哀しきBroken Heart
Listen to their story 第2話
好きになる気持ちは押さえられない。
そしてそれは一つとは限らない・・・
オレは苦悩する気持ちを抱えたまま、今日も夜の街をバイクで飛ばす。
一つを選ぶ・・・それは自分の身を半分に切りさくようなものだ。
どちらへの思いも嘘ではない、真実だから。
それでもオレは決めなくてはいけない・・・次の交差点までに。
走りながらアリサのことを考えていた。
彼女は最初から少し近づきがたいエキゾチックな存在だった。
見た目ばかりじゃなく中身も含めて。
初めて出会ったのは映画研究会の新入生勧誘の上映会で彼女は遅れて教室に入ってきた。
上映が終わりライトが点いた時、すぐ横にいる彼女にオレは気づいた。
黄金色のパンケーキのような肌色、ふっくらとしたチェリーのような紅い唇。
なにより印象的だったのは、意思の強そうな,オリーブの実のようにつややかなその瞳だった。
ぼんやり見つめてられている事に気づいても、目をそらそうともししない彼女に逆にあわてたオレが映画の感想をたずねると
「いい映画ですね、でも私の好みとはちょっと違うな」
と、彼女は富士の湧水のごとくサラリと答えた。
それでもアリサは入部した。
下級生らしくない歯に衣着せぬ堂々とした物言いは、彼女の容姿とあいまって、すぐにクラブのマドンナ的存在となった。
自主映画の脚本を書いてた俺は、彼女を主演女優として当て書きした。
彼女も演技が嫌いではなかったようで、おかげで在学中、アリサの主演映画を何本も撮ることができた。
ある時は悲劇のヒロイン、ある時はたくましい女兵士、ある時はサイコな役まで、アリサは嫌がりもせず、しかも素人ながらかなり達者に演じてみせた。
女優を目指したらと薦めたが、ポップコーンのように軽くあしらわれた。
「ムリですよ。先輩は私をわかってないですね」
ソルティドッグ並みの塩対応は常だったが、それでもまわりの男子、いや女子とも、普通に仲良くつきあってはいた。
好きな映画の事になると、熱く語る意外な一面もあり・・・それは火鍋のようにかなり辛口だった。
オレの他にも、そんなアリサに思いを寄せていた部員は多かったはずだ。
ただ好きだなんて言えば、いつもの調子であっさり切り捨てられそうで、知ってる限り誰も彼女に告白はしていない様子だった。
アリサ自身も、特別に好きな男がいる様子もなかった。ただ部員のシュウとにはわりと打ち解けていたが、あれはただ同級生の気楽さだったと思っていた。シュウはひょうひょうとしている映画オタで、ミツキも含めて親しくしていたからだ。
ミツキ・・・オレの頭に彼女の姿も浮かび上がった。
そう、病みそうなオレの救いとなっていたのは、アリサと同級生の女子部員、ミツキだった。
ミツキは癒しの存在だった。
彼女もやはり根っから映画が好きで、自主映画の撮影の時には、どんな仕事も嫌がらずこなしていた。
刺激的ではないが、ミツキはそこにいるだけで安心できる存在だった。
疲れた時には、玉子のようにまあるい笑顔で、みんなを癒してくれて、くじけそうな時は、胡椒のようにピリリと辛い叱咤激励もしてくれる。
でもたまに、頭の中でナルトのような渦巻きがしそうな謎のギャグをかまし、みんなを笑わせたりもしていた。
まさにミツキは、毎日食べても飽きないしょうゆ味のラーメンのようにあたたかな存在だった。
心は揺れていた。
刺激的なアリサに惹かれつつ、でもいつもそこにいてくれるミツキも捨てられない。
オレ学生時代は、そんな二人への決められない思いのまま過ぎて行き・・・
そして今日もオレは迷っている。
だが、もう決めなくてはいけない・・・Y字路が見えてきた。
あの交差点で右へ行くか、左へ行くのか・・・俺はもう決めなければいけなかった。
そしてオレはハンドルを切った!
オレは決意とともに店のドアを開けた。
「いらっしゃい」
ドアベルとともに馴染みのマスターの声が聞こえる。
そしていつもの椅子にオレが座ると、マスターからすっと冷たい水が差しだされる。
「しばらくぶり。後輩の結婚式とかで忙しくてね」
我ながら言い訳がましい。
こなかった理由はあったが、それは言えない。
そんな俺の心を察してか、マスターが訊ねる。
「いつものオーダーで?」
「あ、はい、よろしく」
何も言わず厨房に向かうマスター。その寡黙さがありがたい。
そしていつもの香りがオレの鼻をくすぐりはじめる。
それとともに胸がなぜか痛い・・・腹が空いているからではなく。
「おまちどうさま」
マスターが手馴れた様子でオレの前に皿を出す。
白いご飯と黄金色のソースが皿を美しく満たしている。
その黄金の中から揚げたてのカツが、私を忘れないで、とばかりにその存在感を主張し、さらにその上にまんべんなくふりまかれたチーズがゆらめくと陽炎のように俺をさそっている。
「辛さ4倍カツカレー、チーズマシマシです」
スプーンをにぎると同時に、エキゾチックな香りが俺の鼻腔をくすぐる。
刺激的でエキゾチックな香り・・・ まるでアリサのようだ。
アリサへの思いをぐっとこらえ、オレは小さくつぶやいた。
「いただきます」
そしてまずは白いご飯とカレーのルーだけを口に運ぶ。
ああ、辛さがノドを通り抜ける。
そして二さじめ、ルーがたっぷりまとわりついたカツ口へ放り込む。
チクチクと口内と舌を刺激したあと、ジュワリとあふれる熱い肉汁。
まるでアリサの眼差しのような忘れられない幸福感。
ターメリックの香りが、インド風美人を彷彿とさせるアリサへの思いをさらにかりたてる。
なぜなんだ、アリサ。
オレの気持ちは気づいていたはずなのに・・・いや、きちんと言わなかったオレがいけなかったのか。
辛さのせいか目頭が熱い。
卒業いらい連絡も途絶え、あきらめてはいた。
だが決定打になったのは結婚披露パーティーの招待状だった。
あの日以来オレは、カレーを食べる気になれなくなっていた。
なぜならカレーはあまりにもアリサを思い出させるからだ。
でもオレは、そんな辛い葛藤の日々を乗り越える為、おととい、彼女の彼女の結婚披露パーティーへ出席した。
新婦のアリサはオレの記憶以上に美しかった。
だが救いはあった。
金持ちらしい新郎のお蔭か、披露パーティーでの料理はうまかったし量も多かった。
そしてもう一つ、その披露パーティーで、オレはミツキと再会したのだ!
ミツキも相変わらず、いや、昔以上にかわいかった。
そうだ、ミツキこそオレの運命だ、そう思った。
毎日の刺激物は体に悪い。それよりいつも寄り添ってくれる醤油ラーメンみたいなミツキの方がオレにはいいに決まっている、と。
オレはもちろんミツキに連絡先を聞き、オレは新たな愛を確信した。
そう、だから昨日はラーメンを食べに行った。醤油ラーメンじゃなく、豚骨だった。
ちょうど替え玉を食べてた時、映画研究会の後輩、シュウから連絡がきた。
昔、オレがあげた映画試写会のチケットのお礼だと・・・なぜ何年もたった今頃?と読み進んだオレは愕然とした!?
色々あって誤解があったミツキと、先日のアリサの披露パーティーでの再会がきっかけとなり付き合う事になった・・・だと?!
オレは奈落のドンブリ。いやどん底へと突き落とされた。
ああ、ミツキまで・・・。
おとといのパーティーで、食うことに集中しすぎて、二人が先に帰った事に気づかなかったオレが悪いのか・・・。
それともとんこつチャーシューではなく、醤油ラーメンにしていたら運命は変わったのか・・・。
そしてオレは、今日はカレー屋を選んだ。
そう、乗り越える為に!
ラーメンもカレーも好きで何が悪い!
オレは本当にどっちも大好きだったんだ、オレは好きな気持ちに嘘をつけないだけなんだ~!!
涙をぬぐいながら顔をあげると、店に女の子が入ってきた。
ちょっとイマ風の元気そうな子だった。
彼女は椅子に座るとマスターにきっぱり笑顔で言った。
「辛さ2倍、唐揚げカレーをお願いします」
いーじゃないか!
唐揚げ、上等、いーじゃないか!
オレは声を上げた。
「マスター、オレにも唐揚げ追加!」
オレはくじけない!
オレは負けない!
これからも好きなものを食うため、走り続けるんだ!
~The End~
~Listen to their story~
そのほかの人の話
・第1話 Love again
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