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羊の数をかぞえろ

第一の手記

 恥の多い生涯を送って来ました。
 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。自宅には家庭用の有線放送(現:USEN)の設備がありましたので、人間は音楽を買わなければいけないということを知ったのは、よほど大きくなってからでした。

 私は120分のカセットテープの裏表に全ての流行歌をおさめることができたためCDに物質的な価値を見出しておりませんでした。私はシングルCDを音楽再生に使用すると全然気づかず、キラキラ光らせたりカラスを撃退するための垢ぬけたガジェットだとばかり思っていたのですが、それがどうやら流行歌を所持していることをひけらかす虚飾に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。

 次第に私は流行歌への関心を薄れさせていきました。人間が愛するというB'zやテツヤコムロレイヴファクトリーに心動かされず、やがて人間の枠組みから外れた「それ以外」のジャンルへ逃避していくことになります。次第に興味の対象は音楽ジャンルからも逸れ「アリバイ(路上公衆電話から通話している設定のための自然音)」「羊の数(無限に羊の数をかぞえ続ける)」等の木っ端チャンネルへ移行していくことになります。私は羊の数をいくつまで数えるのかという興味にとり憑かれ、何度も睡魔に挫折しながら世界の終末を見届けようと繰り返し繰り返し足掻くのでした。やがて「羊の数」の終末を見届けた私は家族に引き取られ"医師"と面談させられることになりました。

 つまり自分には、人間の営みというものがいまだに何もわかっていない、という事になりそうです。自分の幸福の観念(誰も聞いたことのない曲がランダムに訪れる感動)と、世のすべての人たちの幸福(ヒット曲以外は聞く必要ない)の観念とが、まるで食いちがっているような不安。自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、自分ではいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。

診断結果

 "医師"が宣言した。ンー、典型的な『中二病』ですな。太宰吸ったでしょ? ダメだって言ったじゃない。あんまり吸ったら健全な生活ができなくなるよ。わかった? ならよろしい。

あとがき

 この手記を綴った狂人に私は直接対面したことはない。けれども、この手記に出てくる木っ端チャンネルへの興味が狂人の性癖を形作ったことは間違いなく「ウルティマオンラインの結婚式場にある失恋日記を全部蒐集する」「初見でLルートを選ぶ」「ビアンカ派を激しく憎む(かといってフローラ派でもない)」「OK!JUMPGUYから読む」「ニンジャスレイヤーに登場する台車を全部数える」等の歪みある生活を送る羽目に陥ったと思われる。

 幼少期からの音楽教育を甘く見てはいけない。どこに歪んだ性癖への落とし穴があるかわからないので、人間は健全な人々の健全な音楽を聴くべきなのだ。

なお、羊の数は1002匹まででした。 その人は酒に酔ってはいませんでした。

▼関連のUSENガイド▼

ほら、ここに挙げた話は実話ですよ! 適当なことを言ってるわけじゃないんですよ。 記事もめちゃくちゃ面白い。


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