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Eclipse-Part3

 こじ開けたられた黒い貝の中をナイフでまさぐる。
 コツっという感触。
 それを恐る恐るほじくり出すと、柔らかな白い光の粒が現れた。
「You are lucky!Good シンジュ!」
 店の男は満面の笑顔で声をあげた。
 それは、ちょっと歪んだバロックパールだった。

 その日も僕はまだ旅の途中で 南の島にいた。
 空を見上げると月が欠けてきていた。
 久しぶりのEclipse・・・月食が僕の気分をよどませている。
 満月なのに、いきなり欠けてしまう月。そんな不条理さから抜け出そうと、僕は暗くなっていく街を歩く。
 賑わう海辺の街のマーケット。
 小さな店が立ち並ぶ一角に、たくさんの貝の入った水槽が見えた。
 食べ物屋台かと近づくと、店の男が声をかけてくる。
「Hey、ドーゾ、Pearl,10ドル、シンジュ!」
 どうやらそれはアコヤ貝で、その場で貝を開き真珠を取り出す観光客向けの店らしかった。
 その貝は、美しい真珠が出てくると思えない不細工な姿だった。
 実はアコヤ貝を見るのは初めてだった。アクセサリー作りをしていたのに・・・。
「Please Choice! エランデクダサイ!」
 珍しさと強引さに負け、水槽の一番隅っこのを指さすと、男は口笛とともに僕から金を取り上げ、すぐその貝を取り出した。
 正直、期待してなかったのに・・・。

 取り出された真珠は思ったより美しかった。
 やや黄色味を帯びたピンクのそれは、少し歪んでいた・・・まるで太陽に食われた今日の月のように。
 か弱い月の光の中でも不思議な光を放っている。
 あんな貝の中から、こんな美しい光の塊が現れるだなんて。
 もちろん養殖で育てられたものだとしても、こんな美しい真珠があの貝の中で出来上がるなんて奇跡みたいだ。
 店ではアクセサリーに加工してやると言われたけど断った。
 自分の手で取りだしたこの真珠は、他人の手にゆだねたくなかった。 
 ペンダント、それとも指輪、片方だけのピアスにしようか?
 僕の頭の中に色んなアイデアが広がっていく。
 不思議だった。
 アクセサリーを作る仕事に疲れて旅に出ていた自分なのに。
 それが今、久しぶりにアクセサリーを作りたいと思っていた。
 どうすればこの真珠をより美しく見せられるか、どんなデザインがいいか、心がときめいていた。
 空を見上げると蝕の月が見えた。
 ちょうどこの真珠と同じにいびつだったけど、それが不思議にちょっと前よりきれいに見えた。

 僕は旅を終え、自宅に戻った。
 久しぶりに何枚もデザイン画を描いた。
 ああでもない、こうでもないと考える事が楽しくて。
 この"子"を生かせるよう、そんなデザインのリングを作ることにした。
 組み合わせるのは銀にした。
 シルバーが好きなのもあったけど、真珠の柔らかい美しさには銀の方が映えると思ったから。
 ゆがんだパールを銀の丸い枠で抱え込ませた。
 真珠の反対側は細くし、その先端には小さなダイヤを埋めこむ。月食の最後の太陽の輝きのダイヤモンドリングに見たてて。
 リングの形はほぼヤスリで磨き出す手作業だけど、なかなか思ったような曲線が出ずに手こずった。
 けど、作業は楽しかった。手を動かしている間は何も考えずにいられたから。
 指輪が出来上がった時は、なんだか心がふっと軽くなった気がした。
 そしてずっと閉じていた自分のSNSにその指輪を載せてみた。
 誰かに見せたくてとかじゃなく、ただ自分の記念として。
 すると、それを見た古い知り合いのレンさんから連絡が来た。
 会って直接そのリングを見せて欲しいというのだ。

「いいねえ、これ。ゲンくん、よかったらこれ、うちの工房で作らせてもらえない?」
 指輪を見るなりレンさんはそう言った。
「デザインだけ提供がイヤならうちで働いてくれてもいい、いや出来れば来てほしい。君の技術があればうちも助かる」
「嬉しいですけど、でも僕は・・・」
 レンさんは自分の工房を持ちアクセサリーを作り続けてる人だ。よく相談にものってくれた信頼できる先輩だった。
 だから知らないわけがない。
 僕の作った指輪が盗作だと騒がれた事件を。
 疑がわれた指輪はすぐ製造を止め、僕も責任をとり工房を辞めた。
「あれ、君のじゃなかったろ? デザイン見ればわかる。この指輪でさらに確信したよ、君の作品はいつもシンプルで力強い。業界の人、けっこう君の責任じゃないって思ってる人多いよ」
「でも・・・でも、あれ、やっぱり作ったのは僕だし」
 嘘じゃなかった。
 作り上げたのは僕だ、だから本当に責任も感じている。
「責任とるのは立派だけどね。ゲンちゃん」
 レンさんは指輪を持ったまま言った。
「この真珠のリング、作品名"Eclipse"だったよね? 月食とか日食って、たしかに世界を暗くしてしまう出来事だけど・・・でもそれには終わりがあるだろ? それにその一瞬の闇のお蔭で、月や太陽の光のありがたさがよりわかる」
 レンさんは僕に指輪を返しながら言った。
「このリングがそれを物語ってるよ」
 言われて僕は、はっと気づいた。
 もう僕の闇の時間は終わっていたのかも、と。
 別れや哀しみはいつもあるけど、その闇があるからこそ、出会いや喜びという美しい光に気づけるのかもしれない。
 もしかして真珠は、月と太陽の光が合わさった”Eclipse”が海の中に作り上げた奇跡の宝石なのかもしれない。
 そして、いつしか僕を光の世界に連れ戻してくれたこの小さなゆがんだ真珠の優しい光に感謝した。

        ~ Fin ~


別のEclipseのお話

Eclipse-Part1
https://note.com/u_ni/n/ncf58f512000e

Eclipse-Part2
https://note.com/u_ni/n/n0720645c10c0

Eclipse-Part 4
https://note.com/u_ni/n/n40a4c4189692

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