見出し画像

卒設で「宇宙音楽ホール」を作った話

 こんにちは。東京大学工学部・航空宇宙工学科の学部課程を今春に修了・卒業した大学4年生の藤間(とうま)と申します。4年時の卒業設計で、僕と同期の二人で「宇宙音楽ホール」を作ったことについて書いていきたいと思います。

卒業設計とは

 うちの学科の卒業設計を簡単に説明すると、4年後期の卒業論文が終わった直後から2月末までの期間に行われる必修科目で、エンジンや航空機、人工衛星などを一つ選んで設計します。最終発表では大きな紙に設計図面を印刷し、会議室の机いっぱいに広げて先生方と囲みながら内容を説明していきます。先生方から飛んでくる専門的な質問に受け答えし、無事乗り切れば合格となる、そんな科目です。僕は同期の友人とペアを組み、一つのテーマを二人で協力して設計し、発表しました。

最終発表用に印刷した図面

なぜ宇宙音楽ホールを思いついたのか

 僕は宇宙開発を志そうと東大に入学し、この学科に入りました。進振りなど色々大変なこともありましたが、現在は無事超小型人工衛星を開発する研究室に所属し、実際の開発プロジェクトにも携わることができています。しかし宇宙工学というフィールドは決して生ぬるいものではなく、研究活動はとてもハードな上に、独創的なアイデアを思いついて自分らしく研究することがなかなか難しいと感じるようになりました。なぜかと思ったとき、自分の経歴に思い当たるところがありました。

 僕は課外活動・趣味としてアコースティックギターを長らくやっていて、大学で音楽サークルに所属したり、高校では友人と路上ライブをしたりバンドを組んだりしてきました。深く語るのは気が引けますが、音楽には純粋な喜びや楽しさ・豊かさがあると思っていて、僕はアコギを中心として音楽を大いに人生に取り込んできました。

大学サークルでのライブ演奏の様子

 音楽の持つ純粋な喜びや楽しさ・豊かさを宇宙開発とかけ合わせることはできないか。もしそんなことができたら、僕個人だけでなく、日本の宇宙開発の閉塞感をも打ち破ってくれるのではないか。しかし、これは妄想に過ぎず、実際に研究活動では全く実現できそうにありませんでした。しかし卒業設計でついにアプローチの端を掴んだのです。そう、

宇宙で音楽を演奏する・聴く「場」
なら設計できる

と。
 幸運にも、僕のアイデアに共感してくれた同期の友人とペアを組むことができ、こうして僕達は卒業設計で「宇宙音楽ホール」を設計することにしたのです。


宇宙音楽ホールの背景

 僕達が設計したのは「宇宙ステーションにとりつける音楽文化施設モジュール」なのですが、この詳しい中身を語る前に背景をお話ししたいと思います。重要なポイントは以下の3つです。

  1. より多くの人が地球低軌道上の宇宙ステーションに滞在するようになった将来の状況を想定している

  2. 宇宙ステーション滞在者の息抜きや、アーティストによる宇宙ならではのパフォーマンスを行う場所

  3. 宇宙環境には優れたエンターテインメント性がある!

この3点について一つずつ話していきたいと思います。

1.宇宙ステーションが発展する未来

 僕達の設計では、より多くの人が地球低軌道上の宇宙ステーションに滞在するようになった将来の状況を想定しました。これは大体数十年後、僕と同世代なら生きてる間に実現する可能性が十分にあります。それにはちゃんとした裏付けがあります。

 宇宙ステーションというと、現在地球の高度約400kmの軌道を周回している国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)をご存知の方は多いと思います。またそこには日本の実験棟「きぼう」がドッキングされていて、日本宇宙飛行士の方がそこで喋っている動画などはよく発信されています。また2021年12月には前澤さんがISSに滞在したことも記憶に新しいですね。

国際宇宙ステーション「ISS」(Credit:NASA)

 今はまだ限られた人しか行くことのできない宇宙ステーションですが、新たな宇宙ステーションを建設するプレーヤーが数多く現れてきています。主な駆動力は米国の民間企業で、2020年代後半の建設を目指して開発が始めてます。この大きな流れから、今後数十年で宇宙ステーションが大きく発展することが期待されます。つまり、もっと多くの人が観光や今までにないミッションのために宇宙へ滞在する世界が訪れるかもしれない、ということです。

 夢物語に思う人も多いかもしれませんが、月や火星に行くより、地球低軌道ははるかに近く、安全で運べるものも多いので実現の日は近いと個人的には思います。

2.公共の遊びの空間

 今より一段階規模が大きくなった宇宙ステーションで、より多くの人が1週間だったり1年だったりと滞在するような場所ではどんなものが必要となるでしょうか。僕達は以下の3つのニーズが今より重要になると考えました。

  • 滞在者の息抜きの場

  • 滞在者同士あるいは・地上とのコミュニケーションの場

  • 人類の新たな文化活動の場

 宇宙での生活には放射線やデブリ衝突などの危険が伴うので日々ストレスが溜まり、また限られた滞在者の間の人間関係が精神に与える影響もとても大きいので、娯楽や文化活動によって心を癒すことが滞在者の生活の潤滑油としてなくてはならないものです。

 そうなると、今と同じように実験モジュールや居住モジュール、そして宇宙ステーションの機能を維持する基盤モジュールだけでなく、僕達は全く新たなモジュールが必要になると考えました。それは

公共の遊びの空間

としての機能を持つ専用のモジュールです。現在そのようなモジュールはありません。つまり、今回の設計には「宇宙ステーションに娯楽・文化施設を本気で作ってみたらどんなものになるかを検討する」という意義もあると思っています。実際にニーズが発生する前からある程度サービスの形を検討しておくというのは、ビジネスにおいてもよくあることだと思います。

 なぜ音楽なのかですが、それは結局、僕が音楽に一番興味があること、そして大学時代にライブの設営を一から行った経験を活用できそうだったということと、多目的ホールではなく敢えて特定の目的を持った施設の設計をすることで、より効果の際立った設計になると考えたからです。

3.宇宙環境の持つエンタメ性

 3つ目に、宇宙環境には優れたエンタメ性があると言うことを話していきたいと思います。

 まず、今までに宇宙環境における文化活動の取り組みをみていきましょう。例えば、国際宇宙ステーションで宇宙飛行士らによって楽器が演奏されたり、ちょっとしたスポーツが行われたりというのは既に例があります。特に面白い試みとして、宇宙初のPV撮影ということでカナダ宇宙飛行士がDavid BowieのSpace Oddityという曲を歌った動画がYoutubeにアップされていたりします。

 ところで、上の動画にも背景によく登場しますが国際宇宙ステーションには「キューポラ」という地球の方向を向いた窓があり、そこから撮影される地球の写真や、そこにいる宇宙飛行士と地球の写真などは非常に綺麗で感動的です。これも、いやこれこそ、宇宙におけるエンタメ性の最たるものかもしれません。

ISSの地球「キューポラ」(Credit:NASA)

 一方SFの世界では、宇宙環境における文化活動のあり方について、もっと大胆な構想が描かれています。例えば、かの有名な映画スターウォーズ(episode3)では「Galactic Operahouse」と呼ばれる近未来の劇場が登場します。巨大な水球が浮かんでいる幻想的なショーが行われているんです。他にも、VR空間の世界を描いた映画「龍とそばかすの姫」ではパフォーマーの周りを360度、上も下もぐるりと観客が取り囲んでいるような劇場が登場するそうです。これらはどれも、微小重力空間なら建設可能かもしれません。

 ただ実際に宇宙に本業アーティストが行って演奏した例などはおそらくないので、「宇宙で本気で音楽をやる」とどうなるか、そのポテンシャルは未知数なままです。だからこそ今回の設計があるということでもあります。

  じゃあ「宇宙で本気で音楽をやる場」を作ると何が面白いのか?何が地上と違うのか?ここからは僕達のアイデアと設計の領域になります。僕達は娯楽・文化施設を作る上で重要な宇宙の特徴は以下の2つだと考えました。

  1. 微小重力環境である

  2. 地球を眺めることができる

1番目は分かりやすく無重力と書きたいんですが、正確には僅かに重力があるのでこの環境を「微小重力環境」と言います。

 この二つには非常にエンターテインメント性があると思いませんか? 重力から解放されて自由になるようなイメージ、そして母なる地球をこの目で一望することの素晴らしさは言わずもがなです。

 自らと地球が同等のスケールで相対する。あるいは地上のあらゆる場所で空を見上げ、そのホールに想いを馳せる事ができる。二つの特徴を生かした解放感のある「宇宙音楽ホール」はきっと

世界に影響を与える、人類の代表的な劇場・音楽ホール

になり得るのではないか!?と思うのです。そんな宇宙音楽ホールを僕達は設計しました。

完成した図面の一枚目

宇宙音楽ホールの中身!

 では早速、中身を説明します。上の写真が設計図面の一枚目ですが、これについて左側のモジュール外観から見ていきましょう。

1.モジュールの外観

モジュール外観

 上の写真がモジュールの外観で正面側の壁や機器類を取っ払って見せています。基本形状は全長10m、直径約8mの円筒形です。音楽ホールはやはり大きければ大きい程面白いことができるのですが、打ち上げるロケットの(少なくとも将来開発され得る)大きさまでに収める必要がありました。現在最大なのはSpaceXが開発中のロケット「Starship」で直径は9mです。

 正面から見て左側には宇宙ステーションとの接続部であるドッキングポートがあります。ここから人がホールに出入りします。ポートの大きさと接続方法は、現在のISSで使用されているポートの規格に揃えてあります。

2.微小重力環境を生かしたステージと客席

 中央が客席です。円周上の客席が二段あって、右側のステージを見て座れるようになっています。360度ぐるりと人が座れるのは微小重力環境ならではの設計で、この客席からみるステージの景色は上も下も存在しません。宇宙ならではの鑑賞体験を得ることができる、という点に僕達の設計のこだわりがあります。

 中央右側にはステージがあります。微小重力空間で人は足で歩くということはできないので、手すりを掴んで移動したり、足を引っ掛けて体を固定したりします。体を固定して演奏するアーティスト、複雑なステージセットを自由自在に飛び回るようにパフォーマンスしながら歌うボーカルグループ等、いろんな演奏形態に適用できるような作りになっています。

作成した3Dモデル(赤が観客、青が演奏者)

3. 地球を望む大きな窓

 最後に、一番右側にあるのが一番の目玉である大きな窓で、地球を眺めることができます。逆に言うと、宇宙音楽ホールは姿勢が決まっていて、上のモジュール外観の写真で言う右側、の先に地球があるような向きに取り付けられます。宇宙空間や地球と宇宙の縁の方向に窓を向けることも考えましたが、船内への放射線の影響が高まる・宇宙デブリの衝突確率が上がる・熱が逃げて船内が寒くなる等の様々な危険要因が発生することが分かったので、今回の設計では採用しませんでした。

 この窓は6つの側面と天井面から構成されていて、窓の外には宇宙デブリ防護用の蓋がついています。上の写真で花びらのように見えるものがそうで、使わないときは蓋を閉じ窓を宇宙デブリの衝突から守ることができます。実はこの設計は、背景の章で紹介した国際宇宙ステーションの「キューポラ」という窓を(かなり)参考にしていて、大きさが3倍くらいになっているという違いがあります。

客席から見る演奏風景

 キューポラとの大きさの違いによる技術的な要求から、一つの面を複数の正六角形のパネルで分割しているのですが、まるで教会や聖堂にあるように対照性のある美しいデザインになったと感じています。客席からステージの方向を見ると、自由自在に演奏するアーティスト達、そしてその奥には窓から、美しい地球が望めます。この場にあなたがいたとしたら、何を感じるでしょうか?

4.地上と宇宙にいる人みんなで楽しむ

 このように魅力を詰め込んだ宇宙音楽ホールですが、検討の結果やはり開発・打ち上げ・運用に莫大なお金がかかると推算されました。また、人の命に関しても尋常でないリスクを負っています。そうまでして作る必要があるのか? 誰のために宇宙音楽ホールはあるのか?その点についても考えなければなりませんでした。

 自ずと気付いたのが、地上の人とのインタラクションの重要性です。宇宙で生演奏を聴くのは素晴らしいに違いないが、それを享受できる人はどうしても限られてしまいます。そこで、宇宙音楽ホールでの演奏を地上に配信する仕組みが必要になってくると考えました。宇宙ステーションから衛星通信を経由することで常時地上のアンテナと通信を接続する。そこから地上のネットワークで世界中の人が配信に参加することができる。そうすれば圧倒的に多くの集客を得ることができます。

 動画配信ライブ・ビジネスは現在コロナの状況もあって急激な盛り上がりを見せています。例として日本では、Official髭男dismが2020年に行った無観客ライブ配信では配信参加者12万人を達成していますし、世界的に有名なBTSのライブでは2日間でなんと配信参加者99万人を集めたそうです。VRを活用した配信形態も始まっていますし、技術面でも今後発達していくでしょう。ここで、配信元が宇宙とあれば、アーティストのファンも大変興味を持つのではないでしょうか(笑)。

 僕達はこの配信チケットの値段や打ち上げ費用、運用に毎年かかる費用などを設計・調査し、実現可能なビジネスモデルを検討しました。その結果、例として軌道上のお客さんからは数億円、地上のお客さんからは数万円程度のチケット収入を集め、一定の集客数を達成すればアーティストと開発運用主体の両方がちゃんと利益を得られることがわかりました(アーティストの打ち上げ費用も含めて賄える推算もありました)。

ビジネスモデルの検討例

 数字は概算ですし、実際にはもっと複雑な要因が絡み合います。将来の予測も一部含まれているので、本当のところはやってみないと分かりません。しかし、ここで言いたいことはアーティストが宇宙でパフォーマンスをして収入を得て帰ってくるという世界を作りたいと考えている、ということです。日本で言うところの、若手アーティストが武道館ライブを目指したりするのと同じように、

世界中のアーティストがファンと一緒に「宇宙音楽ホールライブ」を目指す

こんな世界があったら。これは妄想がすぎるでしょうか。いや少なくとも、かなりアツい妄想であることには違いありません。

そして誕生したプロトタイプ

 設計期間中は本当にいろんなことを考えました。最終発表直前は徹夜で最後のブラッシュアップを行い、自分達の設計と工夫の全てを、たった十数枚の図面の上に詰め込んでいきました。今回お話ししたのは宇宙音楽ホールの表面的な設計結果ですが、実際はモジュール内の人の生命を維持するシステムを始め、空気、熱、電力の制御についても設計を行っています。

宇宙音楽ホール「分解図」

 幸運だったのは、数々の有人・無人宇宙開発に携わる人々からの協力を得られたことでした。小型人工衛星開発の知見を持つ所属研究室の先輩、先生方からの親身なサポートをはじめ、JAXAで「きぼう」の設計を担当していた方に何度も設計に関してレビューを行っていただき、日本の唯一の有人長期滞在モジュールである「きぼう」の知見を惜しみなく提供していただきました。宇宙音楽ホールがこうして形を得ることができたのは、この方々の助力あってこそのものです。

 しかし設計を終えて、落胆と悔しさも感じています。実はどうしても設計が成り立たなかったりする部分は仮定を置いて問題を解消したり、詳細に検討しきれない部分もいくつかありました。技術的な問題が解決したとしても、一学生の力ではこのような宇宙規模のプロジェクトを完遂することはとてもできないでしょう。

 今の自分には抱えきれない特大のビッグピクチャーですが、描き切ったことには非常に大きな価値があると思っています。まず最初も書いたように、宇宙音楽ホールは誰も設計したことのない未知の領域でした。挑戦の結果、プロトタイプとしての検討を行い、ゼロをイチに変えることができた、とは胸を張って言うことができます。これを元に、どんな技術が発達していく必要があるか、より現実的に考えたときはどんなことができるかなどを考えることができます。

 僕自身もこのプロトタイプの完成により、自らの宇宙開発への想いを新たにしました。それはつまりこういうことです。

宇宙開発は今よりもっと楽しく・豊かなものにしていきたい。

 大学4年間で学んできた宇宙工学はそのためのベースであり、大学を卒業した今後は上に書いたテーマにもっと取り組んでいきたい。今は、このようなアイデアに興味を持ってくれる仲間を探しています。一方で卒業設計で残った悔しさを乗り越えるために、大学院でその礎をさらに確かにしていく必要があるとも感じています。つまるところ、大きな夢を実現するために今できる活動を、着実にこなしていきたいと思っています。よろしくお願いします。

 長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださった方ありがとうございました。興味ある方がいましたら是非メール(toma@space.t.u-tokyo.ac.jp)や、TwitterのDMなど気軽にご連絡ください!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?