鵜林伸也の読書遍歴③宗田理と赤川次郎

 小学校の高学年ごろにどっぷりはまった作家が、宗田理でした。
 きっかけはテレビで放送していた『ぼくらの七日間戦争』の映画です。たしか、子供がテレビを見れる時間が決まっていたかなにかで、結末部分が見れなかったんですよね。それで、本を読めば続きが知れるだろう、と。しかし、御存知の方は分かるでしょうが、映画と小説ではけっこう話がちがっていたので、その目的は叶わなかったのですが。
 ですが、小説版は小説版で、とてもおもしろいものでした。それから僕は立て続けに「ぼくらシリーズ」を読んでいきます。
 『ぼくらの七日間戦争』は、中学生たちが全共闘を真似て河川敷の廃工場に立てこもるという話で、荒唐無稽な展開と「ありえないことはない」という説得力は、今にして思えばズッコケシリーズの延長線上にあったものでした。登場人物の年齢が高いぶん、青春小説の要素があり、それが年齢の上がった僕にぴたりと刺さった面も大きいでしょう。それに、ストーリーがおもしろかった。次から次へ展開を転がし、読者を引っ張っていく手腕は、見事でした。また、キャラクターも魅力的で、シリーズを通して登場人物たちが成長していくビルドゥングスロマンとしても楽しみました。
 個性あふれるキャラクターたちが、大人たちをきりきりまいさせる展開には、子供ながらワクワクしたものです。「全共闘」が下敷きにあったこともあって、子供たちによる権力への反抗、という側面も、反抗期に差し掛かりつつあった僕の心を掴まえた要因のひとつかもしれません。
 設定がクロスオーバーする姉妹シリーズ『2年A組探偵局』は、よりミステリ色が強いシリーズで、こちらも好んで読んでいました。また、ジュブナイルではないノンシリーズの長編なども読んでいて、今から考えればあれは、初めて読んだ社会派ミステリであった、とも思います。

 その次に手を伸ばしたのが、赤川次郎でした。書店で『三毛猫ホームズの推理』というタイトルを見つけ、シャーロック・ホームズっぽい話なのかな、と思い手に取ったのです。
 そのときはまさか、全作読みつくそうというほど赤川次郎にはまるとは、思ってもいませんでした。当時、著作が四〇〇冊に達したかどうかというくらいで、それは今でも自宅にあります。引越しの際「赤川次郎専用段ボール」が2、3個できました(笑)
 赤川次郎の魅力について語るには、とても紙片が足りません。それだけ著作が膨大だから、というのが一点、その魅力となるポイントが多彩だから、というのがもう一点。
 それでもポイントを絞って語るなら、ひとつは本格ミステリとしての魅力です。中期までの三毛猫ホームズシリーズ、初期の幽霊シリーズ、及び『マリオネットの罠』を始めとするいくつかの長編は、本格ミステリとして十分高く評価できる作品です。一例を挙げると、『幽霊列車』収録の『裏切られた誘拐』は、短編ミステリとして実に見事。ある物証の反転の手際が素晴らしい。ライトミステリでしょ、と思っている人たちにはぜひ手にとっていただきたい。
 もうひとつは、ストーリーの魅力でしょう。角川によって映画化された『セーラー服と機関銃』『探偵物語』ですとか、『死者の学園祭』『赤いこうもり傘』といった作品たちの展開のスピーディーさとおもしろさと言ったら。エンターテイメントのひとつの理想である、とさえ思います。サスペンスである『顔のない十字架』や、冒険小説『ビックボートα』、パニック小説『夜』、ホラーの傑作『魔女たちのたそがれ』なども、ストーリーの魅力たっぷり。
 さらには、氏独特の視線の魅力、も挙げておきたい。自分の人生の中でおそらくもっとも多く読み返した本である『ふたり』はまさにそれで、ストーリーのおもしろさもさることながら、事故死してしまい幽霊となって妹を見守る姉の視線の優しさ、妹の成長は忘れられません。反対に、シニカルな視線も魅力的で、サラリーマンの悲哀をシニカルに描いた『上役のいない月曜日』に代表されるように、こちらは短編に多く発揮されていたように思います。誰も挙げないでしょうが、特に忘れられないのが『恋愛届けを忘れずに』に収録された『私からの不等記号』という作品。一夜限りの援助交際で関係を持った中年サラリーマンと女子高生の罪の不等記号の描き方は、見事というほかありません。他にも『脱出順位』『孤独な週末』『特別休暇』など、忘れがたい短編は数多くあります。長編でいえば『殺人よこんにちは』のラストは、非常に衝撃的でした。
 というように、語りだしたらきりがありません(いつか、赤川次郎作品をひたすら語りつくすnoteを書きたいなあ、なんて思ったり)ので、以前に呟いた赤川次郎作品の個人的ベスト十冊を再掲して締めます。
『三毛猫ホームズの騎士道』
『幽霊列車』
『マリオネットの罠』
『殺人よ、こんにちは』
『一日だけの殺し屋』
『ふたり』
『魔女たちのたそがれ』
『ビッグボートα』
『ハ長調のポートレート』
『ト短調の子守歌』
※最後の三冊については、そのときの気分で入れ替わります。

 誰でも楽しめる間口の広さ、ストーリーのおもしろさ、キャラの魅力など、赤川次郎に受けた影響は非常に大きい。土台がシャーロックホームズとズッコケシリーズとするなら、その次に組みあがった骨組みは、宗田理と赤川次郎であったと思います。

 ただ、そんな赤川次郎にも、ひとつ弊害がありました。著作が膨大であるうえ、多種多様な作風を楽しめるため、赤川次郎さえ読んでおけば読書欲が満たされてしまったのです。
 教科書で知った『手垢のついた言い回し』から清水義範にはまったり、母親が読んでいた黒岩重吾の古代史ものを読んだり、井上靖の歴史物(特に『蒼き狼』は大好きでした)に手を出したりはしていたものの、ずっと赤川次郎ばかり読んでいる、という状態であったのは否めません。
 それを心配した父親が、僕に薦めたのが、当時黎明期であったインターネット、ニフティサーブでした……という話は、また次回。

《宣伝》『ネクスト・ギグ』創元推理文庫から、7月29日に発売されます!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?