第五回 日本で一般的なバッティングフォーム(2021年1月10日)

第四回では、捻りモデルに基づいたバッティングフォームを紹介しました。今回は、従来から日本で正しいとされてきた「体を開かないように」とか「壁を作る」と言われるバッティングフォームについて見てみましょう。例によって「捻りモデル」の立場から考察します。
今でも解説者によっては、「体の開きが早いですね」と言うような事が多いのですが、具体的に何を言いたいのかわかりにく事があると思います。
第四回の捻りモデルの動作と比較してみると、多くのNPBの選手の動きが捻りモデルに近い動作に変わってきていることがわかると思います。
(ところで、なぜか捻りモデルと回転モデルの相違に関する記述が多い第二回から第四回までが、表示されにくくなっていたようなので第二回から第四回までをアップロードしなおしました。)

私が若い頃は、右打ちであれば「左手一本で上から下にダウンスイング。右手は添えるだけ。」などと言われていました。今から振り返れば実にナンセンスですが、現在もあまり状況は変わっていないと思います。
どういう事かというと、どのように打つのが良いかというのは、実績を残した選手やコーチの経験に基づく感覚であるとか、メディアで当たり前の様に正しいと言われている動作を組み合わせて、指導者それぞれに独自のイメージを作り上げているということです。「バッティング理論はコーチの数だけある」という人もいます。つまり経験に基づいた「こうしたら打てる」という個人の感覚を「バッティング理論」としているので、力学モデルに基づいて動作が検証された理論があるという状況ではありません。

このような混乱の中でも、概ね正しいと思われている共通の動作があるようで、それらが組み合わさって日本球界独特の打撃フォームに進化してきたようです。
ここでは、それら共通して正しいと思われている動作のうち「構えた位置から最短距離でボールを上から叩く」、「壁を作って体を開かないようにする」、「スイングスピードを上げる」といった要素を組み合わせた日本のバッティングフォームの例を見ていきます。

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なんと言ったらいいのか。「捻りモデル」の立場から見ると、これはまるで様々な意見を組み上げて調整した「妥協点」に見えます。この妥協したフォームで打つように指導された選手は、最初から大きなハンディを背負わされていると言えるでしょう。

特にひどいと思うのがスライド3枚目の「壁を作り体を開かないようにする」という動作です。何がひどいか説明するため、第四回で説明したプホルスの動作と比べてみましょう。

スライド15

「捻りモデル」では、このように上体がバットを引っ張って前を向けば向くほど体幹にエネルギー(以下「力」とします。)が溜まるので、パワフルに打てるとしています。しかし日本球界では、この動きは「体が開いて力が逃げている」と言われる事が多く、嫌われる動作です。なぜでしょうか。

ポイントは二つあります。
一つは「前足をしっかり地面にステップして動かさない限り体幹の「力」は逃げないが、前足が地面から外れてしまうと体幹の力は逃げる」ということ。
もう一つは、このブホルスのイラストのように、インステップしながら上体をどれだけ前に向かせる事が出来るかは、股関節内向きの可動域の大きさによるので、選手によって違う」という所です。

「捻りモデル」の立場から考察すると、股関節の内向き方向への可動域が大きい選手は、上体が前を向くほど大きな「力」を体幹に溜める事ができるホームランバッターに多いと考えます。
一方で、股関節可動域の小さい人は、上体が前を向く前に前足が地面から外れて体幹の「力」が抜けてしまいます。そしてこれこそが、日本球界で「体を開くな」と言われる所以で、体幹に「力」を溜めにくい構造のパワーの出にくい選手には当てはまるものです。
しかし前述の股関節可動域の大きい選手は、上体が前を向いても足が地面から外れず、かえって体幹に「力」を溜める事ができるので、パワーヒッターには当てはまりません。

「壁を作る」という感覚も動揺です。
股関節可動域の小さい選手が「捻りモデル」の様にインステップしながら上体を前に向かそうとすると、ステップした状態では上体は横を向いたまま、まるで壁が出来ている様に感じるはずですが、パワーヒッターは股関節可動域が大きいので、こうした感覚は少ないでしょう。

この様にみていくと、「体を開くな」とか「壁を作れ」いう指導法は、インステップしながら上体が前を向く事ができない股関節の可動域が小さい選手向けの指導法、感覚あるいはコツと言えると思います。
しかしこの感覚を、パワーヒッターや可能性のある子供達に当てはめて練習させるのは、自らパワーを殺す打ち方を練習をするようなものと言えます。

自らパワーを殺しつつ「日本人はパワーがない」と嘆く構図はまるで、信用度の高いハードカレンシーである日本円を、財源の心配もなく、政府短期証券を発行することで政府支出を増やし、少なくとも100兆円は景気対策や減税することができるにもかかわらず、国債発行を「国の借金」と思いこみ、税金が財源だと思い込んで、不況に増税を繰り返して国民の首を絞める日本政府、財務省を思い起こさせます。
野球も経済も、メディアや人のいう事を鵜呑みにせずに、自分の頭で考える様にしないと明後日の方向に行ってしまいます。つい話が経済に飛びました。

プロに入る様な選手は、股関節内向き可動域が大きくパワーのある選手が多いのですが、その様な選手にこうしたパワーのない選手向けの打撃フォームを指導するのは、パワーを出さない練習をするのと同じと事だと説明しました。
一方で困ったことに、この壁を作る動作というのは、「回転モデル」の理想形に近い(下図右)ので、「回転モデル」理論とは齟齬がなく、バットスイングを早くできるという「欠点」までついてきます。
(「捻りモデル」の見地からは、打撃ポイントでのバットスイングが早くなればなるほど、弱い打撃になると言えるのですが、これらの説明については、第二回、第三回の説明をご参照ください。)

スライド26

実際には、上図右の様な「回転モデル」の理想形による打ち方では、球に差し込まれてしまい打てないので、結果を残す選手は、上体は斜め前を向いたり、最終形で「捻りモデル」同様に前を向いて打っています。

スライド28

なぜ前を向かないと打てないかは、第四回で説明した通り、体幹の力は直線的に発生し、大体ヘソの方向を向いているからで、ヘソの方向に強く打てるからです。強く打てる方向は決まっているのです。

この辺りについては、次回の大谷選手の2020年スランプについて考察をする際に説明しようと思ってます。

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