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心のざわざわは、罪悪感だった【わたしの変化の記録#4】

大人になった今でも、思い出すと心がざわざわする経験がある。

中学1年生のとき、友達が不登校になった。
卒業するまでの2年半、私は彼女のサポート役をしていた。

例えば、先生からは日常的にこんなことを頼まれていた。

・(友達と休み時間に楽しく話していたら)保健室登校ができるようになった彼女と話をするために、保健室へ行くように
・(普段登校していないくて、居心地が悪いだろうから)学校行事に彼女が参加できたときは、クラスの輪の中に入れるようサポートするように

先生から頼まれるたびに、負担に感じるようになっていった。
なにも知らずに過ごすクラスメイトが羨ましかった。


いつからこんな風に思い始めたか分からないけど、
彼女から解放されたいとずっと思っていた。

2年生のクラス替えのとき、私は心から願った。
彼女と別のクラスになれますように。

でも、同じクラスだった。
絶望した。また彼女をケアする1年を送るのかと

3年生のクラス替えのときは、もう悟っていた。
どうせまた同じクラスなんだと。
だって、先生は私を、
「彼女のサポートをする生徒」としか見ていないから。

そして、やはり同じクラスだった。
私は、彼女から逃げられないのだと思った。


本当は、彼女から解放されたいとずーーーっと思っていたこと。
そんな気持ちを抱いてしまった自分のこと。

それが、私の心がざわざわする原因だと思っていた。
でも違った。
罪悪感だった。


ざっと彼女の話が終わってから、コーチがこう言ってくれた。
「何かまだ、ここに出せていない気持ちがあるのでは?」

この言葉で、蓋をしていた出来事を思い出した。

彼女が学校を休みがちになり始めたころ、クラスメイトに言われた。
「あの子、最近学校とか部活、休んでるよね?」
私は、「うん。サボってるのかな〜?」と答えた。

その声が、彼女に聞こえたのかどうかは分からない。
だけど、そのあとから、本格的に彼女の不登校が始まった。

彼女の不登校の原因は分からない。
いじめられていたわけではないので、
中学校の空気に合わなかっただけだと思う。

でも、私の中に、自分のせいかもしれないという思いがあった。
原因が1%でも自分にあるかもしれない。
だから、心がざわざわするのだと思う。

私の言葉で、登校できなくなったのかもしれない。

もしかしたら、「あなたのせいで学校に行けなくなった」と
言われるかもしれない。

その可能性がゼロではない。
それがずっと怖かったから、ざわざわしていたのだと思う。



もうひとつ、コーチングで出てきた気持ちがある。

それは、「あのときの私、本当によく頑張ったね」ということ。

不登校の原因かもしれない立場の私が言うのも、失礼な話だけど。

ベストではなかったかもしれない。
もっとよい方法があったのかもしれない。

それでも、中学生の私はよくやったと思う。


彼女に対して罪悪感があると認められたこと。
その一方で、あのころの自分を「頑張った」と認めてあげられたこと。

「どちらの自分もいる」と認められたことが、今回の変化だ。

30歳を過ぎたいま、ようやく「自分らしく暮らす」「自分らしく働く」を実現させようともがいています。いただいたサポートは、これらを現実にするために使わせていただきます☺️よろしければサポートお願いします🙏