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「イエスノー」英語版が露わにした一穂ミチの類まれな才能

数年前。今や読書好きなら誰もが知る一穂ミチ先生の出世作ともいうべき「イエスかノーか半分か」が英訳されると聞き、英語版を入手しました。読みはじめてすぐ、「お……?」と。
なんと、英語版は国江田計の一人称小説になっていたのです……!
※ご本自体はBLなので、苦手な方はご注意。
※ネタバレありなのでご注意ご注意!

まず、この本を英訳してくださった翻訳者さまに感謝。日本語と英語というかけ離れた2言語の橋渡しをするという難題に挑戦し、すばらしい仕事をしてくださいました。限りないリスペクトを最初に表明しておきます。そのうえで、驚いたのが
国江田さんの一人称語りになってる!!! ……ってこと
 
一穂ミチの文章の特徴として、三人称語りと一人称語りを自在に行き来する、というのがあります。
たとえば、

都築が背中を向けると、Dはそっと計に耳打ちした。顔近づけんなよ。

地の文としてパッと見、何も変わらない連続した文章だけれども(改行さえしてない)、1文目は三人称、2文目は一人称で計の心の声なのが、ストンとわかる。この縦横無尽な視点チェンジがトレードマークとも言えるのですが、残念ながら英訳は再現していません。

Once Tsuzuki turned and walked away, the director drew his lips closer to my ear. Dude, get out of my face.

「顔近づけんなよ。」の部分はイタリック(noteで再現できず)で、計の心の叫びや文句は視覚的に浮かび上がるようにしてあるんですね。
一方で、前半は “to my ear”からわかるように、やはり一人称語りなんです。

なぜ、一人称語りに統一したか?
それは英語という言語が代名詞から逃れられないという特徴を持っているからでしょう。

(英訳)As I gave my signature signoff, I looked directly into camera 2 and did my usual half nod, half bow, ...

(原文)いつもの締め文句と共に、2カメに向かって頷きと会釈の中間の仕草、……

人称代名詞はほとんど使わなくてもいい、主語もなくてOK、という日本語に対し、英語では「誰が」「誰に」何をしたのか、を常に明示しなければならず、I, my, me, mine / he, his, him, hisをどうするのかは大きな問題だったんですねー。
もし、三人称語りと一人称語りが混ざってしまったら、大混乱が起きるわけです。それを避けるには、国江田計の一人称語りに統一するしかなかった。そういうことでしょう。
 
その結果、なんかわからんけど国江田さんが余計にムカつくキャラになっている気がする(笑)

(原文)計は不遜な男に摑みかかり、何十発となく殴打する(頭の中で)。

(英訳)I proceeded to grab this flippant man by the collar and punch him in the face several times. In my mind, that is.

どうですか? 原文の「計は……」と、英訳の “I proceeded...”、なんか全然手触りが違うって気がしません?

国江田計は超絶猫かぶりの、外面はいいけど内心は毒だらけのアナウンサーで、もともとかなりクセのあるキャラですが、英語版ではこの一人称語りのために、うざさが30%くらい増しているような……私だけですかね? こんなこと思うのは? 

一人称文だと、自分で自分の言動を説明するという部分に作為を感じるというんですか、要するにずっと独り言いってるわけで、ちょっと鼻につくんですよね。ずっとダイレクトに頭の中見せられてるのってけっこう……うん……
その点、三人称だとちょっと距離ができる気がする。あくまで視点は国江田さんなんだけど、えんえん独り言を聞かされてる感はない。合間合間に一人称の「生の声」がサラッと入ってくるくらいがちょうどいい。
 
英語版を通して、一穂ミチ文体の魅力がほの見えた気がしました。
キャラクターの肉声を聞かせるさじ加減が一穂ミチは抜群にうまい。視点人物の心の声が、実に見事に、シームレスに地の文に織り交ぜてある。その技術ではピカ一なんじゃないかと。

最近は一般小説の方ですっかり有名になられました。「スモールワールズ」や「砂嵐に星屑」、すっごくいいです。「光のとこにいてね」も絶対すごいだろうと思います(これから読む)。でもBL小説時代の文章のノリはまた別格なので、抵抗ない方はご一読いただきたいな、とか思ったりするこのごろなのでした。

※英語版にはBonus Short Storyがあるよ……! 他では見たことないやつ……!


 

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