『ヒーロー』
地球を侵略する生命体がやって来た時、
地球を守る戦士がいて。
街を破壊する大怪獣が現れた時、
人々を守るヒーローがいて。
地球に大きな隕石が迫って来た時、
自らの命を省みず世界を守る人々がいて。
きっと、誰にでも自分に必要な誰かがいる。
私の中でキミが、その人でした。
【2022.12】
街中はクリスマス一色で、最寄りの駅前に設置された大きなツリーを見上げる人々も笑顔で溢れていた。
実家を離れ、一人暮らしを始めて何年が経っただろう。この街に帰ってくるのは4年ぶりだ。いつの間にか駅やその周りの商店街も綺麗になって、まるでどこかの発展した街に迷い込んでしまったように周りをキョロキョロ見回した。
2年前に姉夫婦が実家を建て替え、両親と同居を始めた。今日は姉の子供、咲にクリスマスプレゼントを持ってきたのだ。
毎年、仕事が忙しいと実家に帰ることもせず、姪にクリスマスプレゼントを郵送していた。それが今年はなぜか、この街に戻ってきている。
今まで自ら避けていたこの場所に。
大学生になるまでずっと、ここで育ち暮らした街なのに、こんなにも新しくなってしまって、実家の場所さえ曖昧に思えた。
目印は駅近くにある神社のお社。そんなに大きな神社ではないが季節の花々が植えられ、新しくなった社務所が金色に輝いていた。
神社の前に着くと、ふと自分の左手を見つめた。
『今年こそ、この左手の薬指に指輪が輝いているはずだと思っていたのに』
来年35歳になる私は、結婚適齢期というものをとうに過ぎていた。
夢中で頑張った仕事が縁で、同い年の圭冴(けいご)という彼も出来た。同じ会社に勤める彼は順調に昇進し、そのせいで出張も増え、すれ違いを感じるようになった。
付き合って4年。そろそろ結婚という話も感じ始めた時、私から彼のもとを去った。年末迫ったこの12月に会社も辞め、彼との連絡も絶った。
私はいつもこうだ。
20代だって結婚のチャンスは何度かあったのに、それを選ばず離れたのは私。
変わらなきゃいけないのは、私。
それは分かっているのに。
【1988.12】
私の住む港街に雪が降ったクリスマス。
めったに雪を見ることが出来ないのに、その年は奇跡のようなホワイトクリスマス。
いつものように、学校帰りに駅前の神社で待ち合わせをしていた。
同い年で幼なじみの冬真(とうま)。
家も近所で、幼稚園からずっと一緒だった。遊ぶ時も塾も、休みの日もみんなで出かけたり家族同然と思っていた。
始めはふざけあって、喧嘩なんてことじゃない、ただみんなでバカやって、それが毎日楽しくて。
でも少しずつ変化していった。
冬真と離れたくないという気持ち。
お互い特別な存在になって、何もかもが自然にすすんでいた。
離れてしまった大学でも、帰りの時間を合わせて、駅前の神社で待ち合わせした。
その年のクリスマスプレゼントは憧れていたペアリング。
また一歩、冬真と特別になれたと嬉しくて、みんなに見せびらかしたくなったのを覚えている。
【2022.12】
実家までは駅から徒歩20分くらい。
海を眺めながら歩くその距離は、遠いとは感じさせなかった。暑くても、どんなに寒くても、この海の望める街が私は好きだったのに。この街から出たのは思い出したくないことがあるから。
10分ほど歩くと見えてきたのは芝生の綺麗な公園。昔は砂の地面だったのにいつの間にか青々とした芝生が敷かれ、綺麗に手入れされていた。
正面は大きく拓け、海が一望できる。
夏は照らす太陽を遮る場所もなく、冬は海風が冷たい、そんな公園に小さい頃から遊びに来ていたっけ。
私はなんのためらいもなく公園に吸い込まれて行った。
少ししかなかった遊具もベンチも新しくされていて、なんだか新しい公園に来たような感じがした。小さい頃、幼稚園のお友達とみんなで遊びにくると、お母さんたちが座っていた砂場に近いベンチにそっと腰をおろした。
相変わらず冷たい風が直に当たる。流れる長い髪をかきあげると、いつの間に来ていたのか、一人の男の子が砂場で遊んでいた。
背丈が姪の咲と同じくらいだから、小学校1年生くらいかな? そんなふうに思っていると突然振り返った男の子と目が合った。
「それ、クリスマスプレゼント?」
目が合って一瞬びくっとした感覚も、彼の優しい柔らかな声に自然と顔がほころんだ。
「うん、そうだよ」
大きな袋から覗く赤いリボンが目に入ったんだろうか。
「おばちゃん、だれ? 咲ちゃんに似てる」
「おばちゃ……う、うん、咲の叔母さんなんだよ。よくわかったね」
姪の咲と同級生なのだろうか。私が話しかけようとした時はもう彼はそっぽを向いていた。そんな様子もなぜか微笑ましくて、クスクスと笑った。
「これ、おばちゃんにあげるよ」
「え?」
見ると、彼の小さな手のひらがいっぱいになるくらいの、大きなガラス片。
「ガラス?」
「キラキラしてダイヤモンドみたいでしょ? おばちゃんにクリスマスプレゼント」
「ダイヤモンドみたい……か。ありがとう。キミ名前は?」
「名前……真白」
「真白? いい名前だね」
なんだか分からない優しい気持ち。
この公園に来て、昔の懐かしさなのか、心が穏やかになっていくのを感じていた。
「もうすぐ日が暮れるね」
【1989.12】
たとえ約束はなくても、冬真とずっと一緒に居る。それが当たり前だった。不安なんてなかった。
あの時までは――――。
同じ大学の先輩に何度も言い寄られた。なんでそんなことになってしまったのかも分からず、断り続け、それを助けてくれたのは、いつも冬真だった。
冬真とのペアリングを見た時、激高した先輩から助けてくれたのも冬真だった。
冬真は小さい頃から、いつも、いつも、私のヒーローだった。幼稚園の時も、小学校の時も、中学も高校も、いつも私を見ていてくれて、何かあれば駆けつけてくれた。
『離れてるのが怖いね』そんな言葉を冬真から初めて聞いた冬。
いつも私を守ってくれていた、その手が離れた、12月23日。
【2022.12】
「雪乃いらっしゃい」
実家に着くと出迎えてくれたのは2人目出産間近の姉。もちろんいつも連絡はとりあっているけど、実際会うのは4年ぶりだ。
建て替えた家も今風のオシャレな造りで、私が過ごした実家の懐かしさは消えてしまっていた。4年ってそんなに長い時間が経っていたのかと少し寂しく思えた。
いつもバタバタとうるさいくらの慌ただしさで出迎えてくれる両親の姿がなかった。私が帰ってくるのを知って買い物に出ているらしい。
この歳にもなると親から真っ先に言われるのは、やっぱり結婚の話だ。それが苦痛で実家に帰ってきたくなかったと言ったら、きっと両親は悲しむだろうけど、今、両親がいないことに少しホッとしているのをみると、やっぱり心のどこかでは触れてほしくないことなんだろうと自分で感じていた。
咲も写真で見るよりずっと大きくなって、ぐっとおねえさんぽくなった気がする。
「そういえば、公園で咲のお友達に会ったよ」
「お友達?」
「男の子だったよ。咲の名前も知っていたし」
「誰だろー?」
「心当たりないの? 真白くんって言ってたよ」
「真白? 知らないな~」
出されたお茶をゆっくりと飲みながら、少し早いクリスマスプレゼントを嬉しそうに開ける咲へ声をかけた。
「この子、学区外の学校に通ってるから、ここらへんにお友達ってあんまり居ないはずなんだけどね~」
「あ、そうなんだ」
「そういえば雪乃、会社辞めたんだって?」
「あー、うん……」
「それに圭冴くんのことも」
「……」
親に話したことが姉にも伝わっていて苦笑した。
「お母さんたちは『またか』ってあきれてたけど」
「うん……」
「せっかく帰って来てこんなこと言うのもなんだけど、もう冬真くんのこと忘れてもいいんじゃない?」
「……」
【1989.12.23】
地球を侵略する生命体がやって来た時、
地球を守る戦士がいて。
街を破壊する大怪獣が現れた時、
人々を守るヒーローがいて。
地球に大きな隕石が迫って来た時、
自らの命を省みず世界を守る人々がいて。
きっと、誰にでも自分に必要な誰かがいる。
私にとって、それが冬真だった。
よくニュースで見る“ストーカー”なんてもの他人事と思っていた。
私がそんな目に遭うなんて。
それは突然だった。
めったに雪の降らないこの街に大雪が降ったクリスマス。
私は大切な人を失った。
キミは最期まで私を守って――――。
【2022.12】
めったに雪の降らないこの街に、大寒波が押し寄せた12月。
今年のクリスマスは雪予報。
あの時と同じように――。
漏れる息が真っ白に見える。
『23日クリスマスパーティーするから来て』
お姉ちゃんから届いたメッセージに返信出来ずにいた。
23日、その日、あの街に降り立つことにまだ恐怖を感じていたから。
同じ頃、圭冴からもメッセージが届いていた。文字にするより電話で話す方が効率がいいと考えるタイプの圭冴がめずらしく長文で。そういえば、圭冴は年内アメリカ出張で帰ってこないって言っていたっけ。そのタイミングにわざと会社を辞めたことを思い出した。
私が今まで結婚をためらってきた理由も、今でも冬真を忘れられずにいる理由も、圭冴はすべてを知っていた。
それでも私を選んでくれていたことに本当に幸せを感じていたはずなのに、今回もまた私はそんな大切な人の手を離してしまったんだ。
いつまでも、こんなんじゃいけないと分かっているのに。
そう言えばと思い出して、カバンの中をあさる。
この間、実家に帰った時探しても見つからなかった、あの男の子からもらったガラス片が、まるで今入れたばかりのように荷物の上に置かれ、簡単に見つかった。
また、あの子に会えるかな? そんなふうに思った時『23日待ってるからね。必ず来てよ』姉から念押しのメッセージが届いた。
【2022.12.23】
昔からクリスマスは好きだった。
自分の『雪乃』という名前も『冬真』という名前も「冬の名前だね」って、2人の距離を近づけてくれたものだった。
きっと生まれた時から特別だったんだよねって、2人でよく話していた。
寒いのは得意じゃないけど、雪国で住むのもいいねって、2人で夢を語っていた。
「はぁ」
駅に着くと大きく息を吐いた。
12月23日、この日にまたこの街に戻ってくるなんて。
いつものように神社の前を通り過ぎた。境内に向かって一礼。この場所は、いつも冬真と待ち合わせしていた場所。
そして、最期の場所。
「……」
思い出し涙が溢れた。
今もまだ、私は冬真を大切に想っているよ。
私の涙と同じタイミングで、ハラハラと雪が舞い落ちてきた。
一気に寒さが増した気がして、また大きく息を吐く。
白く昇る息が凍るように、キラキラと輝くダイヤモンドのように見えた。
ゆっくり歩き、通り過ぎようとした公園に、一人の男の子が立っていた。
優しく降る雪を見つめるように空を見上げ。
「真白くん?」
私はなんのためらいもなく、後ろ姿の男の子にそう声をかけた。
「おばちゃん」
「……おばちゃん」
その呼び方に、まだ慣れない。
「雪降ってきたね、寒くないの?」
「うん」
「この間はこれ、ありがとう」
私はポケットに入れていた、あの時のガラス片を取り出した。この間より輝いて見える。
「キミは、咲のお友達じゃなかったの? 咲は知らない名前だって言って……」
真っ直ぐ私を見つめる目に、言葉が止まった。
「年を重ねても、離ればなれになっても、君は僕の天使のままだよ」
「……え?」
激しくなった雪の音だけが私たちを包んでいた。
「もう想い続けなくていい。君のヒーローはもうここにいるんだから」
「……なに……言って」
無意識に涙が溢れていた。
「キミは誰?」
――――冬真なの?
「ほら、きた」
男の子の言葉に私は振り返った。
そこにいたのは圭冴だった。
「雪乃!」
「圭冴どうして……」
「雪乃としっかり話がしたくて一時帰国したんだ。会ってもらえないと思ったから、お義姉さんにも協力してもらって実家に来るように言ってもらったんだ」
「お姉ちゃんが……」
「雪乃の気持ちは分かってるんだ。それでもいい。だから俺と結婚してほしい」
「……圭冴」
圭冴の持つ傘がふわっと落ちた。
私の手のひらを開けるとそこには、あの男の子がくれたガラス片。そのガラス片が消えて無くなっていた。そのかわりに手のひらにそっと置かれたのは、輝くダイヤモンドの指輪。
「よく考えて、ダメなら捨ててくれて構わないから」
「捨てるなんて、とんでもない!」
「……ぷっ」
私の大声に圭冴は笑うと、その指輪をそっと左手の薬指にはめた。
「雪が激しくなってきた、ここは寒いね。行こうか」
圭冴の言葉に私は後ろを振り返った。
そこに、あの男の子はいなかった。
「雪乃どうした?」
「……ううん」
この雪のように、心を真っ白にしてくれた。
「天使……だったのかな」
「天使?」
それとも本当に冬真だったのかな。
「最高のクリスマスプレゼントをもらったんだ」
地球を侵略する生命体がやって来た時、
地球を守る戦士がいて。
街を破壊する大怪獣が現れた時、
人々を守るヒーローがいて。
地球に大きな隕石が迫って来た時、
自らの命を省みず世界を守る人々がいて。
きっと、誰にでも自分に必要な誰かがいる。
何度失敗して挫けても、何度恋に破れても、
きっと、誰にでも大切な人は現れるはずだから。
少しずつ積もり出した雪の中を歩きだした。
ゆっくり振り返り「いつも守ってくれて、ありがとう」そう心の中でつぶやきながら。
END
夕雪です。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
2022.12.23
百瀬七海さんのアドベントカレンダー企画、23日を担当させていただきました。
なんだかんだと、のんびりしていたら、あっという間にイブイブなんですね。
こんなんじゃ1年があっという間というのも納得だなぁなんて思いながら、小説を書いていました。
大寒波というニュースを連日耳にしているように、関東も寒い日が続いています。
さすがに雪にはならないですが、憧れのホワイトクリスマスをイメージして、そして静かにしんしんと降る雪をイメージして、どこか冷たくも悲しい、淡々とした雰囲気を出したいと思っていました。(出てるかな)
クリスマスはとても華やかですが、そんな中でも人生のイベントと待ちわびている方も多いのかな?と思っています。
皆さまにとって、素敵なクリスマスになりますように。
今回、企画をしてくださり、参加させていただけたこと嬉しく思っています。
百瀬七海さん、ありがとうございました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 夢だった小説家として、沢山の方に作品を読んでいただきたいです。いただいたサポートは活動費と保護犬、猫のボランティアの支援費として使わせていただきます。