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うちの場合は。 ②家族と宗教

タイトルが一瞬やばそうではあるが、うちの家族はそれぞれの宗教をライトにライクな人達である。

まず母。小さな頃からキリスト教系列の女学校で育ち、大学も京都のキリスト教系に進学、キリスト教系の幼稚園で定年過ぎた今もボランティア価格のお給料で先生としてバリバリ働いている。結婚する前もした後も、家族は浄土真宗だが、ずーっと側におられた西洋の神に母は心から親しみがあるようだ。私が家を出てからだが、近くの教会に日曜礼拝に行くようになったらしい。世界平和と、息子と娘の幸せな結婚を願う母の心の拠り所となっているのは間違いない。これは「安穏の為の宗教」だと思う。娘的にもありがたい。「いつ改宗するのか?」とまわりのご高齢の礼拝仲間に急かされるらしいが、父の手前、まだ先のように思われる。母は父とはお墓が別になっても構わない気持ちでいるようだが、亭主関白でヤキモチ焼きの父的には先に死なない限り一生納得のいかない案件なのではないか。本人に伝えているかは知らないけど。私はどっちでもいいが、お墓はひとつのほうが楽かな〜と思っている。

で父は。仕事を引退して毎日やることがなく大量に時間だけはある中で、無駄に物思いにふけることが多くなるのだろう、おじさんというものはふと自分のルーツの宗教に目覚めてしまうのだ。昔はブッダだなんてワード一言も言ったことなかったのに。ただ年齢的にがっつりのめり込む体力はないので、あっさりとした「仏閣巡り」に浄土真宗の教えを都合良く織り交ぜてみたり、急に墨と筆を買い集めて写経を自宅で始めてみたりする。これは「やっぱ教え通りに真面目に生きてきた俺、偉い。と実感する為の宗教」だと思う。どっかの由緒ある仏閣で買ってきた「この縁結びのお守りに効き目ないわけない」と言われ渡されても、ブッダもそこまで面倒見れないよ、と娘的に思うのだが。

最後に母方の祖母。もういないが、祖母が一番本域だったと感じる。神道の一つで民衆宗教の金光教の信者だった。どこで金光教に出会ったのかはよく知らないが、母と夏休みに祖母宅へ帰省したときによく一緒に教会へ連れられて行ったものだ。お盆の提灯と、お線香の匂いが同時にふっと思い出されてくる。教会の偉い人のお話を熱心に聞く祖母を昔から見ていたおかげで、宗教というものがどれだけ人の心を安定させ、祖父を早くに亡くした祖母を孤独から救ってくれていたのかを感じていた。亡くなる何年か前からは、お布施を出す余裕もなく老人ホームに入ったこともあり、金光教とは疎遠になっていったが、超お嬢様育ちだった祖母が一般人の祖父に嫁ぎ、庶民に混じって生活していかなけれればならなくなった時代から心の拠り所となっていたのかもしれない。祖母にとっては地道に毎日を生きていく「生活の為の宗教」だったのかなと思う。

世界の宗教の聖地がなんで一緒なのかとか、日本の新興宗教がなんだか気持ち悪いところとか、不思議なことが多くて距離をとってしまいがちな宗教だけれど、身近なところから見つめてみるとおもしろい。将来私はどうしているかな。

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