第三十八回 2022年パリーグの風景/柳田選手の変態打ちとは何か (2022年10月19日)

今年のシーズンも終わりに近づきました。選手の方々に感謝するとともに、例によって「捻りモデル」の観点から、パリーグの全体的な印象を書くところから始めようと思います。

1.概況
今年は、パリーグのチーム全体に捻りモデルのメカニクスが受け入れられた年だったと思います。どれほど客観的に見ても、明らかに第五回で紹介したような従来の「身体を開かずバットのヘッドを立ててダウンスイングする」の打ち方がほとんど見られなくなり、捻りモデルのメカニクスに沿った打ち方をする選手が増えてバッティングがパワフルになりました。
正直なところ、短期間にここまで球界全体でバッティングフォームが変わることは予想していませんでした。

2014年に「捻りモデル」の著書が出版された際には、幾つかのチームでは「捻りモデル」のバッティングフォームを取り入れる動きがあったと思いますが、数年してチームの監督やコーチが入れ替わると元のバッティングフォームに戻っていき、「伝統」に逆らうことの難しさを痛感させられました。
ではなぜ今年になって、多くのNPBの選手たちがバッティングフォームを変え始めたのか。推測ですが2021年に大谷選手がバッティングフォームを変えて成功した影響が大きかったのだろうと思います。

大谷選手のバッティングフォームについては、このブログでは2020年スランプでのメカニクスや、2021年キャンプの時点でバッティングフォームが力強いものに変化している様子などをリアルタイムで解説し活躍を予測していたので(第六回第十八回第十九回 参照)、今から振り返れば「捻りモデル」の妥当性を強く示唆する記録になっていると思います。
こうした変化を見ていたのは私だけではなかったと言うことでしょう。大谷選手の成功が、NPBでも多くの選手がバッティングフォームの改造に走るきっかけになったのだと思います。

内川選手が引退会見で、「ヒットを打つために一生懸命バッティングを作ってきたが、ここ最近の野球界は、基本的にホームランを打つためのバッティングをしながら、ヒットを打つことに変化していると思ったので、その変化に対応しきれなくなってきたというのは正直な気持ちだ」と述べたのは、こうした変化について話をしていたと思います。

捻りモデルのメカニクスに近いようなバッティングフォームの大幅な修正が、実際に今年NPBで起こったのかここで証明することはしませんが、野球のメカニクスに詳しくない人でも従来の打ち方か「捻りモデル」の打ち方なのか判断する基準が幾つかあるので、誰もがバッティングの変化を自分で確認できるように、柳田選手のいわゆる「変態打ち」を例に、観察ポイントについて改めて紹介してみようと思います。

2.柳田選手の「変態打ち」は本当に変態的なのか
「柳田選手 変態打ち」で検索すると様々な動画や記事がヒットしますが、もちろんこれは柳田選手が変態ということではありません。
一見して「こんな打ち方で飛ばせるわけがない」と思うような打ち方でも長打やホームランにしてまう様子を、誰が言い始めたのか驚嘆と面白さ半々の感情を込めて、その様に呼ばれるようになったのでしょう。
下にその様な動画の一つを紹介します。

わずか半日で20万回再生突破 鷹・柳田の異次元"変態打ち"は「味方ですらドン引き」 | Full-Count - (2)

しかしこれらの打ち方を捻りモデルのメカニクスから見ると、その多くは結果として打った後の体勢が崩れただけで、もともとパワフルな打ち方であることがわかります。力学的に考えれば、ボールにそれなりの力が加わらなければボールは飛びません。見ている人の夢を壊すかもしれませんが見ていきましょう。

過去の記事でも度々説明してきましたが、「捻りモデル」のメカニクスにおいて重要視している動作を挙げると、まず下記の3点です。

・体重移動
・インステップ
・へそベクトルの向き

これらの動作により「体幹に力を溜めて」打つというのが捻りモデルのメカニクスですが、これに加えて

・ボトムハンドの位置

ボトムハンドが背屈(手首が曲がって)して打撃時に力が逃げていないかが挙げられます。この他にバットの軌道などの提案はありますが、パワフルな打撃をするには、まず上記4点の動作がポイントです。
第四回第二十回第三十五回 参照)

柳田選手の変態打ちと言われる動画を見てみると、特にホームランになった例は全て上記4点を満たしていることがわかります。いくつか見ていきましょう。

時期不明前へそベクトル

これはいつの場面かわかりませんが、打った際にボールの勢いに押されて体勢が崩れているのが良くわかる場面です。へそベクトルの向きと打球方向は完全に一致してはいませんが、へそベクトルはおおむね前を向いているのがわかります。左手首は背屈していません。

時期不明直後

動画を見ると、ミートした際にボールに押されて体勢が崩れていることがわかります。しかしボールが離れた後で体勢が崩れても、ボールの行方とは関係ありません。ミートの時に力をボールに加えることができるかが肝心です。(余談ですが、ミートの際にボールに身体が押されているという事実こそ、従来の「回転モデル」が間違っている証明になると考えます。)

次に2022年のホームラン第1号を見てみましょう。低めのボール球を流し打ったホームランです。動画のリンクを貼っておきます。
【うわぁ…】柳田悠岐『今季1号は“超ド級の逆方向変態弾”』

第1号

2022年の第1号も、第四回で説明した捻りモデルのメカニクスに沿った打ち方をしており、へそベクトルが前を向いているのもわかります。

第1号 横1へそベクトル

下の写真からは、ボトムハンドだけでなくトップハンドの位置も力強い位置にあるようです。

第1号横3

第1号FT

最後に、少しタイミングを外されながらホームランにした「バースデー弾」を見てみましょう。

【ド派手に自祝】柳田悠岐『空前絶後の超変態・バースデー・弾丸グランドスラム!!!!!』【東浜ドン引き】

「ありえない」と言われたホームランですが、ミートの直前まで捻りモデルのメカニクスに沿って力を溜めているのがわかります。

バースデー弾インパクト へそベクトル

上から見ると、タイミングは少し外されたのかもしれませんが、ミートの際にへそベクトルが前を向いていることが確認できます。

バースデー満塁弾上へそベクトル

これも体勢が崩れたのは、ボールがバットを離れた後です。

バースデー手首

それではなぜ、「捻りモデル」のメカニクスに沿って打っていると思われる柳田選手に、フォロースルーで姿勢が崩れる場面が多いのですしょうか。
私は、第十七回「楽しいフライボール革命」(後編)で紹介したような現象が起きているものと推測します。
つまり意図的かどうかわかりませんが、股関節可動域が少し狭い状態で「捻りモデル」のメカニクスを意図的に行うと、フォロースルーの乱れが発生するということで、以前MLBでも話題になっていた現象と同じだと思います。

別の言い方をすると、股関節可動域が狭い・固くなっている状態で無理やり体を捻って体幹に力を溜めて打っていたので、膝、股関節、腰、首など身体全体に負担がかかっていたということです。
クライマックスシリーズでは首に湿布をした状態で痛々しかった。早く休んで欲しかったので、ホークスファンには申し訳ないけども、ホークスがバッファローズ負けてホッとしました。
シーズンオフには股関節内向きのストレッチを十分にして、来季は底が滑って力が逃げるようにスパイクのないスニーカーなどで、土の上でバッティングすることを推奨します。

もう一つの提案は、その昔キューバの強打者がやっていた両手を少し離して握るグリップです。幾分前に突き出すように楕円を描くスイングをする必要がありますが、切れていくファールが少なくなり、ハーフスイングが止まりやすくなることに加えて、空振りの際にバットに振り回されなくなるので体の負担は少なくなるでしょう。
両手を少し離したグリップだったら、あのクライマックスシリーズでの大ファールは、ホームランになっていたのだろうと今でも思うのです。

3. 総括
2022年のパリーグを面白くしたのは、パワフルなバッティングだったと思います。へそベクトルの向きに強い流し打ちするバッターも増えて、最下位に終わったファイターズなども8月以降のバッティングはパワフルで凄みがありました。パリーグで投げるピッチャーはさぞ大変だったでしょう。

そんな中で違いを分けたのは、育成の差だと思います。
背が高く体の大きい若いピッチャーの球速を伸ばすノウハウ、ピッチングとバッティングのメカニクスを理解して選手の体の状態を合わせていくノウハウが優れていたのがホークスとバッファローズで、その違いが特に中継ぎピッチャーの違いに現れたように見えました。
今後はドラフトだけではなく、高卒の若い選手を育成で育てるノウハウが重要になるでしょう。次回は、そうした提案について話してみようと思っています。

台湾海峡がきな臭くなってきたので、気が変わって「台湾紛争と野球の未来」になるかもしれませんが。





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