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【Bar S 】episode31(最終話) 終焉は突然に



「地元に帰って来てくれないか⁉」


開店前の店内で、オーナーとふたりで話しをした。そんな展開、全く予想してなかった。新しい物件探しに苦労してたから、いい物件が出てくるまでここで我慢しろ。とか、そういう話しだと思っていた。折角、ここで常連客をつくる事が出来たのだから、焦るな! みたいな感じの。

オーナーの話しによると、会社のグループ7店舗中、オーナーの店舗以外では一番の稼ぎ頭の店舗の店長が、年内までで会社を辞めて独立する事になった。そこの建物は自社物件なので、空けておくのはもったいない。その店舗でやってみたいという人間は何人かいるが、料理だけちょっと作れるくらいの人間では、田舎街の入口もわかりづらい2階の店舗で成功させるのは難しい。

そこで、私に話しを持って来たという事だった。

「お前が東京で、もっと大きな店を開いて成功させたいという気持ちはよくわかる。でも、新しくまた借りるとなると資金がかなりかかってしまう。だから、地元の空いた店舗を使ってやってみてくれないか⁉」

あくまでも相談という体だが、他の選択肢はなかった。あるとすれば、今の店舗を続けるという選択だが、正直 店のキャパ的にも今の状態で精一杯といったところで、今の売り上げでは自分の給料分と僅かに会社の儲け分が出るくらいで、会社にとってのうまみはない。(だからこそ、もう少し大きな店舗へ移りたかったのだが)

「わかりました。地元に戻ります。」受け入れるしかなかった。


その場で、新店舗のオープンの日にちも告げられた。3ヶ月後だった。年が明けた1月いっぱいまで。というのが【Bar S 】の期限。残り2ヶ月弱。


常連客には、その日から閉店のお知らせをした。みんな惜しんでくれた。「近場での移転の話しがどうしてそこまで跳ぶんだよ!」「俺達の憩いの場がなくなっちゃうじゃんか!」などと言われたりしたが、事情を説明すると概ね納得してくれた。

やっちゃんは、「なら、俺がこの店を買い取るよ!マスターは今まで通りやってくれれば、利益がそれほど無くてもいいから」と言ってくれた。とても有難い申し出だったが断った。今まで仲良くやっていた人ほど、関係性が変わると付き合い難くなってしまうと思ったから。



12月の終盤に差し掛かった頃、東京に用事があって来ていたオーナーが店に寄った。タツヤがいつもの一番奥の席。隣にカエル君・カナちゃんカップルが居た。オーナーはその隣、カウンター中央の席に座った。タツヤはオーナーと何回かこの店で会っていて、顔見知りだった。

「オーナーさん 仕方のない事だと解っていますけど、僕ら 悲しいです」タツヤがオーナーと乾杯したあと呟いた。

「本当にこの店を愛してくれた皆さんには申し訳ない。今まで本当にありがとうございました」オーナーは、詫びと感謝の気持ちを伝えた。


しばらくすると、キャバ嬢ミクと職業愛人アイがやって来た。

「マスター ミクから聞いたよ!店閉めて地元に帰っちゃうんだってー⁉ ほんとムカついて来ちゃったよ!」アイはそう言うと、オーナーの隣に座った。アイもミクも隣がウチのオーナーだとは知らなかった。

「ごめんね! こちらにもいろいろ事情がありまして」そう答えて、注文されたシャンパンをアイとミクのグラスへと注いだ。

「今日はマスちんにはあげないんだから。ムカつくから。タツヤ達にもグラス出してあげて。それからこのお隣の紳士にも。初めましてだけど。」

私が冷えたグラスを3つ渡すと、アイが各々のグラスに注いで乾杯した。

「ムカつくマスちんとマスちんのオーナーにカンパーイっ! こんな店とっとと潰れちゃえばいいんだ!」

アイは、隣にそのオーナーがいる事を知らずに、毒づいていた。オーナーは苦笑いしながら乾杯していた。タツヤ カエル君 カナちゃんも。

6人で分けて呑んでいたから、直ぐにボトルは空いた。

「マスちん シャンパンもう1本っ! もうマスちんの事は許してあげるから、自分のグラスも用意して!」

みんなのグラスにシャンパンを注ぎ、もういちど乾杯した。

「皆さん これまでBar S を可愛がっていただきありがとうございました。あと1ヶ月ちょっとありますので、それまで宜しくお願いします。」

私が挨拶をすると

「だからアタイのヒモにでもになっておけばよかったのに!」

と涙を流しながら言った。それを聞いてみんな爆笑したのだけれど、隣にいたミクも他の人に気付かれないように、笑いながら泣いてた。


その後もアイはオーナーの文句をずっと言いながら、呑んでいた。

アイがお花を摘みに(トイレに)行った時に、オーナーが小声で「俺、ちゃんと自己紹介した方がいいのかな⁉」と訊いてきた。

「いや、地元の知り合いという事で大丈夫です」と私は答えた。

「それにしても愛されてるね! 俺、冷や汗凄いよ」と言ってもらえた。


2本目のシャンパンも空くと、今度はオーナーが3本目のシャンパンを注文して、乾杯すると一気に飲み干し、「今日は楽しかった。ありがとう。皆さんの分の足しにしといて」と言って、多めに金を置いて帰って行った。

タツヤが「あの人がマスターのオーナーさんだよ!」ってネタばらしすると「えっ うそーっ アタイめっちゃ隣で文句言っちゃったじゃん。マスちん なんで教えてくれないんだよーっ!」ってアイが頬っぺたを膨らませたから、皆で笑った。「みんな笑ってんじゃねーぞ!」と言いながらアイも笑った。



最終日の営業まではあっという間だった。最終日には常連客が入れ替わりでみんな顔を見せに来てくれた。自分の誕生日も間近にあった事もあって、プレゼントもたくさん貰った。次の日にはレギュラーメンバーが河豚をご馳走してくれた。2次会はもちろんババアのスナック。帰り際には全員とハグした。照れ隠しに「うっ 汗くさっ」とか「相変わらず乳ねえなあ」なんて言いながら笑って別れた。


私の理想として造り上げた《王国》はこうして終焉を迎えた。

本当に楽しく仕事をさせて貰った。


最後のレギュラーメンバーとは今でも連絡をとり合っている。今日までの間に2回遊びに行った。東京からも2回、今の店に遊びに来てくれた。

タツヤとミーコは結婚して男の子が生まれた。

カエル君とカナちゃんはまだセックスレスのままで、最近ネコを飼い始めたらしい。

やっちゃんとアンちゃんは不倫を続けている。

また、東京へ遊びに行けるようになったら、皆と乾杯したい。



今の店では、あまりお客さんとの距離を近くとり難く、濃い人間関係は作れなかったけど、来月から始まる店では、また素晴らしく濃い店作りをしていこうと思う。

そう、【Bar S 】に負けないくらいに楽しい店を。東京の仲間みたいな人間関係を作れるように。私の王国を造り上げるのだ。




ーepisode 31(最終話) おわりー

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