財政赤字が金利を下げるという珍説について

MMTerのL・ランダル・レイ(L. Randall Wray)は、財政赤字が金利を上昇させるという一般的な議論に反対する文脈で次のようなことを述べている。財政赤字は市中銀行が中央銀行に対して保有する準備預金と、市中銀行が他の民間部門に対して負う預金を同時に増やすため、市中銀行の準備預金をダブつかせる、したがってインターバンク金利はむしろ下がる。

図はこのNoteの筆者が作成した

 次のような疑問を持った読者がいるかもしれない。増えるのは準備預金ではなく国債ではないか? と。ここでレイは、国債が最初からマネタイゼーションされるような状況を考えているのである。これ自体は理論的には特に問題ではない。その上でレイは、財政赤字の結果として金利が下がり過ぎた場合には、(中央銀行を含む)政府が市中銀行に国債を売却して準備預金を吸収するのだ、と論じる。

 念のためレイ自身の言葉も引用しておこう。

 しかし、そこには驚くべき結論が待っている。財府の財政赤字は銀行預金と準備預金の純増をもたらすので、財政赤字は銀行を超過準備の状態にする可能性が高い。何もしなければ、銀行は翌日物金利を競って低下させるだろう。つまり、財政赤字の最初の効果は、金利を(上げることではなく)下げることである。そのあと、「利付きの、超過準備の代替物」を提供するために、中央銀行と財務省が国債を売却する。これによって、金利が誘導目標より低下することを防ぐ。中央銀行が準備預金にサポート金利を付すならば、財政赤字は(銀行が、準備預金を金利がより高い国債に置き換えようとするため)準備預金を増やした銀行に国際価格をつり上げさせる——つまり、国債金利を低下させる——傾向がある。これは多くの論者が信じていることとまったく反対である。財政赤字は金利を(引き上げるのではなく)引き下げて、それ以外は何も変えない。

L・ランダル・レイ「MMT現代貨幣理論入門」東洋経済新報社 p.233

 レイのこの議論は単に話のすり替えである。財政赤字が金利を上昇させると主張する普通の論者は、インターバンク金利の話をしているのではなく、市中銀行のバランスシート拡大に伴って、市中銀行の負債である預金の金利が上昇すると言っているのである。

 もちろんレイ自身は話をすり替えているつもりはないだろう。MMTの世界では、銀行間競争による動機を除いて市中銀行が預金者に金利を支払う理由は無いことになっているからだ。だが、それが誤りであることはこれまでのNoteで論じてきた通りである。預金者が求める十分な金利を支払わなければ、家計の消費行動を通して、あるいは直接金融へのシフト(企業が発行した証券を家計が購入し、企業はその代金として家計から振り込まれた預金で銀行借入を返済する)によって、預金は銀行に返済されてしまう。

 したがって財政赤字によって拡大したバランスシートを維持するためには、市中銀行は預金者に対して相応の金利を支払わざるを得ない。そして政府はそれに応じて、国債であれ準備預金であれ、その金利を引き上げざるを得なくなる。もし金利を引き上げなければ、国債であれば単に消化できなくなるし(MMTerは、財政赤字自体が貯蓄(預金)を創造するのだから市中銀行が国債を買えなくなることはあり得ないという言い方を好むが、買える買えないの問題ではなく、国債から受け取る金利よりも預金者に支払う金利の方が高くなり、単に買うだけ損だから買わなくなるのである)、レイのように最初からマネタイゼーションされている状況を考えたとしても、準備預金の金利を引き上げなければ市中銀行は預金者に十分な金利を支払うことができなくなる。その状況であくまで準備預金の金利を引き上げないとすれば、それは統合政府の財政危機を市中銀行に経営危機として押し付けているにすぎないのである。

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