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よくぞ血迷った!!『切腹』(1962年の映画)

ようやく録画しておいた『切腹』を観ました。

「白黒フィルム」「重そう」「怖い」という印象が強くて(あとでな、あとで、ゆるりとな、フフフ)枠に置いてあったんですが、とんでもないマスターピースでした。

どちらかと言えば法廷劇・人間ドラマであり、剣劇アクションは控え目ですが、十分に見ごたえのある殺陣が存在しているので期待を裏切られることはありません。まずエンタメとして最大級に面白いのでオススメです。

あらすじ(諸説あります)

時は江戸大不況時代!武家の倒産も当たり前の時代にあってなお壮健な井伊家の門前に老浪人(仲代達也)がやってきた。

「おっす!オラ無職!未来に絶望して切腹したいからオラに玄関先を貸してくれ!!」

これは当時流行していた、強請紛いの乞食行為の手口である。憐れみを誘って、小銭を奪い、あわよくば士官を……という「無敵の人」にしかできないグリーフタクティクス。もちろん本当に腹を切るつもりはない。

だが、武門の誉れ「赤備え」で知られる井伊家は一味違った。

「よいですとも! 玄関先とは言わず、庭園へどうぞ! お白州もあります。湯浴みは必要かな?」

度重なる強請にキレた井伊家は本当に腹を切らせてやると老浪人を屋敷へ招き入れるのであった。とはいえ井伊家も本当に腹を切らせてやるつもりはない。本当にあった怖い切腹の話を聞かせて尻尾を巻いて追い返そうという算段であった。

「ご老人、実は先日このようなことがありましてな」

井伊家留守居役は、切腹希望者に対する仕打ちを語り始める。

『ある日、若浪人が当家で腹を切りたいといったので丁重にもてなしてやった。しかし、彼の若者の"武士の魂"はタケミツでな、奴めタケミツで腹を切ろうとして四苦八苦、くくくく』

と呵々大笑。挙句の果てに介錯のタイミングを遅らせに遅らせたことを嬉々として老浪人に語るのであった。
だが、老武士の決意は覆らなかった。
そして場面はお白州へ移る!!切腹ショーの幕開けだ。

「馬廻り役は武士のベストオブベスト。彼らの介錯を要求することくらいは末期の望みで叶えていただきたい!!」

老浪人は、井伊家中の達人を介錯人として指名するが、三名が三名とも「急病」により出仕していないことが判明する。動揺する井伊家。

「おや? 介錯人が来ねえな? 試合放棄かな?」

そして老浪人は新たな介錯人が到着するまでの時間で、詰め腹を切らされたタケミツ浪人こそが己の義理の息子であり、病床の妻子を救うために武士の魂を手放し乞食行為に訪れたという事情を語り始める。

とにかく物語強度が強い

時代や地域を問わない究極の二択問題。「名誉ある死」か「泥にまみれた生」か。近年流行の「トロッコ問題遊び」どころではない当事者の苦悩が描かれています。

いいですか、トロッコ問題は大喜利ではありません。解像度を高めてあなたの身近な状況に置き換えてよく考えてください。倫理倫理、ああ倫理。

こんなものに結論は出ません。「お前がそう決めたのなら、それが正解だ」という究極の物語です。 近年では怪怪怪怪物!が非常に優れた回答を見せてくれました。(*後述*します)

そして、作中の白眉であろう描写が「集団心理によるサディスティック詰め腹メント行為」ですね。「侍だろ!腹を切れ!」「セップクセップク、さっさとセップク!」外野が騒ぎ出して、ちょっと留守居役も引いてるじゃないか。これは近代インターネット集団意識=学級会の完璧な教科書です。あなたたちは学級会をする前に『切腹』『怪怪怪怪物!』『ビッグショットダディ』を観るべきだ。

「よくぞ血迷った!!」

結末付近は若干ぼかしますが、やがて真実が明かされ仲代達也に井伊家総勢が襲い掛かります。そして事件は収束し、関係者はことごとく「病死」として届けだされ、仲代達也も見事に「切腹」して果てた、と報告され井伊家は未来永劫存続することになります。

印象的なのは仲代達也の「よくぞ血迷った!」という血の叫びです。

これは義理の息子がくだらない武士道に魂をかけることなく、泥にまみれても生を得ようと決断したことへの評価です。

このため「戦国時代が終わり、武士道が廃れ、形式(ビジネス)的なものになったことを冷笑的にあざ笑う」という作品であると解釈されるケースが多いようですが、作中の仲代達也の真意はどこにあったのでしょう。

作中にも様々な武士道が存在しており、あらゆる思考実験が繰り広げられています。

・飯の喰えない武士道を棄てた血迷った男
・義理の息子の無念を晴らすべく武士道を貫く男
・武士道とは体面である男
・潔い武士道を貫く男
・全ての武士道を放棄してでも家を存続させる、もう一人の血迷った男

以下は春日太一先生のラジオ発言の受け売りですが

当時(1960年代)はまだ戦争をエンタメ行為にするには抵抗があったため、舞台を時代劇に置き換えた戦争ムービーが多く作成された。戦中派の役者も多く迫力のある戦争アクションが撮影された。

つまり、本作品は時代を江戸時代へ置き換えた「戦後法廷モノ」ですね。我々は潔く死ぬべきだと信じて闘ったが戦争は終わり泥臭い敗戦処理を行うことになった。この決断は正しいことだったのか。

そして、時代遅れの大阪の陣へ参加した古兵が「よくぞ血迷った!」と叫ぶ場面。本作のメッセージはこの一点に集約されていると思います。

*後述のやつ*

『怪怪怪怪物!』の結末について、白菜さんのコメントが非常に味わい深く、私は林くんに感情移入しすぎて頭で理解はできても感情面では強く同意できなかったんですが『切腹』を経て、完璧に同意できるようになりました。それもまた、彼の判断の可能性であろう。お前がそう決めたのなら、そうなんだろうな。見届けるしかないな、と。


我々は令和を見届けなければならない。

我々は近視的な判断だけをしていないだろうか。
我々がこの時代にクラシック作品や歴史寓話を学ぶということは、彼らの選択やアティテュードが現代にどのように影響を及ぼしているかを確認する行為です。潔く腹を切る武士では300年の江戸時代を生き残ることはできなかったでしょう。太平洋戦争の敗戦後、玉砕をせずに生きのこった人々が昭和を作り上げたのでしょう。

昭和に決断された結果が平成でどうなったのか。
そして、平成に決断された結果が令和でどうなるのか。

我々は1年や2年では結論が出ない壮大なトロッコ問題に直面しているんです。トロッコ問題は大喜利ではありません。前提条件を覆すような頭の良いことを言って気持ちよくなってるやつは何をやってもダメ。ハッとさせられました。我々はもっと真剣に色々と考えなければならない。

いじょうです。

▼本作同様「選択」と「誇り」に関する重要な作品


▼人の生死をおもちゃにしてはいけません。最強の学級会映画!


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