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『ネクスト・ギグ』文庫版のあとがきのようなもの~あれから四年が経った、ロックの今~

単行本刊行時のあとがきはこちら。

 『ネクスト・ギグ』は2018年10月31日に刊行された、鵜林伸也の第一長編です。わざわざ日付を細かく入れたのは、年末のランキング集計の最終日に刊行されたにも関わらず、「このミステリーがすごい!2019年版」15位、「2019本格ミステリ・ベスト10」12位という高い評価をいただくことができたから。
 今でも覚えていますが、刊行の直前に開かれた鮎川哲也賞受賞パーティーの二次会にて、席にいた人々に向けて自己紹介をしました。『ネクスト・ギグ』の見本をかかげ、刊行をお知らせしつつ、
「ここにいるみなさまが投票してくださったら、今年のランキングに入れますのでよろしくお願いします!」
 と冗談を言いましたっけ。
 そう、僕にとっては「冗談」だったのです。特になにかの賞をとったわけでもない新人の長編デビュー作が、不利な集計最終日に刊行されたにも関わらずランキングに入るとは、思ってもいなかった。
 今、改めて両ランキング本の評価などを読み返していますが、本当に「高く評価していただいた」と感謝の気持ちでいっぱいです。また、Twitterやブログ等での読者の反応も、非常に熱いものが多かった。
 小説(に限らないあらゆる芸術作品)は、読者という存在があって初めて完成するものであると思っています。あれから四年、この文章を読んでくださっている読者のみなさまに、改めて感謝いたします。

 話を大きく変えて。
 学生時代、throwcurveというバンドが好きでした。何度もライブに足を運んだものです。

 よほどのロック好きでなければ、ご存じないでしょう。残念ながら、ブレイクすることなく解散してしまいました。解散ライブで、ボーカルの中村遼は聴衆たちに言ったそうです(うろ覚えなので、ちがっていたらすみません)。

「なんで俺たちは売れないんだろう、ってずっと悩んでた。でも、こうしてみんなの顔を見ると、届くべきところにはちゃんと届けられてたんだなって思う」

 『ネクスト・ギグ』は、届くべきところにきちんと届いたのか。
 正直に言うと「まだ届けたい先がある」という気持ちです(それはすべて、僕の力不足が原因です)。ミステリは好きだけどロックに興味はないからと敬遠している人、ロックは好きだけどミステリはよく分からないという人のところには、届いていないんじゃないか。
 ですが今回、文庫化という、再び作品を世に広げる機会をいただきました。さらには、恩師である有栖川有栖氏に素晴らしい解説をいただくこともできました(創作塾でいただいた御指導のことは、ここに詳しく書きました。改めて、御礼申し上げます)。
 単行本刊行時には届かなかった人のところまで、届きますように。より多くのミステリが好きな人に、ロックが、音楽が好きな人に、『ネクスト・ギグ』を楽しんでいただけますように。
 心からそう祈っています。

 たくさんの人の元へ届けたい。作品を世に広めたい。どこまでその気持ちをあけすけに書くか、クリエイターなら誰しもが悩むことでしょう。
 しかし、ロック――に限らない音楽界の現状――を思えば、そんな甘い子とは言っていられない、という気持ちになります。
 『ネクスト・ギグ』では、ロックの明るい面だけでなく、音楽だけで生活していくことが難しい現状、ライブハウスの運営やチケットノルマのことまで踏みこんで書きました。忖度せず、かなり悲観的なことも書いたつもりです。
 しかし、あれから四年、悲観的に書いたはずの作中世界より、現実はもっと悲観的な状況になっています。言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症によって。
 コロナの蔓延はあらゆる業界を苦しめましたが、その最たるもののひとつに、音楽業界を挙げるのに異存がある人はいないでしょう。この二年で、いくつのグループが解散したり活動を休止したりしたか、いくつのライブハウスが閉店してしまったか、いくつのフェスが中止に追い込まれたか。コロナにまつわる障害やトラブルは、いいにつけ悪いにつけ、音楽に興味がない人々の耳にさえ届いているでしょう。
 質の良いものを作れば、それでいい。残念ながら今は、そういう牧歌的な時代ではありません。良いものを作り続けるには経済的基盤が必要で、それを得るには作品が広まらなければならない――というようなことも作中に書いてありますが、コロナ禍の今、それがよりシビアになったのでしょう。
 クラウドファンディングや投げ銭の文化が定着した今、それは、恥と思って隠すことでもなければ卑屈になって求めるでもない、ごく当たり前のことであると思います。それもまた、この四年間での変化ではないでしょうか。

 コロナによって、ライブハウスやフェスの光景は一変しました。『ネクスト・ギグ』の校正をしていて、そこに描かれるライブの光景に、ノスタルジーを覚えるほど。
 単行本刊行時のnoteにて、僕はこう書きました。

「ロック」は、決して真新しいテーマではありません。ミステリというジャンルに限ってさえ、いくつも作品名が浮かびます。
そういう中で、今、自分がロックを書く意味はなにか。どういう新しい興趣を読者に提供できるのか。そう意識をした結果「今」「自分にしか」書けない物語になったように思います。

 今の時代ならではのロックを書く。そう決めて執筆に臨んだことをよく覚えています。それは結果として、コロナによって変容してしまう直前の「ロック」を切り取ったものになりました。
 コロナでライブもままならない中でこの作品を出していいのか、という迷いはありました。しかし、そういう今だからこそ、音楽を愛する人の心に刺さるものがあるのではないか。
 今回の文庫化にあたって、表紙は「ライブに熱狂する聴衆」をモチーフとしたものになりました。それは、コロナによって奪われてしまった光景です。『ネクスト・ギグ』には、音楽業界の厳しさ、カリスマバンドマンの生き方、ロックとはなにかという問いなど、様々な「ロック」が描かれています。
 それでも、この作品でもっとも描きたかったのは、ロックバンドとロックファンが同じ熱を共有する「ライブの熱狂」だったのではないか。この作品を読めば、あのライブ会場での熱が心に甦るのではないか。今振り返ってみると、そんな気がします。そういう面を象徴する、素敵な装丁にしていただけたと感謝しています。
 苦難はまだ続くでしょう。ロックが、ライブシーンが、音楽が、これからどうなるかは分かりません。でも『ネクスト・ギグ』を読むことで、刺激になったり、励みになったりしてくれればうれしい。より音楽が好きになってくれれば、とてもうれしい。
 今は、そんな気持ちです。

 四年前には存在しなかった、コロナ禍に立ち向かうべく歌われたこの歌で、締めることとしましょう。

 ライブハウスで会おうぜ! それが叶わなければ『ネクスト・ギグ』という本の中で、会えるはずだぜ!
 どんな世の中でも、音楽にできること、小説にできることはたくさんある。そう信じて。


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