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人新世の歩き方 2 どう生きるべきだろうか?

答えはない 問われている だから面白い

アウシュビッツから生還した V.E.フランクルさんが「夜と霧」で書いているように、

「人間とは生きる意味を「問う存在」なのではく、人生から「問われている存在」です。」

「あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望していない」

泣けます。ほんとにそうだと思います。

日本の公的な学校教育では、常に正解があり、それを答えることが求められますが、世界には常に正解があるわけではなく、それぞれのベターな解があるだけでしょう。だから面白いんだとも思います。

だからこそ、では、どうありたいの? が問われます。

何をするか の 前に どうありたいのだろう? を問うこと。
マインドに、ハートに、からだに。

人は 進化(変化)する種 進化そのものが面白い 進化思考

太刀川英輔さんの「進化思考」では、進化は「変異」と「適応」の往復運動と書いています。

現代は、「適応」から「変異」のタイミングだと思います。産業革命~近代が始まって、

「生産がよき世界を創る」「生産=消費 消費がよき人生を創る」

が神話になったのかもしれません。それに「適応」してきました。しかしそれは今限界を迎えています。

予兆は 60-70年代には公害の形で表面化し、「成長の限界」「沈黙の春」等で示され、エコロジーも生まれました。しかし、それが肌で感じるフィードバックとして、気候変動として、また巨大な格差(約1億倍の以上の資産)として認識されたのはやはり今なんだと思います。

生産に基づいた成長 という 正解 があり、西欧が最先進国で、それを追いかける日本はその正解に向かってまっしぐらに適応、教育もビジネスも、負けた太平洋戦争のリベンジのごとく頑張ってきましたが、90年代にジャパン アズ No.1 と言われ始めたら、その先にビジョンを無くし、落ち目なう。

しかしそれからは内観の時間でもあり、アイデンティティ探しの時かもしれません。江戸、縄文含め、ルーツを探し直すこと。

変異 のタイミングです。正解・一般解 ではなく、特殊解。

どうありたいのか なぜ生まれてきたのか 何がしたいのか

地球う~大いなる命 に繋がり直し、それぞれが聖なる存在であることを思い出すところからなのではと思います。

変異・創発

そして「変異」の時 というのは 不安定な時でもあります。

清水博さんが「生命を捉えなおす」で書いていらしたと思いますが、たとえば卵を回転させるとして、安定期は重心を下に回転してますが、安定が崩れ始めると、重心は上に移った形になり、不安定にふらふらします。ちょっとの力でひっくりかえり、次の安定期に向かいます。カオス理論のバタフライ効果もそうですが、変わるときはきっかけは微細なもので、相転移(急に凍るとか、山火事とかも、きっかけは一瞬)が起こります。

多様な生命が大発生した先カンブリア紀も似たようなものかもしれません。多様な特殊解がばんばん出る中で、ほんの小さなきっかけで次の適応が見えてくることでしょう。ブレストもとにかく数から質が上がります。集合的な知もそうでしょう。

そして、その多様な特殊解が相互作用するところから全体が動的に生成され続けている状態。それ、創発が生命の本質でもあるでしょう。

適応が、固い機械的なシステムだとしたら、この変異は、柔らかく流動的な生命的なシステムへの移行な気がしています。

生産システムは、とにかく資源を吸い上げて、人間を搾取して、技術という知恵を利用して、大量に生産し、大量に情報をシャワーして買わせて消費させて、マネーに変えて、それを再生産する ものでした。それは無限の資源を想定していました。しかし資源は限界。マーケットも必要的には限界に達したので、現在は新しさも価値にして、足らなさを人のマインドに送り込んで、消費者を持続させているわけです。

生産工場はもう要らないから、それに時間を使うんじゃなくて、私たちは 幸せであること 生きること 生きる意味を問うこと で時間を取り戻した方がいい。生産システムから生きるシステムへ。そういう変化がいいんじゃないかな。

生きるシステム。それは、一人ひとりが生きていること、コミュニケーションが生きていること、全体も生きていること、健全であること。楽しく、躍動し、休息し、クリエイティブであること、輝いていること、深遠な聖なる闇もあること。死が包含されていること。命が個々の中に閉じ込められず、流れていること。世界がもっと創発していること。そんなシステム。

創発(そうはつ、英語:emergence)とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成される。

この世界の大半のモノ・生物等は多層の階層構造を含んでいるものであり、その階層構造体においては、仮に決定論的かつ機械論的な世界観を許したとしても、下層の要素とその振る舞いの記述をしただけでは、上層の挙動は実際上予測困難だということ。下層にはもともとなかった性質が、上層に現れることがあるということ。あるいは下層にない性質が、上層の"実装"状態や、マクロ的な相互作用でも現れうる、ということ。

「創発」は主に複雑系の理論において用いられる用語であるが、非常に多岐にわたる分野でも使用されており、時として拡大解釈されることもある。

ウィキペディア 創発 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E7%99%BA 面白い!

変わりつつも変わらないもの・再発見・思い出すこと

どんどん生々流転する世界は変わりつつも、変わらないものもあるだろう。
お互いを尊重するようなオープンな、受容された、安全な感じ、そういうスペースであること、大いなる母性のような?「あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望していない」ような。
それはでも、きっと昔から常にそうだったんだろう。

それを思いだすこと。かもしれない。

ところでロシアの古武術的なシステマは、動き続ける。
4原則は
Keep breathing (呼吸し続ける)
Stay relaxed (リラックスを保つ)
Keep straight posture (姿勢を真っ直ぐ保つ)
Keep moving (移動し続ける)
とっても示唆的です。日本の古武道にも通ずるところ満載なことでしょう。

羽化 コズミック・リバース

変異を恐れず、「変異になる」ことを通して、生ける生命GAIAシステム になると思う。そこでは、私たちや物質も単なるモノではなくて命。聖なる存在。近代の縛りを脱し、羽を広げるイメージがある。昔のスタジオボイスで「コズミックバース」って刊があって大好きだったんだけれど、そんな感じ。

コズミックリバース。宇宙的な蝶。蛹から蝶へ。以下の絵は再掲。

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左のピラミッドが、生産搾取システムの象徴で、右のバラが生けるシステムの象徴。そこに移るには、いったんソース(大地)に潜ることで可能になる。その時、人は、大地と天を繋ぐ依り代となり、ハートがその真ん中にある。顔は世界を映している。そして全体が羽化しようとしている。

3へ続く

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