見出し画像

もらったもの、生け贄の名刺入れ

知人がものをなくした。前の彼氏からもらったものを失くしたらしい。人からもらったものだからショックだ、自分で買ったものを失くすよりもショックが大きいと。

(そうかあ。私にできることあるかな。ないかもな。話を聞いてあげることくらいだな。)
と考えていた。

考えていたら、思い出した。
私も、昔の彼女にもらった名刺入れを失くした。

その彼女は、前の前の彼女だ。人生で初めて同棲をして、3年の同棲のあと、私が引越す形で別れた彼女だ。

私が就職したときに、彼女は名刺入れを買ってくれた。とても高い名刺入れだ。私は100均でいいと思ってたけど、とてもいいのを買ってくれた。2017年の年末にもらった。それ以来、ずっと使っていた。
何度か転職をし、買おうと思えば変えるくらいの貯蓄も貯まり、彼女とも別れた。それでも変わらず使っていた。


2022年の年末に失くした。
その時私は、会社を辞めた。何が悪かったのか。わからない。苦しくて、毎日に何も感じなくなっていた。どうでもよくて、「社会人として…」みたいな発破や叱責に、何も感じなくなっていた。
上司からの叱責に、「何も感じないですね」と答え、次の日に「会社に来なくていい」と告げられた。そして、辞めた。

辞めたときに、荷物をすべてまとめて、二度と入ることのない会社を出ていった。

そして、その前の日まで使っていた名刺入れを、会社との分かれとともに、そのまま失くした。


失くした当初はショックだった。探した。同じものを買おうかと思った。ネットで同じブランドのものを探した。会社に確認を取ろうかと思った。でも、やめた。

昔の彼女が、私と会社との縁切りを手伝ってくれたんじゃないかと、思うことにした。

ダラダラ、感情も特になく、どーでもいいです、と続けていた仕事。その状況を、名刺入れが生け贄となって、変えてくれたんじゃないかと、思うことにした。



失くしてから少しして、その彼女と話す機会があった。

彼女の話しぶりは一見変わらないようにも感じたけど、その中でも内面の葛藤と変化を教えてくれた。

何かが昇華された気がした。過去の解毒が済んだ気がした。




もらったものは大事にしたい。自分ひとりでは出会わなかったもの。相手の想いがのったもの。


でも、それが無くなったとき、それにはなにか意味があって、過去への執着と誤解からの解放、現状の自分を変化へと導いてくれるきっかけなんじゃないかと、思うことにした。


知人はものを失くした。私がしてあげられることは、そんなにないかもしれないが、話だけは聞いてあげようと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?