20180827一歳の息子をママが寝かしつけるのは自業自得だと思った夜

一歳の息子をママが寝かしつけるのは自業自得だと思った夜

※天狼院書店様のメディアグランプリに過去掲載された記事です。
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「あーん、あーん、うわーん……」

その日その時の息子の泣き声は、いつもより大きく激しいような気がした。

大変だ、早く行ってあげないと。
脱衣所で風呂に入る準備をしていた私は、風呂に入るのをやめて、息子と夫がいるおもちゃ部屋へと向かった。

我が家の夜はいつも同じ流れが出来上がっている。夕食を家族三人で食べて、一歳になったばかりの息子に授乳をする。その後は夫が先に入浴し、準備ができた合図の呼び出しベルが鳴ったら、私は息子をスッポンポンにして風呂場に連れていく。楽しい入浴が終わったら、私が夫から息子を受け取り、オムツをはかせてパジャマを着せる。その後、寝る前にもう少し遊びたい息子を夫に見ていてもらいながら、私が急いで入浴。風呂から出たら、眠そうになってきた息子と一緒に寝室へ。そんな流れの中、私が今まさに風呂に入ろうかとしたとき、先ほどの泣き声が聞こえてきたのだった。

おもちゃ部屋は、四畳半の畳の部屋だ。床の間がオムツ置き場にちょうど良く、四畳半という広さはプレイスペースとしてもちょうど良い。ふすまを開けると、部屋の中央に立った夫と、その腕で横抱きにされながらピチピチと暴れる息子がいた。

「うわあああーん! わあー!」

顔を真っ赤にして、大粒の涙をこぼして、この世の終わりとばかりに泣き叫ぶ息子。かわいそうに、きっともう眠すぎて遊ぶ気分じゃなかったんだ。夫も立ち尽くしていて、きっとどうしたらいいのか分からなかったに違いない。

「ありがとう、きっと眠すぎるんだ、上に連れていくね」

夫に声をかけて、息子を受け取ると急いで二階の寝室へと向かう。息子はおっぱいがもらえると分かるとピタリと泣き止み、私にしがみつく。家族川の字の布団の上におろすと、ごろりと自分から寝転がって、早くちょうだいとばかりに両手をバンザイしてみせる。

「眠かったんだね」

添い乳をしながら背中をトントンしていると、予想通り息子はすぐに寝入ってしまった。まだ目尻には涙が残っている。なんといじらしいのだろう。私は小さな顔の涙と鼻水を拭い、タオルケットをかけてから、階下へと戻る。

おもちゃ部屋に戻ると、部屋の真ん中で、夫がおもちゃに囲まれてあぐらをかいていた。

「やっぱり眠くて泣いてたみたい。抱っこしててくれてありがとう」

私の声に、夫はじろりと私を睨んだが、何も言わずにまた視線を落とした。私はそのヒヤリとした雰囲気にぎくりとする。

「どうしたの?」
「……別に」

ボソボソとした返答。明らかに何かに怒っているような雰囲気だ。私は困惑して先ほどのことを思い返した。夫が抱っこしていると息子が泣く、と思ってしまったのかな? それともありがとうと言うのを忘れてしまっただろうか。夫の背中からは何も分からない。

「…………」

とりあえずその場は切り上げて、家事や仕事を終わらせるまで、小一時間。夫は夫で自分の分担を終わらせてテレビを見ていたので、もう一度夫に話しかけてみた。

「さっき、どうして怒ってたの?」
夫はついと視線をそらし、テレビの電源を切った。
「…………」
夫が私を見る視線からは、まだ怒りを感じる。

「……頑張って寝かせようとしていたのが台無しだよ」
台無し、という言葉に、またぎくりとする私。
「それで誰も代わってくれない、疲れた、って言っても、自業自得だよ」

夫の深いため息に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。

さっき私がおもちゃ部屋に戻った時、夫は息子の泣き声に困り果てているとばかり思っていた。ここ最近の息子は私の姿が見えなくなると泣きながら探して回ることがしょっちゅうだった。なので夫が抱っこすると息子が泣く、と感じてほしくないと思い、とっさに自分で対処したつもりだった。けれどそれが、裏目に出ていたなんて。

ぽつぽつ話す夫によれば、あの時の息子が泣いていたことは、そういうものだと受け取って、困ったりイラついたりはしていなかったそうだ。眠いことも察していて、いつもおっぱいを飲みながら寝ている子だから、おっぱいがなければ泣くのは当然、寝るまで十回は泣くかな、ママが風呂から出てくる方が早いかなあ、などのんびり構えていたところだったという。

そこに私が戻ってきて、息子を奪って連れて行ってしまった。自分のそれまでの頑張りや、私への思いやりを否定されたような気がして、腹を立てたのだった。

「ごめん!」
「もう知らない。寝かしつけなんかしない」

私はどこか自惚れていたのかもしれない。息子の世話は、本当に切羽詰まった時は私しか対処できない、私以外はみんなサポートでしかない、と思い込んでいたようだ。夫が父親としてしっかりと息子と向き合い、私の負担まで考えて頑張ろうと思っていてくれたとは全く思いつかなかった。こんな私が夫を怒らせてしまって、自業自得というものだ。

「ごめんってば!」
「知らん」

夫はずっとつっけんどんな受け答えをしていたが、私はめげずに何度もごめんと言い続け、ようやく少し腹の虫をおさめてくれたようだった。

今日、夫を怒らせてしまったけれど、私が母親として経験を積んできた以上に、夫も父親として頼もしく進化していたのだと気づくことが出来て、嬉しかった。

仲直りにと寝室に息子の顔を身に行くと、息子はタオルケットを蹴飛ばして、夫の枕に顔を突っ込んで寝ていた。「何してるの~」とニコニコしながら、夫は息子をそっと抱き上げていつもの寝る場所に戻してあげた。父と息子の顔は、笑ってしまうくらい瓜二つだった。

≪終わり≫

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