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【Bar S 】episode15 キムチ屋リュウさん



【Bar S 】の斜向かい(マッチョ系ゲイバーの隣)にキムチ屋が出来た。

どんなものが置いてあるのか寄ってみた。入口のショーケースには、いろんな種類のキムチが置かれていた。白菜、大根、セロリ、キャベツ、キュウリ、山芋、チャンジャ等々。しばらく見ていると、店の奥からイガグリ頭のずんぐりむっくりした20代後半くらいの男が出てきた。

「そこでお店をやってる者ですけど、どんなものがあるのかちょっと見せてもらいに来ました」

「そうですか、それはどうも。ゆっくり選んでください」

商品を見ながら、いろいろ話を訊くと キムチは大阪の工場から運ばれて来るという事だった。その店のオーナーが大阪出身の方で、知り合いのキムチを製造している方から送ってもらっているそうだ。

イガグリ頭と話をしていると、中からもうひとり出てきた。

「あっ リュウさん。こちら、そこの斜め前のお店の方だそうです。」

「それはそれは初めまして。よかったらお店でも使ってやってくださいね」

「じゃあ今日は、白菜とセロリのキムチを貰っていきます」

「ありがとうね。またよろしくお願いします」

その時のリュウさんは、言葉は標準語だが、大阪訛りが強い話し方をした。身長175センチくらいの中肉の体型。55歳。白髪混じりの短い髪。少し色の入った茶色い眼鏡をして顎髭を生やしていた。眼鏡の奥の切れ長の目が鋭く、威圧感があった。

持ち帰ったキムチを食べてみると、白菜の方はあっさりしたタイプの普通のキムチ。セロリの方は、そのあっさりさがセロリの風味と合って美味しかった。

何回か通い、いろいろ試してみると、セロリ、山芋、チーズチャンジャが私は気に入った。その中からチーズチャンジャが一番ウチの店のメニューとして合いそうだったので、それから定期的に買うようになった。

リュウさんも、奥さんと坊主頭と3人でたまにウチの店に来てくれるようになった。

「俺はからだ悪くしてるから酒は医者に止められてんだよ」と言いながら、呑み始めると、つまみは食べずにひたすらハイボールを呑んだ。奥さんもハイボールをたくさん呑んだ。

「ここのハイボールは、ホントにうまいなぁ」と言って、ふたりで早いペースでジョッキを空けていった。イガグリ頭は、ビールを舐めるように呑みながら、早く帰りたそうにしていた。

ウチのハイボールが、他の店で出すものと違う所は、ウイスキーの割合が通常の1.5倍。だからよく、この店のハイボール呑むと酔いがまわるのが早いと言われる事があるけど、当たり前だ。私が通常の量では美味しく感じないからウイスキーを多く入れてあるのだ。それから炭酸。開店前、業者さんに通常の圧力でセットしてもらった時に、全然 炭酸の爽快感を感じなかったので、圧力をギリギリの所まで上げてもらった(今ではそこまで圧力を上げる事が出来ない設定になっているようだ)。だから他の店よりも炭酸のシュワシュワがかなり強く、爽快感を味わえるのだ。あるメーカーから出している、強炭酸ハイボールなんてウチの店のと比べたら、微炭酸ですか と思うくらい。故に、ウチの店はハイボールの店として人気が出るようになった。


午後、開店準備などをしている時などに、キムチ屋でリュウさんが怒鳴っている声がよく聞こえてくるようになった。

「おのれはなにさらしとんじゃー」とか

「このガキはしばいたろか こらーっ」とか。

怒鳴られていたのは、イガグリ頭のようだ。


ある日、店の外で掃き掃除をしていると イガグリ頭が店から出てきた。左目に眼帯をしていた。眼帯をしていても左目のあたりが腫れ上がっているのが判るほどだった。

「目 どうしたの?」と訊くと

「いや、自転車でコケて顔面打っちゃって」なんて答えたが、そんな訳はない。リュウさんに殴られたのだと直ぐに察した。

その日からイガグリ頭を見ることはなくなった。2ヶ月くらいしてリュウさんから「ついカッとなって殴っちまって、それから来なくなっちまった」と聞いた。

リュウさんはいつも白地にストライプの入った長袖のワイシャツを着ていた。夏になっても腕捲りもせず、長袖のワイシャツをきっちり袖のボタンを留めて着ていたので、不思議に思っていた。

常連の川畑さんは、リュウさんと元々の知り合いだという事だったので 川畑さんに訊いてみた。

「リュウさんは、このクソ暑い日でも長袖のシャツを着てますけど、どうしてなんでしょうね⁉」

「そんなのきまってるじゃねぇかよ。刺青を隠すためだよ!」

やっぱりそうなのね。と思った。

「リュウさんは元々、大阪の組に入っていたんだけどよぉ あの人の親父が東京へ移った時に一緒についてきたらしいのよ。あっ おめぇさん 親父って言っても肉親の方じゃねぇからな。そんで、東京に出て来てからこっちの上の人にも気に入られて組の幹部にまでのしあがったのさ」

「へー そうなんですね。でもなんで今、キムチ屋なんてやってるんでしょう⁉」

「おう それはな、他所から来たもんがいきなり幹部になっちまったもんだから、組の中でも気に入らねぇって奴がいるわけよ。そんでもってそいつらからデマの情報を組長やらにばらまかれて、組に居づらくなって もうやってられねぇってんで その道から引退したってぇわけよ!」

「ありゃー それは酷いですね。でも、ヤクザがやめるっていったら当然アレですよね。でもでも、リュウさん 小指ちゃんとついてますけど⁉」

私がそう言うと、川畑さんは大きな声で笑い始めた。

「がっはっはー!! おめぇさん そりゃ大昔の話しだ!今じゃあコレっ コレで全て丸くおさまるってぇもんよ!」と言いながら、右手の親指と人差し指で円をつくってみせた。

「そりゃあ 出すカネもねぇやつぁー 指を落としてケジメつける場合もあるけどよ!」

「はあ そんなもんなんですね!」

「そういやぁ それがよ、こりゃあ他言無用の話しなんだけどな リュウさんは実はその時、金がなくてよぉ 知り合いの金持ちから金を引っ張るために、頭を下げに行ったんだ。そしたらよぉ そこのオヤジが『だったら、うちの娘をもらってくれ。そうしたらいくらでも出してやる』ってんで、リュウさんはあのブサイクな嫁をもらったってぇわけよ!」

「なんなら今のあの店も、あのブサイクな嫁の親父に金出させて、やらせてもらってるって事よ!」


リュウさんのキムチ屋は約2年で廃業した。なにやら、仕入れ先である大阪の工場が倒産したから という理由らしい。

その後、リュウさんは少し離れた場所にある料亭で、料理人として一から修行を始めたという事だった。




ーepisode 15 おわりー




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