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「地道に取り組むイノベーション」著者達による相互解読#3 第3部「制度としてのUCI Lab.」

UCI Lab.の実践を題材に専門の異なる3名の著者によって書かれた「地道に取り組むイノベーション」(じみイノ)。
実は2020年3月に実施していた、各パートについて著者間で相互に解読するワークショップを記録した本企画。これまでの第1部と第2部の解読に続き、最後は北川さんによる第3部「制度としてのUCI Lab.」についての比嘉さんと渡辺による解読です。

第1部についての記事はこちら
第2部についての記事はこちら

第3部「制度としてのUCI Lab.」(北川亘太)の構成

制度経済学者の北川亘太さんは、経済活動に潜む「規範」の変化を現場で追い、「今日の資本主義の趨勢」というマクロな概念を、ミクロな実践レベルで検証しようとしています。第3部では、ここまでに比べ一歩引いた視点で、ラボとさまざまな人々・集団で起きる相互作用という「現場」を描きます。
北川さん自身による、UCI Lab.の職場への1週間連続のフィールドワークと、その後も3年以上断続的に続けられた関係者へのインタビューから、組織としてのラボの生成変化を描き、制度経済学的に考察していきます。

「ミニ書評」ワーク 4つの問い
(第1・2・3部それぞれは)
① 何について書かれている?
② ハイライトだと思うシーンは?
③ 著者の主張が最も強く出ている部分はどこ?
④ 知人にひと言で紹介するなら?

「根源的な世界のわかり方」を示している

比嘉(敬称略) 第3部が「①何について書かれている?」かというと、UCI Lab.をメタに位置付け直していることで、UCI Lab.を事例にしながら制度経済学のフレームの有効性が示されていると思います。
第1部とか2部ではそういうフレームとして語られてなかったものを、北川さんは「制度」というフレームにおいて理解する。これは実は根源的な世界のわかり方の一つだし、かつそれが具体的なデータで、制度は何から構成されて、いかに分析できうるか、って言うことを具体例で示せている、そういうことが書かれている。

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比嘉 ハイライト(②)は最後のプラグマティズムの話、「そこに着地するんだ!」っていう(驚きの)部分でもあるんですけど。
あとは冒頭の着眼点や方法論、「北川さんがフィールドに入って…」いう入り口のプロセスのところ。北川さんの仕事が面白いなと思うのは、「制度を語る」っていうことを、UCI Lab.に最初5日間行って、その後コンスタントにインタビューを続けてデータを集めて、「何なんだろう」って考えていった、その上にこの論法が成り立っているという事実です。
私は、どういう方法でその思考や分析や結論に至ったかというのは、自分の立場上、人類学者として気になるので、そこがちゃんと書かれているのがいいなと。ただ渡辺さんからメールをもらってそれを読んで分析したのか、もしくは直接話を聞いたり様子を見たのかっていうのは、私たちは全然違うことだと思っているから。北川さんの立場の方がそういうことをされているのが、ハイライトのひとつだと思います。

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あとは分析の枠組みとして、きちんと「時間」みたいなものが射程に入っていること。一瞬を切り取って普遍的に示すっていう話ではなくて、しかも個人とか地域とか組織とかレベル感の違うものが、時間が変わるとどういう風になっていくのかを記述しているのもハイライトだと思いました。

「③著者の主張」については、北川さんはきちんとした構造で書かれていて、冒頭での問いに対しておわりで「制度経済学からみた地道な取り組み」と締められている部分。つまり「不合理」とか「非効率」みたいなものの捉えかた、解釈可能性についてですね。私とか渡辺さんも実践レベルにおいての不合理や非効率の話はしてるんだけど、あまりそこをわかりやすく取り上げて論じているわけではなかったんですね。北川さんが制度のフレームにおいて、不合理とか非効率みたいなものを、どんな風に捉えられるかっていうのをちゃんと示してくださっていて。

プラス、北川さんの補論全般ですね。UCI Lab.を俯瞰的に時間軸で追っていくと、北川さんが「こう考える」とか「ここが気になる」っていうのは、どうしても背景化しがちです。実はそれらは補論の中に含まれてるから、補論を読むと北川さんにとっての重要な主張、これが大事というのが伝わるのかなと思いました。

渡辺 そうですね。本文はストーリーとしてすっきり読めるけど、実は研究としての醍醐味は補論の方にあるかも。一回読み終わった後に補論を読むとより理解が深まりそうです。

実務家の人にこそ読んで欲しい、かみごたえのある話

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北川(敬称略) このひと言紹介をPOPにしてほしいです。
比嘉 第3部はどうしても「しっかりかみごたえのある話」になっているから、読者によっては1部2部と比べて読みづらいかなというのはあるんですけど、でも、そういう人ほど本当はこの第3部を読んでほしいですね。
哲学の話じゃないですけど、ミクロの現場を見ることとマクロな理解、世界観のようなものが繋がってるんだっていう話は、学術の価値だと思っているから。普段は研究とは違う世界にいる人にも、その価値を触りでも感じてもらえるといいなと。
この本で北川さんがされている「世界を違うレベルにおいて見る」っていうのは、単に「視点が違う」というのとは異なります。なかなかみんなすぐには理解してくれないけど、イノベーション業界のような仕事をしていたらなおさら大事なことだと思ってるんですよ。言葉を用いて思考する仕事で。

渡辺 研究者ではない読者に対してこそ、ってことですよね。

比嘉 そうそう。ビジネスで、リサーチをしたことを抽象化して、モデルやフレームを作ったり、キャッチーな言葉に還元していくような操作をするとき、(解釈が)暴力的になったりとか、ただキャッチーで根拠のない何かになってしまうことがあります。それは、たぶん北川さんみたいなステップを全然理解してやってないからだと思っていて…。
だから私は、渡辺さんのスタイルもそうですけど、こういう仕事の中に学術を入れていくことの価値って、そのプロセスを担保するとか、高い精度できちんと見ていくことだと思います。
これは結構重要なことだと思っていて、渡辺さんが実践として書いていらっしゃる「丁寧な仕事」っていうレベル感の話もあれば、北川さんが書いていらっしゃるような、こんなことがこんなふうに理解されていくっていう思考の積み上げ方でもある。
そこで、北川さんの結論が「プラグマティズム」にたどり着くっていう展開は、多分実務サイドの人に想像もつかないことだと思いますし、でも制度経済学者の人だったらこんな風に理解できるんだっていうのを、読んでもらえると私はいいなと思います。「難しいと思っても読んで!」っていうメッセージです(笑)。

組織における「動的平衡」が描かれている

渡辺 僕は第3部で観察されている当事者だから、オモテのストーリーについては読み解くのが難しい(苦笑)。そういう言い訳をした上で、何について書かれているか(①)というと、私も「時間」について書いているって言うのが、1部2部と比較して際立つポイントかなと思いました。
もう少し違う言い方で言うと「動的平衡」みたいなイメージです。「制度」ってストラクチャーみたいに硬いものとして想像してしまうと、動かない変わらないものと理解してしまう。でも、UCI Lab.は7年間(2020年3月当時)ずっとUCI Lab.なんだけど実は中身は入れ変わっている。外と応答しながら、中でも応答しながら平衡状態を保っているっていう感覚ですね。
制度を時間で追うことによって、制度とそこにいる人たちの互いへの影響が描かれているのも面白いと感じました。制度はずっと固定でもないし、人の意識や行動も同じではなくて、相互に影響を与えあっているっていうのが面白いなと。

あと、この人(渡辺)たちは、短い期間の中でいちいち自分たちで考えながら動いているなぁって。「何となくこうしました」とか「こうさせられました」っていうことはほぼなくて、「こう思った」から「こういう風な動きをした」ら「こんな反応があった」っていうことが、こんな短い期間の中にたくさん意識されている。まあまあ面倒臭い人たちだなぁと読んでたんですけど。

比嘉 客観的に見て(笑)。

渡辺 「柔軟さ」について第1部2部で何度も出てきますが、実は闇雲にやってるわけではなくて、結構方向感覚を持ちながら動いてるんだなと言うことが、北川さんが時系列で追っ駆けていくことによって見えてくるなと思いました。

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渡辺 ハイライト(②)は、私たちを知らない読者の視点で読むと、UCI Lab.の時間をたどることで、普通は削除してしまうような負の局面、対話の影といった話もきちんと描いているところでしょうね。そういうときに制度が変化していってる。

「制度」はある日急にできるものではない

渡辺 「③著者の主張」については、時間軸を視野に入れて書かれていた「共有された経験の蓄積」というのはすごく大事なことだと思っています。ここでの制度って法律のような硬いものだけではなくて、「ある集団に共有されている、言語化された/されていない仕組み」つまり共有されている前提みたいなものだとするならば、それっていきなり「今日からこれです」って成立するわけじゃないですよね。集団の中で経験が共有されていくことによって、だんだんと形成されていくっていうことだったりするのかなと。

北川 実に的確だと思います。制度を論じる人は、そのことを「定義」のように割とさらっと書くのですが、ここでは、何人かによる、歩調も目的も違った5年間くらいの「あゆみ」(共有された経験)が、制度というものになっていく様子をじっくり描くことができたと思います。
だから、抽象的でふわっとしがちな「共有された経験」という言葉が、「いろいろあって、できあがったんだなぁ~」という感慨や溜息(笑)とセットになった、中身のある言葉として提示できたのではないかと。


渡辺 ひと言で紹介(④)には、「協働や対話を『広い範囲のミクロ』で描いている」って書いたんですけど、つまり俯瞰的といっても上から抽象的にということではなくて、現場の目線で、かつ複数の広い範囲を丹念にみて、そこからきちんと構造的なマクロな思考をしているなと改めて読んで思いました。ひょっとすると、それが「制度経済学」らしさなのかも知れませんが。

結論、正直な本である

渡辺 という事で、第1部から第3部までを相互に読み解きあってきましたが。
私が面白かったのは、「テキスト」って書かれたら、本当に著者の手から離れるんだ、というか、本人の意図とはまた違う読まれ方をするんだなっていうのがすごく面白いですね。解釈がひらかれていく。本人が意図しなくても。

比嘉 それが面白いところでもあり可能性ですかね。 本人の無意識みたいなことが出てくるから面白いんですよね。

北川 これをもっと詳しくやってみたいですね、ここの何行目とか、ずっと・・・(笑)。

比嘉 でもまあ、各部ばらけないで、よくまとまった形にしましたよね。自画自賛じゃないけど。

渡辺 自画自賛ですよね(笑)。

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比嘉 伝えてるメッセージの根幹はちゃんと共通してるじゃないですか。
あと、北川さんとかも(第1部の解読で)書いていらしたけど、それぞれの立場とかレベル感は違うけれど、必ずしも一貫した綺麗なメッセージじゃないということをみんな言っている。ズレた部分が実際あるし、難しいし、ちゃんとできてるかもわかんないし、試行錯誤するし…みたいなことをどの立場からでも結局言っているところは、とても正直な本だなと思います。

渡辺 また是非イベントのような形でも、色々な立場の方との対話からもっと多様な読みの可能性をさぐってみたいですよね。今日は皆さん(本当に)お疲れ様でした!

おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
冒頭に書いた通り、実はこの相互解読ワークショップは2020年3月に実施されていました。そもそも、その当時この本は昨年6月出版の予定だったんです。この後の4−5月にかけて、本のタイトルが変更され、終章はイチから書き直されることになり、何とか無事に10月に出版することができました。
つまり、ここで過去の私たちは達成感を持って明るく振り返っていますが、まだまだその後にもうひと山ふた山あったんですよね…。いま思い返してみれば、このワークショップ自体が、本の中で書かれていた地道な紆余曲折の実践の一部だったような気がします。
そんな執筆過程における協働と試行錯誤の軌跡を、本には収まりきらない余剰、まさに副音声的なものとしてここに記録しておきます。

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