見出し画像

じみイノ著者達による相互解読#1 第1部「イノベーションに隠された現場の格闘」

じみイノをより楽しんでいただくための副音声です

『地道に取り組むイノベーション』(じみイノ)は昨年10月に世に出て以来、大ベストセラーに・・・なることはなく(笑)、まさにタイトル通り今もコツコツ地道に、さまざまな読者のもとに届けられています。そして、研究会や授業や著者が直接(オンラインで)お会いする機会などを通じて、たくさんの熱い丁寧な反応をいただきました。本当にありがとうございます!著者を代表して渡辺よりお礼申し上げます。

実は、本が世に出るさらに半年前の2020年3月に、私たちはそれぞれの本論を批評し合うワークショップを丸1日かけて実施していました。今回のnoteでは、この「相互批評ワークショップ」の様子を、都合3回に分けてお届けします。
まだ“じみイノ”を読んでいないよ、という方には本書に興味を持っていただくきっかけになれば。既に読んでいただいた方には、より多面的に理解していただくための読み方の一例に、いわばDVDの副音声(コメンタリー)のようなイメージで、どうぞリラックスしてお楽しみください。

題して「じみイノ BONUS TRACKS」

では、早速当日の様子を覗いてみましょう。

ワークショップ開会の挨拶

渡辺 えー、皆さまおはようございます。今日(2020年3月10日)の時点ではまだ初稿ゲラが組み上がってくる前の段階ですが、おおよその原稿は無事完成して通読できる状態ということで、今日は内容を再点検する場にしたいと思います。
これまでの研究会は互いの原稿を順に俎上に乗せていきましたが、今日はまず、私の方で簡単なワークを準備しています。

「ミニ書評」ワーク 4つの問い
 (第1・2・3部それぞれは)
① 何について書かれている?
② ハイライトだと思うシーンは?
③ 著者の主張が最も強く出ている部分はどこ?
④ 知人にひと言で紹介するなら?

画像2

まずは、渡辺による第1部「イノベーションに隠された現場の格闘」について。残り2人の著者である比嘉と北川が、一番近い、けれど一番遠慮のない視点で解読していきます。

第1部「イノベーションに隠された現場の格闘」(渡辺隆史)について

本書のフィールドであるUCI Lab.を社内起業した当事者の渡辺隆史によって、ラボとクライアントとの間で行われる商品開発プロジェクトを通じた対話的な協働の「現場」を描きます。
第1部では、私たちが過去8年間の中で実際に行った4つのプロジェクトについて、発達心理学で用いられる「エピソード記述」の形式を参考にした詳細な記述と考察から、イノベーションが成就するまでの試行錯誤の過程を公開していきます。その上で、UCI Lab.がまるで研究のようにプロジェクトに取り組み、方法論に頼らずその都度柔軟に対応しようとするあり方を、総合的や統合(synthesis)、身体性、一貫性といったキーワードから表明していきます。

「普通に丁寧にする」ことの先にしかイノベーションやクリエイティビティはない

渡辺 では、まず比嘉さんの「読み」からお願いしていいですか?

比嘉(敬称略) まず「① 何について書かれている?」についてですが、第1部で書いているのは渡辺さんの自己紹介、客観的な「紹介」というよりはご自身による自己定義が入っているのかなと思ってます。実際の現場のケースやプロセスの回し方について、それを渡辺さん自身が書くことで、こだわりとか大事にしているところを実は言っている。

それと、プロジェクトの多様性、関わり方や応答の多様性です。出てくるプロジェクトが色々な物事を提示している。「たくさん仕事をしています!」と言いたいのではなくて、それによって関わり方とか応答が多様だということを示している。それも、この本の価値の一部だと思います。

画像2

「②ハイライトだと思うシーン」は、各章で考察部分を設けていることがキモだと思っていて、読み直すと渡辺さん独特の言葉遣いみたいなもの、「倫理」とか「柔軟」とか「健全」とか「執拗」とかが出てくる。これって、いわゆるビジネスのマニュアルの話から遠い言葉遣いだと思うんですよね。むしろ価値観とかフィロソフィーの色が付いた言葉だと思う。そういう言葉で渡辺さんは説明している。
渡辺さんはあまりそれを主張として前面に出してはいませんが、第1部を読んだ時に実はそこが残る部分かな、と思いました。

他のハイライトは、第2章での最初のクライアントからの相談と実際にした内容を比較したビフォーアフターの表。その理由は④で書いたことにもかかりますが、「柔軟に変えていく」って言うは易しだし、「そうしてます」と言う人はいますが、何がどれだけ変わったかを「ほらね」って具体的に見せることはちゃんとされていないし、それがあることはすごく「おーっ」と思うところですよね。

画像6

全体としてもそうですけど、具体的なケースを具体的な物として提示していくところはハイライトだと思います。

「③著者の主張」に関しては、(第5章3節の)「一貫性」は強めのメッセージだと思ってるし、渡辺さんが自己定義されてる「キラキラ」じゃなく「地味」にやっていますってところですね。

このような通常はあまり表層には出てこない(また,内側にいる私たち自身にとってあまりに日常的で取るに足らない)現場の営みをできるだけ詳細に記していくことで、私たちUCI Lab.が,(中略)脳内で抽象的な概念を操作しているだけの「キラキラした」存在ではなくて、現場で積極的に他者と対話し身体性を伴って思考しているような「地味な」存在であるということを(わざわざ)示していきたい。(p.32)

比嘉 あと、これはどう読まれるかですが「『デザイン思考』ではない」という主張(p.91)。渡辺さんは他の箇所ではデザイン思考の枠の中にあるとも言っているし、だけども「デザイン思考ではない」という渡辺さんの自己認識とかスタンスは一つの主張、メッセージなんだろうなと思いました。

そして、最後の「④知人にひと言で紹介」は、全然ひと言じゃないですけど…。

画像5

比嘉 「普通のことを丁寧にしている」という言い方もできる。これをネガティブに言う人もいるかもしれなくて「わざわざ取り上げる話なのか」って言うくらい普通な事をしているし、新しい理論とかを打ち出しているわけではなくてキャッチーさはない。渡辺さんは、ご自身の色が付くことを好まないですよね。

渡辺 はい。まあ、それでも出るんですけどね(笑)。

比嘉 出るけど、出そうとはしていない。「渡辺さんのアイデアやカラー」みたいには見せないじゃないですか。だから、とても普通に見えるけれど、この業界で普通に丁寧にやるってことは、みんながやっているようには私には見えない。むしろ、そうじゃない方に転がりがちな業界だと思うけど、実はイノベーティブとかクリエイティブなことは普通に丁寧にやる先にしかないことが良く分かる内容だと思います。

北川(敬称略) もし「独自の手法」っていう感想を持たれる仕事の仕方だとすると、賞味期限は短いのかもしれない。

渡辺 ああ、確かにそうかも。じゃあ、次に北川さんからの解説をお願いします。

イノベーションの現場の「作業の往復」が具体的に描かれている

北川 「①何について書いている?」では、プロセスや型という形でポイントになる概念を示してくれて、でもそれに収まりきらない部分、ひとつひとつの作業というか、具体的な記述、ある意味で雑多なことが文章に出ていてそこが面白い。
実務家ならではの文章だよね、ということではなく、その収まりきらない部分こそが、実はビジネスするとかイノベーションする時に大事なことなのではないかと思いました。

画像3

言い換えると雑味でしょうか。雑味を失くしてしまわずそれを意識化すること。それをまた「総合」する要素の中に入れていくことが重要なのかなって。
雑味のひとつとして「身体化された習慣」みたいなものが挙げられると思います。そういった「どういう手の動かし方をしているの?」っていう部分まできちんと書かれていることに第1部の重要性があるんじゃないかな。

「②ハイライト」というか、私の好きなところは、作業の往復、つまり頭と身体とかデジタルとアナログのような間を往復する作業が具体的に出てくる、第3章のエピソードで自由帳の写真(図3-4)が出てくるあたり。
「朝の電車で自由帳に手書き」とか「それをオフィスでベタ打ちして、また出力して手書きを重ねて…」「言語や像が生成される」といった部分から見えてくるもの、この人がどういう生活とかリズムで思考を重ねているのかに興味があります。

画像4

渡辺 北川さんはいつも、私が原稿を書いてみた後で「ここは蛇足かもしれないので削ろうかな?」と思っていた箇所に反応してくださいます(笑)。

北川 (作業の往復での)具体的な行動様式が面白いだけではなくて、プロジェクトにおける解釈の深まりの過程がきちんと分かる、そこまで丁寧に書いたものは少ないなってくらい(詳細に)書かれているのがハイライトです。
それぞれの事例のように、往復的な作業を積み重ねていくことに絶対的な本質があるとまでは言い切れませんが、それでもかなり重要だというのが読んでいると分かります。

協働しているのに、最後はひとりでする?

北川 もう一つのハイライトは「協働における『ひとり』の重要性」です。それまでずっと対話の重要性、協働について語っていたはずですが、渡辺さんは事例の中で、最後一人でやるんですよね。「え、ひとりでやる?」ってとこが面白い。
さっきの雑味と重なりますが、割り切れないものを仕事の中に抱えて、それが良いものを生みだしているし、あるいは雑味ではなく一貫したものとして捉えるなら、協働する時にも個人の中でどう解釈するか、ひとりの時にどう作業するかがより重要なのかもしれない。
寄りかかりとかみんなで仲良くということじゃなくて、散り散りになった後に何をするかが大事。ひとりのあり方が問われてくる。

比嘉 チームワークが好きでひとりでものを考えない人はいっぱいいますからね(笑)。

渡辺 ひとりの重要性については微妙なニュアンスが難しくて。僕が言いたいのは、例えばチームの合意よりも誰か強い想いの人がひとりいないと成り立たないとか、ユーザーに話をきくより自分たち内側にあることが大事だなどの主張とは違うんですよね。

北川 渡辺さんがひとりで作業する部分もありますけど、頭の中に入ってきた色々な人の見方や状況をひっくるめてひとりで統合しているじゃないですか。誰かのひとりの想いとは違いますよね。

一見すると相反しそうな要素が創造プロセスで同居している

北川 「③著者の主張」は、ちょっと違う2つの主張が時間をずらして出てくるっていうのが面白い。「解釈の多様性が大事」と書きつつひとりで集中して作業したり、「みんなが困っている時に私は困っていなかった」とちょっと一歩引いているところとか。
矛盾しているという意味ではなくて、簡単に協働と言ってしまうと見えてこない、書くのが難しい部分がはっきり顔を出している。だから、どちらか一方しかないという前提だと「え、なんだろう?」って思うんですが、実はこういうものが同居するからうまくいくのかなという気もします。「インコヒーレント・テクスト(*)」とでも言いますか…。

* 評論家Robin Woodの用語で、劇作家佐藤健志の分かりやすい訳では「ツジツマの合わない物語」

渡辺 これがすごいなと思うのは、僕自身は一切意識していないということですね。

北川 インコヒーレント・テクストは、映画の評論などで使われる用語なんですが、監督がそういうふうに意識していては当てはまらないんですよ、意識=作為なので。あとで観客が見て、この人言っている事と撮っている事がずれているとか、台詞と映像がずれているとか、そこで面白さが出てくる。
これ(ズレの同居)は、仕事で重要なことなんじゃないかと思いました。普通はすっきりと書くものですが、違うものが出てきてしまうというのが。

比嘉 それすごく大事だと思います、私も。

北川 次の「④ひと言で紹介」に繋がるんですが、私を含めて多くの学者は論文を書いていて、一貫した論理や観点で、モデルの中ですべて説明されきったという時に、論理の自己展開の中で結論までいくと「この論文は美しい!」って感じがちだと思うんです。
だから、こういう言っていることが微妙にずれるよねっていうものが常に続くことは研究者には違和感を抱くかもしれないけど、実は現実に則しているし、イノベーションの源泉というか、面白いものを生みだす時の重要な要素かもしれないなと。

渡辺 まあ、具体例を書き込んでいるから、そういうズレが意識せず出てくる(苦笑)。

比嘉 それが現れているということは、マニュアルとか自社を宣伝する本だとあり得ないじゃないですか。きれいに収まっていないと成立しないから(削ってしまう)。

北川 そういうことを、このテキストは直接説明することなく、それ自体が身をもって示していると感じました。

渡辺 なんと。私はそういう事を書いていたんですね(笑)。
でも、われわれ3名に共通する認識は反・方法論、「こうすれば必ずできる」といった安易な理解や主張に対する反発じゃないですか。そういう意味では、比嘉さんがハイライトと仰ったプロジェクトのビフォーアフターの柔軟な変化の実例や、北川さんの指摘された論理に収まりきらないズレや雑味に、ただ美しく抽象化すると抜け落ちてしまう何かがあるのかもと思いました。

まとめと予告

渡辺が書いた第1部についての比嘉さんと北川さんの解読、いかがでしたか?

実はこれまで、本書について著者3名が揃って公の場で話す機会は、まだ一度もつくっていなかったのでした。もちろん、言い訳としては、いまだに続くコロナ禍や著者それぞれの多忙さなどもあったわけですが、主に私(渡辺)の怠慢ですね、すみません。そこで、9月ごろに改めて、ウェビナー形式でのイベントを日程調整中! とここで宣言しておきます。皆様、どうぞご期待ください。

次回は、比嘉夏子さんによる第2部「UCI Lab.と人類学者による対話と協働」を解読するパートをお送りします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?