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夜の街

夜の街を歩くのは好きだ。自分がそこに溶け込んでいるかといえばNO。煌びやかなその中には到底いられない。
それでも夏が来る前の少し湿度を帯びてまだどこかひんやりとした空気を含む夜の風に当たりながら、楽しそうな人たちががちゃがちゃと行き交うのを眺めるのが好きだ。

アルコールの旨さを語り合ったり、店の雰囲気の良さを伝え合ったり、出会った恋の話で盛り上がったり。バカなことを言いながらとにかく笑って夜を過ごす。少しだけ夢を見たんだ。

吐く煙にため息が混じる。何もない。
春が来て夏が来て少しずつ薄着になっていくように。いらない服を脱ぎ捨てていくように。身を軽くしていけば良い。もう二度と望んだりすることはない。

まだ明るい古本屋に入り、一冊ずつ背表紙を眺める。古本独特の少しカビ臭いようなキナっぽい匂いの中をゆっくりと歩く。店内の安っぽいBGMが耳障りなほどに繰り返し流れていて、買取待ちの番号が声高らかにアナウンスされる。どうしようもなく活字に溺れたくなることがある。気になるタイトルのものを数冊持ちレジに並ぶ。やる気のない店員の、マニュアル通りのメンバーズカード、ポイントカード、袋の確認に全てNOで答え、裸のままの文庫本を手に店を出た。

再び賑やかな街の中を歩き始める。飲み屋のキャッチが不自然過ぎる笑顔で声をかけてくるが、目を逸らし首を軽く振って通り過ぎる。ほどなく繁華街から少し離れた駅に着いた。改札を抜け、まだ列車も来ていないホームのベンチに座り、ぱらぱらと本のページを捲る。
何もいらない。目から入った文字たちがバラバラと脳内で踊るように崩れていく。大きさや形を変え自由に動き回る。これでいい。

列車がホームに入ってきて乗客たちが一斉に吐き出される。足速に皆過ぎていき、あっという間に誰もいなくなった。開いたドアの中にゆっくりと入っていく。人気のない車内、横長の椅子に座り目を閉じる。少しだけ夢を見たんだ。

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