「コミュニティ?何それ?」と思っていた編集者が出版×コミュニティに挑んで、気づいたこと【売上への本当のインパクト】
出版社の人間として、本を書籍する過程で、2つの「コミュニティ」にかかわりました。
それぞれの本、「宇宙に命はあるのか」は5万部に、「医者の本音」は13万部に、とそれぞれ一定の結果につながりました。
では、実際にコミュニティはいまも有効なのか? 編集者はどう立ち回るか。ぶっちゃけ販促効果は?コスパは?みたいなことを書いてみます。
視点は、あくまで本の編集者。コミュニティビジネスの専門家ではないことで、やや外からみた視点になると思います。(※ここで語るのは、自分が主役になるのではなく、著者を中心としたコミュニティのことです)
1・何にかかわったの?(「宇宙に命はあるのか」)
1冊目はNASAの小野雅裕さんの「宇宙に命はあるのか」。18年2月刊行。この本が、コミュニティ初体験となりました。
時系列でいうと、ざっくりとこんな感じです。
宇宙兄弟サイトで連載(発売1年前)→Facebookグループ立上げ→オンラインで原稿のシェア→リアルでの読書会→発売イベント(発売直前)→コミュニティでの販促活動→重版へ!
この本は、コルクさんの立案・協力でした。
当初は、宇宙兄弟のサイトで連載をスタート。そこからコミュニティを立ち上げ、400人の方にフェイスブックの秘密のグループへ入ってもらいました。
仕掛けの発想は、コルク佐渡島さんの下記の記事と、小野さん側からの記事に詳しいです。
僕が編集者として、原稿に口を出す必要はなかった。読者がわかりにくいと言えば、小野さんは書き直さざるをえない。僕よりも率直で厳しい編集者が何人もいる状態で、原稿を作っていった。本が出来上がるにつれて、それを売りたいという思いは、小野さんや出版社の編集者だけのものではなく、その秘密のグループにいる全員のものになった。タイトル『宇宙に命はあるのか─人類が旅した一千億分の八』も400人の話し合いで決まった。
これは本を作る段階でコルクの佐渡島さんから受けたアドバイスが元になっています。彼いわく、コミュニティを作ろうと。本というのは人から人へ読まれていくものだから、まず1万人にインパクトを与えて速攻的にいくのではなくて、まずこの作品を愛してくれる100人からじわじわ広めていくんだ、と。
制作面では・・・
・原稿のフィードバック、タイトル会議、ゲラの読み込み(読書会)など
販促面では・・・
・拡散・ブログ記事・チラシ作成・出版記念イベント(拡散)・
などです。
正直なことを書くと、この本のコミュニティが動き出した時、数十人が買ってくれて、初速にはなるだろうけど、その後、どう広まっていくか?ほとんどイメージがもてないでいました。つまり、販促効果としては、ほどほど懐疑的だったのです。
だったら、いやいや運営側に回っていたのか、と言われると、そんなことはなく、逆にとても楽しんで、制作を回していたことを記憶しています。
参加メンバーとのやりとりはもちろん、「表紙デザインができた!」「見本が上がった!」「重版がかかった!」といった、通常は、著者やライターという最小限のメンバーと分かち合うに止まる喜びを、数百人とともに共有しながら、進める工程は、編集者としてもやりがいにつながります。
さらに、小野さんのコミュニティのすごいところは、出版後も、宇宙メルマガやイベントを定期的に主催し、宇宙クラスターとして自走するチームになっていることです。本の出版は1つのきっかけにすぎず、そこから自立したコミュニティが立ち上がる。それが誰かの「居場所」になっている。これはもう素晴らしいとしか言いようがないことです。
2・何にかかわったの?(「医者の本音」)
2冊目は「医者の本音」(18年8月刊)。
こちらは、著者である中山祐次郎さんの発案でした。「宇宙に命はあるのか」コミュニティで、その力と意義を感じていたので、やりましょう、と即答。出版の4ヶ月前頃に始動しました。
流れとしては・・・
クラウドファンディングで書籍プロジェクト立上げ(出版4ヶ月前)→Facebookグループ→オンラインで原稿のシェア→リアルでの読書会→発売イベント(発売直前)→コミュニティでの販促活動→重版へ!
です。
この本の特徴的なところは、クラウドファンディングによって、仲間を募ったところでしょう。
「宇宙兄弟」のようなもともと一定のジャンルの人が募るサイトを持っていたわけではなかった中で、SNS だけの集客だけでなく、こうしてしっかりと想いを言語化したこと。これは、著者の中山先生ならではの「熱い」「真っ正直な」キャラクターとも相まって、効果を発揮したように思います。
クラファン〜制作の詳細は、下記の記事に詳しいです。
特筆すべき点は、コミュニティメンバーが、著者のメンタル面も支援くださったこと。たとえば、出版前に葛藤を抱える著者に、励ましのメッセージを寄せて、出版を後押しする、などという工程は、予想もしていなかったし、仕込んでコントロールできるものではありえません。
アマゾンに予約ページができた6月ごろ、中山さんは「ただの『中山の本音』なのではないか。この本を出しても、読んだ人が幸せにならないのではないか」といった思いや自己嫌悪にとらわれ、パニックになったそうです。思わずフェイスブックのグループに「得体の知れない恐怖と不安が襲ってきました。この本を出す意味はあるのか? ただ露悪的なことをうわべだけ書いたものになっていないか?」とつづりました。
この投稿には、多くの参加者から分析的なコメントが寄せられました。「応援しています」「どんな名著も批判はありますよ」「いわゆる下世話?なお話も医師と患者の距離感を縮める役割もあるので、本書の存在意義は十分あるようには思います」
さらに、出版後は、コミュニティメンバーの他社の出版営業の方が、この本を書店に売り込んでくれたり、POP を作ってくれたりと、通常ではありえないような横のつながりが生まれていきました。たしかに点でみると、小さな動きかもしれませんが、それが制作チームをどれだけ奮い立たせるかは言うまでもないでしょう。
2・売り上げ効果はどうだった?
「宇宙に命はあるのか」が5万部でこのジャンルとしては成功と呼べる数字。「医者の本音」は13万部なので、こちらもうまくいったと言えそうです。
もちろん、新聞広告の効果で後伸びしているのはまちがいないのですが、そもそも社内で売り伸ばしの土俵に乗るには、初速が大切。その意味でも、販促にはまちがいなく力になっています。
ちなみに・・・
「コミュニティがある」というと、社内からは、「500人買ってくれる人がいるんだね」というような基礎票という見方をされることがあります。それ自体はまちがいではないのですが、そのとらえ方だと見誤るかもなぁと感じています。
ここからは、仮説です。
読者は、本のことを、3回見ると購入にいたる、と仮定します。
本は、徹底的にリサーチして買うものではありません。デジタル時代、あふれた情報のなかでは、清涼飲料水のように、CMのイメージやどこかで見た、という内部探索が購入の決め手になります。(「低関与商品」と言えるのかもしれません)
その意味で、コミュニティ発の情報(クチコミ)は、「第1の情報接触」になるはずです。もちろん、最初の読者&その周辺だけ終わると、1〜2万部で止まる。
そこからさらに、
【第1接触】クチコミ(SNS )→【第2接触】パブリシティ→【第3接触】新聞広告・TV(マスメディア)
と進むことで、パイは広がり、読者の情報への接触回数(とメディアの角度)も増えることで、「これは本当に話題の書だ」と確信し、サイレントマジョリティにまで届くのではないでしょうか。
畑にたとえると、
【第1接触】クチコミ(SNS )=耕す
【第2接触】パブリシティ=植える
【第3接触】新聞広告・TV(マスメディア)=芽が出る
実際、「宇宙に命はあるのか」では、発売3週間で、日経新聞夕刊の書評で竹内薫さんが取り上げてくれだったことでバズり、Amazon2桁までアップ!そこから勢いに乗りました。また、「医者の本音」は、発売から4ヶ月目の読売新聞の半五段広告が効き、その後10万部への階段を登っていきました。
これまでは、出版社が「植える」「芽が出る」を担当しました。しかし、いま「耕す」ことなしに、これらの手を打っても、「神頼み」になってしまいます。
初速をつくる、はじつは表面的なこと。コミュニティのクチコミはリアルで花が咲きやすいように、耕している行為なのです。その意味では、イベントも同じかもしれません。
これを、単に数字の大小で定量的にはかってしまうと、見落としてしまうぞ、と思っています。
3・たいへんじゃない?
「編集作業もやりながら、読者と直接つながってたいへんじゃないか?編集工程に口を挟まれるのはイヤでは?」
これは、よく聞かれる質問です。
告白しますと、実際に「医者の本音」のタイトル決めは、紛糾し、ストレスを感じた記憶があります。「医者の本音」という一種、「どぎつい」タイトルが、著者を応援する立場からすると「受け入れ難い」という考えもあったのだと思います。
得てして、出版社側の「売るためにこうしたい」と著者側の「こうやって届けたい」は、対立するものです。
ただ、ここでたいせつなのは、コミュニティのムードや著者のこだわりに、「情で流されてはいけない」ことだと思います。
多くの読者が本作りにかかわるとき、編集の立場とは何でしょう?
それは、「最終読者」をつよくイメージし、さまざまな意見を判断することです。その軸さえもっていれば、意見が多いことはむしろ良いこと。逆に自分の中の軸がブレてしまうようだと、振り回されるリスクもあるかもしれません。少なくとも、読書会やグループの方々の意見をリスペクトし、やりとりしていけば、致命的なまでに揉めることはないのではないでしょうか。(イベントや読者会で読者の方と実際に顔を合わせることの価値は、もちろんいうまでもありません)
4・やっぱりやったほうがいいの?
現時点での僕の結論は、こうです。
「販促ためだけなら、やるべきではない」
「大義を見出せるか。そもそもその本で未来を創れるか」かと。
編集者としての意識すべきことがあるとすると、コミュニティの「入り口」と「出口」ではないでしょうか。
●入り口=潜在的な読者とのつながりがあるか
小野さんは、「宇宙兄弟」というサイトでの認知が。中山さんは「757」という濃いほどのSNS でのつながりを、すでにもっていました。最初の一歩、どこに橋をかけるか、は重要です。
●出口=めざすべきものがあるか
結局、SNSでの「耕す」作業は、共感がベースになります。すると、「ものを売ろう」「有名になろう」という私欲ではどうしても限界があります。販促のためだけ、という目的はファンに見透かされてしまうのではないでしょうか。また、コミュニティを立上げ、巻き込めるかどうかは、著者の方のパフォーマンス(立ち居振る舞い)に左右されるところが大きいので、どんな本でも有効であるとも限りません。
一方で・・
SNSで声が大きい人の本だけが売れていく時代って、既視感があります。そう、TVに出れば売れるんでしょ、というやつです。
これからの時代、ますます、出版社がフォロワーが多い人の本しかやらない、となると、僕はそれには「違和感」を覚えます。
だからこそ、団結することで下克上できるなら、試す価値がある。武器のひとつなのだととらえています。なによりたのしいしね。
この記事は「投げ銭」記事です。サポートいただいたお金は、家庭菜園で野菜をつくる費用に投じていきます。畑を大きくして、みなさんに配れるようにするのが夢です。