見出し画像

【Bar S 】episode26 土下座事件



ジョウは変わったヤツだ。身長178センチ。32歳。どちらかというと細身。長い髪を纏めるために、いつもヘアバンドをしていた。下町で生まれ育つ。オシャレさんで、ひとの服装も気になるようで、よくファッションチェックをして皆を落ち込ませていた。

初めて店に訪れた日、彼は無口だった。こちらから質問しても、ポツポツと短い言葉で返すだけで、スマホばかり弄っていた。

次に来店した時、隣にはタツヤが座っていた。タツヤはジョウに興味をもったようで、いろいろ話しかけていた。

タツヤは映像を作る仕事。ジョウはコピーライター。お互いの仕事の話でだんだんと盛り上がり、仲良くなっていった。そして【Bar S 】のレギュラーメンバーに定着していった。

ジョウは普段は多くは語らないし、敬語で話す事が多い。しかし、彼の中の何かのスイッチが入ると、弾丸トークが始まる。時には、同席した相手の事を完膚なきまでにやりこめてしまう事も。歳下のナオトなどは良い標的となった。ジョウのその豹変ぶりが面白くて、わざと彼を挑発する遊びもしていた。

カナちゃんが、ジョウと一番仲良くなった。音楽の趣味が合うようで、EGOーWRAPPIN'などの話しで盛り上がっていた。ジョウはカナちゃんに対してだけは、自然な態度をとっていた。他の人間に対しては、ちょっと小馬鹿にしたような雰囲気があった。でも、基本 いい奴だ。

ジョウより後に、店に来るようになったコウイチという 私と同じ地元の若い男(24歳)がいた。そいつが若干、生意気な事もあったが ジョウは彼を毛嫌いして、寄せ付けなかった。コウイチは、それを解っていながら、わざと隣の席に座ろうとすると、ジョウは違う席へとサッと移動してしまう。

コウイチは他の仲間達からは受け入れられていたので、私は彼もレギュラーメンバーに入れたかったのだが、ジョウがそんな感じだったので、サブメンバーのままだった。そんな事もあったが、ジョウは基本、いい奴だ。


ジョウは店までロードバイクで来ていた。家まで30分くらいの距離だ。その日もジョウはハイボールを5杯ほど呑んで、ロードバイクで帰っていった。30分くらいして、ジョウは店に戻って来た。全身、擦り傷だらけだった。近くの信号機のない交差点で、車に跳ねられたという事だった。面倒なので警察には連絡せず、お金で済ませたらしい。


店を閉めた後で、よく皆でカラオケスナックに行った。タツヤとナオトが見つけてきた、狭い路地裏を入ったところの年輩(82歳)のママの店だ。その店を《ババアの店》と、愛情を込めて呼んでいた。

その日は初めてジョウもついて来た。ジョウはカラオケが好きではないらしく、いつもは一緒に来る事はなかったが、カナちゃんに説得されて渋々ついて来た。やっぱりジョウをいい奴だ。

ババアの店は、だいたい貸し切り状態だ。ババアの店は、金額がいつも違う。だいたい1人3,000円くらいなものだが、ババアの機嫌をとると、「アンタは2,000円でいいよ!」とか、「アンタからはお金はいらない。代わりにアイツから余分に貰うから」なんて適当。

いつものように貸し切り状態で、みんなで騒ぎ始めた。ジョウは大人しくウイスキーの水割りをチビチビ呑んでいた。自分の仕事が終わり、解放された私は、ジョウにも歌うように言った。断る事は解っていたけど、その様子が面白くなってしまい何度も勧めた。

そして、「お前、ちょっと前までバンドやってたんだろ! そんときコピーしてたやつでいいから1曲入れてみなさい。」

と、言った瞬間 ジョウはキレた。

ナオトが歌うマイクを奪い取り、マイクの電源を切ってソファーに投げた。ジョウは酔っぱらっていた。

「おいっ お前、そこへ土下座しろ!」

ジョウは私に向かって言った。

皆が何事かと心配して見守る中、私は彼の言う通りにジョンの前に土下座した。

それを見ていたタツヤが、突然キレた。

「ジョウ お前、マスターに土下座させるって何様のつもりだ!」

私はタツヤに向かって小声で「面白いからやってるだけだからいいの」と伝えた。

ジョウはタツヤに向かって

「お前も隣に正座っ!!」と言った。

私がニヤニヤしながらタツヤの方を見ると、タツヤも仕方なさそうに私の隣に並び、正座した。ナオトの歌いかけたLUNA SEAのROSIERが終わり、アツシが入れた湘南乃風の純恋歌が流れ始めた。

「ジョウ様 申し訳ありませんでした。」

と私が絨毯におでこをつけると(ふざけて)、タツヤも一緒に頭を下げ土下座のまま謝った。

「お前らなあ ホントにいい加減にしろよ! 俺はカラオケが嫌いだって言ってんだろうが」

とジョウに叱られる。

「アンタ達、いい加減にしとかないと帰らせるよ!」

ババアが間に入って来た。

ジョウ以外のみんなで「はい、ごめんなさーい」と謝り、私とタツヤは立ち上がった。

アツシは純恋歌を途中から歌い始めた。

そんなんでも、ジョウは本当はいい奴なんですよ!



3日後、店でジョウのこの間の話しを笑いながら、タツヤ やっちゃんとしていると、そこへ当の本人がやって来た。

「おつかれッス。マスター ハイボールお願いします。」

普通だ。

「お前、この間のカラオケ、面白かったなー」やっちゃんがふざけて言った。

「えっ カラオケ⁉ 俺、歌いましたっけ?」

「もしかしてお前、覚えてないの?」

「いやーっ 呑みすぎちゃって覚えてないんですよ! 次の日、宿酔いが酷くって堪らなかったッスよー」

ジョウ以外の3人で爆笑。

「おっ俺 なんかやらかしちゃいました?」

「お前なぁ マスターと俺に土下座して謝らせたんだぞ!」

「うっ嘘でしょ⁉」

「だったら証拠を見せてあげよう」そう言ってやっちゃんは、スマホで3人の様子を撮った動画をジョウに見せた。

うわーっ マジヤバいッス とか言いながら動画を見終わると、ジョウはサッとその場で土下座して、

「マスター タツヤさん 酔っていたとはいえ、無礼な事をしてしまい申し訳ありませんでした」

と謝った。

「別に謝るほどの事じゃないよ!面白かったし。気にしてないから立ちなさい」私はそう言って、ジョウの席にハイボールを置いた。

「この土下座事件は忘れねえけどな!」タツヤはそう言いながら、ジョウを立たせた。



それからジョウは、毎回カラオケに誘うとついて来るようになった。呑みすぎないように気をつけながら。

ねっ いい奴でしょ!

でも、一度も彼の歌は聴く事ができなかった。




ーepisode 26 おわりー

ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀