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◆遠吠えコラム・「置かれた場所で咲かせる呪縛~『ユートピア症候群』の罠」

 人間は、自然界においては非常に弱い生き物だ。人間よりもずっと体が小さい猫なんて、人間よりもよっぽど早く走れるし、同じく人間より小さいチンパンジーなんて人間よりもよっぽど強力な握力を有している。そうした動物たちに囲まれた中で、食物を獲得したり、外敵から身を守ったりするのは非常に大変なことだ。

 そこで人間たちは、熾烈な自然界の競争によって自らの生存を脅かされないよう、力を合わせて自然界の弱肉強食の論理とは異なるコミュニティーを築いた。それが文明であり、社会なのだろう。だが、その文明も、どうやら、弱肉強食であることに変わりはないようだ。そう感じることがめっきり増えた。

 先日、企業役員と思しき人物が描いたとある記事を読んで、非常にモヤモヤっとした気持ちになった。今回はそのモヤモヤを咀嚼して、飲み込んで、排せつして、スッキリするためにこのコラムを書きした。そのモヤモヤした記事と言うのがこれだ。

 ざっと読んだが、恐らく、ビジネスの現場に身を置く新人や若手社員(かつて若手社員だった人も含むようだ)らに向けて書いたものだろう。かみ砕いて説明すると、新人は必ず、「ユートピア症候群」という病気を発症するという。ユートピア症候群とは、筆者曰く、新人や若手社員が、慣れない職場環境への不満などから、「もっと自分を活かせる環境があるはずだ」などと、自分にとってよりふさわしいと思う環境、つまり「理想郷(ユートピア)」を追い求める病のことを指す。

 この病は、新人や若手社員が、自らの現状の能力が現場で期待されている能力に達していない状況を受け入れられず、周囲からも褒められることが少ないことから承認欲求が満たされずないことから発症するのだという。記事によると、ユートピア症候群には大きく分けて、3つの症状があるという。そして、各症状に対する筆者のアドバイスも紹介していた。以下に要約した。

▽Ⅰ型:承認欲求を満たすために自身がより褒められる環境や周りに自慢できる環境を求めて転職を検討する。
 Ⅰ型へのアドバイス:あなた自身の課題と謙虚に向き合えていない限り、転職しても同じ不平不満を言い続ける。周囲も承認欲求から不平不満を言っていることに気が付いているが、あなた自身が課題を謙虚に受け止めない限り誰も助言してくれなくなる。自分の現状の課題を正しく認識し、周囲の意見や助言に耳を傾けられるようになること。

▽Ⅱ型:自尊心を満たすために「自分は悪くない」「会社や上司や環境が悪い」などと不平不満を言い、自分の考えに共感してくれそうな人とだけつるむようになる。
 Ⅱ型へのアドバイス:愚痴を言うのは弱い者の権利だが、会社組織にとっても、愚痴を言っている本人にとっても百害あって一利なし。愚痴を言っているうちは感情に左右されていて、プロとして仕事に向き合えておらず、逃げ道をつくっている。人生において逃げられない・逃げてはいけないことがある。世界は自分中心に回っておらず、世の中の大半は自尊心よりも大事であると認め、何かを指摘されても一切言い訳をしないで受け入れること。

▽Ⅲ型:現実逃避をするために「仕事よりプライベートが大事」などと自己本位な考え方に陥り、仕事が未完了でもなんとも思わなくなる。
 Ⅲ型へのアドバイス:仕事よりプライベートの方が大切。だが、仕事に捧げる時間よりもプライベートを大切にできる時間の方が実は多い。プライベートを大事にできるようになるには、若いうちに知識を積み、技術を磨き、短い時間で稼げる力を身につける必要がある。特に20代は失敗しても周りがチャンスをくれるボーナスステージ。20代のうちに失敗して経験を積まないと30代になって避けるべき失敗がわからなくなる。20代で貴重な経験を積めば、同じく貴重な経験(情報)を得た人とのかかわりができ、更なる成長が見込めるが、そうでない人には貴重な経験を得た人は集まってこず、成長の機会も乏しくなる。20代で生じた差は一生埋まらない。将来楽をしたいなら、今頑張るしかない。

▽特例:「ユートピアは自分で作る」という人もいて、成功しているといわれる起業家たちの多くが該当する。

(要約終わり)

 ここまで要約してみたが、胃がむかむかしてきた。十中八九、この記事を読んだことで生じた心理的ストレスによるものだ。確かに、筆者が述べていることは至極最もで、これら助言の通りに行動できれば、立派なプロの仕事人として著しい成長を遂げるに違いない。

 だが、この記事を読んでいて違和感があったのは、この「ユートピア症候群」という病の紹介の仕方だ。以下引用。

 新年度が始まって3ヶ月弱。そろそろ発症してる人がいるでしょう。
 この世には君達が必ずかかる、ある病気があります。それは「ユートピア症候群」と呼ばれるものです。(引用終わり)

 私はこの記事を読むまで、ユートピア症候群という病名のことを全く聞いたことがなかった。心理学・精神医学上で流通しているものなのかなあと思い、学術論文検索サイトでこの病名を入力してみた。結果、この病名を扱った論文の件数はなんと0件だった。

 つまり、この「ユートピア症候群」なるものは、ビジネスの現場に飛び込んで間もない新人や若手社員の心理的傾向を理解するためにあくまで、筆者自身が独自に名付けた造語に過ぎないということである。年配者たちが、理解に苦しむ若者たちのことを「新人類」とか「ゆとり世代」など言い表して理解した気になっているのと一緒である。そこに学術的な根拠などない。ご丁寧に類型化した各症状とそれらに対する助言についてもあくまで、筆者の偏った意見に過ぎないということだ。

 しかし、この記事にはそういった前提が特に示されていない。ユートピア症候群なる病があたかも人口に膾炙しているものであるかのように披歴し、「新人が必ずかかる」などと言って普遍性を装っているのは明らかにミスリードで、非常に悪質である。

 ユートピア症候群という切り口で悩める新人・若手社員たちの分析を試みている筆者は何者か。プロフィールを見ると、とある企業の「COO」(最高執行責任者)とある。つまり、この記事は、企業における管理職的な立場の視点で書かれたものということだ。この前提がわかると、ユートピア症候群なる言葉の魔法が解け、悩める若手に偉そうにご高説を垂れる管理職の醜い尻尾が姿を現す。

 ユートピア症候群の正体がわかると、そこまで怖がることなどない。管理職に日々顎で遣われる一会社員である私の視点で、この記事の特にモヤモヤした点について以下に述べていこうと思う。モヤった点を挙げれば枚挙にいとまがないのだが、特にモヤったのは、Ⅱ型の解説だ。

 Ⅱ型は、自尊心を満たすために「自分は悪くない」「会社や上司が悪い」などと不平不満を陰で言うようになる状態のことを指すという。筆者は、愚痴や言い訳には組織への提言めいたものや環境への不満があると一定程度理解を示したかと思いきや、組織にとって「百害あって一利なし」と断ずる。加えて、愚痴を言っている人は感情で仕事をしていて、プロとしての資質が不足しているとの趣旨の批判をし、「誰かの愚痴を言っても何も解決しない(中略)自分が変わるしかない」と提言している。

 先述したように、あくまでこの記事は、企業における管理職的な視点で書かれたものに過ぎない。だとすれば、こう言いたくなる。「何故お前が正しいという前提で話が進んでいるのだ?」と。そもそも、新人や若手はスキルが足りていないために仕事がおぼつかず、失敗もするのは当然のことだ。だってまだまだ分からないことがたくさんあるのだから。だからこそ、先輩社員や、職場環境をコントロールする管理職のような人間がわからないことを教えてあげたり、フォローしたり、スキルアップできるためのタスクを適切に配分したりする必要があるのではないか。「自分が変わるしかない」と言うが、仕事のことを俯瞰的な視点で捉えられない若手や新人自身にだけ仕事がおぼつかない責任を押し付けるのなんて酷だ。そんなことすれば不平不満も溜まって当然だ。

 企業における仕事は組織戦(この言い方はすきではないが)だ。これはあくまで現場で働く一社員としての私の実感だが、例えば、スキルのおぼつかなさなどから新人がポカしたとして、その新人一人だけに責任があるということは、会社組織における仕事では、ほぼほぼありえないと思う。ミスが生じるときはたいてい、構造的な理由がある。仕事の配分や締め切りなどに無理があったり、ワークフローを十分に周知していなかったりと。だからこそ、ミスが生じないよう新人・若手社員のスキルアップはもちろん重要なのだけど、同時に、現場の社員が働きやすい環境を整え、スキルアップやワークフローを定着させる時間を十分に確保することも重要だと考える。その役割を担う責任がより重いのが、管理職や経営者なのではないか。ユートピア症候群とか言っているそこのCOOにもその責任があると思うぞ。

 ユートピア症候群を発症した新人・若手社員が不平不満を言うことを「逃げ」と断じて、「逃げ道を正当化することを自分に許してしまうと、常に人のせいにしてしまう癖がついてしまいます」と述べているが、それ、そっくりそのまま自分に返ってくる言葉ではないか。悩める若手の悩みを解消したり働く環境を少しでも良くしたりするコストを支払いたくないだけの言い訳をして、「逃げ」ているようにしか思えないのは私だけか。

 新人や若手の不平不満が「百害あって一利なし」だとするならば、会社の組合活動なんて何の意味もないってことにはならないか。組合活動は、労働者の権利を守る上でなんだかんだ言って非常に重要な存在だと思う。「愚痴を言っても何も解決しないぞ!」とか言って最低賃金以下で働かせてくる経営者やCOOがいた時、法律に則って経営者と交渉して、賃金引き上げや労働環境改善を団結して交渉してくれる。交渉に誠実に応じてくれなかったらストライキをして、少しでも労働者にとって良い条件を雇用者側から引き出そうと試みる。確かに、組合活動によって会社ががらりと変わることはないだろうが、労働環境を巡るさまざまなことは少しずつではあるが改善していく。こうした地道な闘争は、なにも否定されるものではないはずだ。

 でも、経営者からしたら、不平不満を言わずに低コストで高スコアをたたき出してくれる「有能な社員」が喉から手が出るほど欲しいのだろう。ならば正直にそう言えばいいではないか。「俺たちの企業は人材を育てるだけの余裕がないから、育成コストのかかる人材なんていらねーよ!」ってさ。そうすれば私のようなユートピアドーパント(「仮面ライダーW」の敵キャラのラスボス)があなたたちのような志の高いコミュニティーを踏み荒らすことなどないのだから。その本音を隠して、仕事がおぼつかない若手のことをユートピア症候群なる病名までつけ、「人生において逃げられない・逃げてはいけない状況が必ずある」などと説教してみたり、「20代はボーナスステージ」などと言って若いうちに苦労しないと周囲と差がついてその差が一生埋まらない―などと脅迫観念を植え付けてまで「成長」を促そうとするって、結構せこくないか。こういう考え方を真面目に受け取ってしまって疲弊していく人を私は何人も見てきた。最悪、過労死や自殺に至ってしまうほど危険な考え方だ。

 このせこさで思い出したことがある。旧ソ連時代には「督戦隊」という前線の兵士を監視する部隊があった。戦意喪失して戦線離脱を試みる兵士がいようものなら、背後から射撃して脅し、戦いを強いるのだ。でもこの督戦隊が目立った戦績を上げたという歴史的事実はない。

 日本企業は国際的に労働生産性が低いという。その原因は現場の社員の働きが悪いから―というのが、経営的立場からの意見なのだろう。だが、一社員からの視点から言わせてもらえば、賃金も上がらない、長時間労働も解消されない中で、労働生産性なんて上がるわけがないだろう。私が働いている職場で産休や育休で現場に欠員が出た時、必ずと言っていいほど言われることがある。「今日から1.5人分働いてもらいます」と。もちろん、給料は変わりません。そして、案の定、部署としてパフォーマンスが落ちた時にも必ずと言っていいほど言われることがある。「甘えている」。いやいや、給料が変わらない上に欠員が生じた際の補完もしないくせして「1.5人分働いて」とか言う企業側の方は甘えていないっていうのか。

 でも、この「ユートピア症候群」についての記事、恐ろしいことに結構な支持を得ていて、noteのここ一週間で特に読まれた記事の一つに選ばれている。ツイッターで俯瞰した限り、支持している人には一定のカテゴリーがあるように感じる。企業経営者、ベンチャー企業のシステムエンジニア、コンサルタントなどなど。いわば企業の経営・管理的な立場の人間や、ビジネス書どおりに成長を遂げた志の高い働き手たちが大半だ。こんないかがわしい論理が支持されるんだから、ビジネスマナー講座みたいな組織に従順系社員の育成を飯の種にしている人が跋扈するわけだよ。そう言えばかれこれ10年ほど前にさ、こんな名前の本が200万部のベストセラーになったっけ。

「置かれた場所で咲きなさい」(2012年、幻冬舎)。

 これを読んで感銘を受けた人たちが今、10年の時を経て置かれた場所で咲く雑草の種を増やし続けているのだろうな。
(了)

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