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SCENE12:秘密【聖】

「やっぱり、伊藤先生と晟だったんだね」

 約束通り、指定された部屋を訪れた有羽と、その傍らに立つ二人の男性の姿を見てそう言った。
『調べ物』をするには最適な環境が整っている小部屋に招き入れ、各々は近くの椅子に座る。自分も今まで座っていた席に腰を落とすと、おもむろに口を開いた。

「わざわざすみません。ちょっと個人的なことだから、あの場で言うのはどうかなと思って」
「いや、俺たちの方こそ良かったのか?」
「有羽がよければ問題ないかと。ね?」

 耳打ちされた内容が「聞いてもらいたい人がいるんだけど、一緒に行ってもいい?」であったことから有羽にそう確認をとる。彼女はこくりと頷いてOKのサインを出した。

「早速ですが、もしかするとという僕の推測をお話します」

 そう口にすると、ほんの少しだけ空気がピリッとした。

「有羽、君が契約した朧の名前は何て言うの?」

 瞬間、有羽の目が見開かれた。息をのむ音がこちらまで聞こえる。

「あ……えと、何で?」
「これから話すことの可能性を高くしたいからさ」

 ひどく困惑している様子だった。
 朧は『鬼の力』そのものだ。形を石──宝玉として成(な)しているが、力の元となる鬼がいるということだ。朧を使うには、それに込められた鬼の魂と血の契約をしなければならない。だから朧一つ一つには名前があった。聖はその名を聞いたのだった。
 答えられないということは、先程抱いた疑問同様の理由があるからだろうと予想し、やんわりと訂正した。

「君を責めてるつもりはないよ。初めて自己紹介した時、君は『字守もどき』って言っただろ? 何かそれが引っかかってね。何でもどき(・・・)なんて言ったんだろうって。僕だったら絶対言わないと思ったんだ」
「でも、それは人それぞれなんじゃねーの? 有羽はもどきだと思ってるだけで」

 晟が有羽にとっての助け船を出した。

「僕は普段、魄の研究をしてるけど、自分のことを字守だとも思ってるよ。海白先生も、野田先輩も字守であればそれを否定することはしなかった。里紗は朧が使えないから、はっきりと字守じゃないって言ってたし。じゃあ、有羽は?って考えたら、字守だって言えない何かがあるんじゃないかと。別に、朧の名前が言えなくてもいいんだ。さっきも言ったけど、それで責めたり何かしたいわけじゃない」
「可能性を高めたいんだったな」
「そうです。もし血の契約を交わすことなく朧が使えるのだとしたら……鬼である可能性が高い」
「私が……鬼?」

 不安と恐怖が混在した顔だった。有羽自身に自覚がないのか、助けを求めるような眼差しを智孝と晟へ向けた。

「あくまでも推測だけどね。でも、リーズであった可能性の高い犠牲者が浄化された時、君の体に異変が起きた──あそこでは言わなかったけど、リーズを無に還した時、その反動として、コアの基(もと)となっている朧を扱う字守に苦痛が伴うんだ。僕の場合は小動物だから、さほどでもないけど、人間となれば違うだろうな、と」
「そんな……私がリーズの基になってるかもしれないの?」

 ぎゅっと、自我を守るように有羽は右手で反対の腕を掴み、体を抱え込んだ。そんな怯えにも似た様子の有羽に、もう一度「僕の勝手な憶測だから」と言った。

「先日の事件でも僕はリーズの可能性は低いと思ってますし、本当に憶測です。これが本当だとしたらとんでもないことですしね。ただ……」

 その先をためらう聖に、有羽が声をかける。浮かべている笑みから、続けるように促された気がして、それを吐き出す。

「晟に送られてきたという招待状や先生が最初に言った三年前のことを調べてみて、嫌なことに、欠けていたパズルのピースが見つかるように、どんどんと当てはまっていくんですよね。消印もない手紙がどうやって晟の手元に渡ったのか? どうして、魄を浄化した直後に有羽に異変が起きたのか? なぜ、伊藤先生はその年数を指定したのか? それらの推測を合わせていくと、字守という組織の中で裏切り者がいるのではないか──と」

 晟が感嘆と呆れの息をもらした。

「まあでも、かなり無理矢理に結論付けていますし、僕や先生たちが裏切り者だと思っていないからこそ話せることですけど」

 それより、僕には気になることがある。先生が最初に口にした年数が、本当は知りたいことなのではないのだろうか?
 三年前の活動の記録を辿っていて、聖は思い出したことがあった。

「三年前、一番大きなこととして遼太朗がいなくなったテストがありましたよね?」
「遼を知ってるの?」

 意外だと尋ねてくる有羽に微笑みかけ、それを肯定する。知り合った経緯は後回しにして、その後に続けようとしていた言葉を告げる。

「その時のチームに、伊藤先生と野田先輩、あと有羽と諫美(いさみ)の名前があった。それで思い出したことがあって、有羽が鬼ではないかと推測したんです」
「それは?」

 智孝の催促に、聖は少しだけ目を伏せる。

「遼太朗ほどの男が、たとえチームがバラバラになったとしても未だに姿を現さないなんてことはない。だとしたら戻れない状況か理由があるはず。それで思い出したんです。ある日、諫美が言っていたことを」

『諫美が言っていたこと』に、先程よりも大きく智孝と有羽の気が揺らいだ。やはり何かある。聖は一つだけ深く呼吸をした。

「『リョータロがあいつを置いてどっか行ったなんて、やっぱりおかしい』と。それからなんです、諫美の姿も見なくなったのは」

 これに対し、そういえばと今ここで気付く有羽。晟は連絡を取り合うほどの仲ではなかったのか反応は薄い。先生だけが、顔色一つ変えずにまとっている空気を重く、そして熱くさせていた。

「あいつが誰なのかは言わなかったし、僕はその件に関しては詳しくないのでわかりませんが、字守が護るものといえば一つしかない」

 朧を集めているのも、在るべきところに還すためだ。
 遼太朗は字守であり、『あいつ』という護るべきものがありながら行方をくらました。
 なぜそんなことをした? 護るために、敵の目を背けたのではないのか? 字守が護るべきもの。それは──

「鬼、ですよね? 先生」

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