細胞でさえも違う。毎日変わる。

 日が傾きかけ、空が朱く染まり始めた。
 その空を見上げて、僕の心臓も確実に波打つ回数を増やしているのを感じた。

 一つ、また一つと、そのたくさんの『初めて』をかき集めて。
 今のこの僕の18年間はある。

END

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「楽しくもなく、つまらなくもなく生きて意味あんの?」その一言が僕を変えた。──平凡な日常を淡々と過ごしていく中、男と出会った。 その日から…

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