第十九回 二刀流危機一髪? 大谷選手オープン戦概況と低反発球の影響について(2021年3月26日)

低反発のボールの影響について書こうと思いましたが、その前に、前回キャンプでの動画から、大谷選手のバッティングについて予想した通り、オープン戦ではかなり好調でもあるので、シーズン前に概況を記載しておこうと思います。

スライド28のコピー

上体でバットを引っ張り体幹にエネルギー(以下「力」とします。)を溜めて打つという意識があるように見えます。その分、上体が前を向き「第六回」で説明したヘソベクトルが打球方向を向き始めたので、パワフルな打球が前に飛ぶようになりました。
しかしどうも前足(右足)のステップが、closedしすぎているせいか、上体が上図イラストの真ん中のイラストの様な形で打球を捉えることが多く見えます。
オープン戦第5号を打った次の打席でも、スライダーを捉えたものの、打球はセカンド方向へ、ヘソベクトルはショート方向へ向いており、打球とヘソベクトルの方向が合わずに弱い打球となりました。

 OP戦5号次打席

内角球に対して、上図イラスト左の様に、バットを直線的に突き出すシャープな楕円軌道で、上体が前を向いて打つシーンが見れないので、シーズンに入れば厳しい内角攻めとレフトへの守備シフトで攻められると思います。これだけ傾向がハッキリしていては、やむを得ないでしょう。
早いうちに上図左のボンズの様な形で内角球を捉えて、巨大な当たりがライトの後方に飛ぶところ見たいところですね。

想像ですが「第九回」で説明した通り、トップハンドのグリップが日本刀を持つような強い形ではないので、「第七回」で説明したバットの軌道で、内角球に対して直線的に打つイメージがつかないのかもしれません。トップハンドが今の位置では、特に内角高めの直球に対して腕を真っ直ぐ突き出すように打つのは苦しいように思います。
しかしオープン戦での打撃動作は、昨年(上図イラストの右の形)よりはずっと良いのでシーズンが楽しみなことに変わりありません。

ところで、次にいつ記事を更新できるかわからないので、低反発球の影響についても書いておこうと思います。
低反発球は、近年ホームランが増えた事に対して、ホームラン数を抑えようという目的で導入されたようですが、それではなぜ低反発球なのかについてまず説明しましょう。

「第十六回」で紹介した2018年のレポート「Report of the Committee Studying Home Run Rates in Major League Baseball」の最後の方にあるAppendix A Factors Affecting Exit Velocityにも記載がありますが、既存の「回転モデル」理論に基づけば、打球速度は、投球速度、バットのスイング速度、反発係数などで計算できるとされています。これは「第二回」でも説明しましたが、選手からの「力」がボールに影響を与えることはないとされているためで、運動量保存則あるいは運動エネルギー保存則から打球速度を計算するというわけです。
この理屈からすると反発係数の小さいボール、別の言い方をすると、衝撃時に大きく潰れて変形し運動のエネルギーを熱などに変換しやすいボールを使うと、打球速度は落ちるはずなのでホームランも少なくなるだろうというわけです。

しかし「捻りモデル」理論の立場からは、話はそう簡単ではありません。
「捻りモデル」は、選手がボールに「力」を及ぼす動作、力学的には仕事をどれだけする動作(運動量保存則で考える場合は力積を加える)が重要とするモデルです。ですから投球速度、バットのスイング速度、反発係数に加えて、変形するボールに対して選手が及ぼす力の影響を考慮しなければいけません。
運動量保存則で考えると、変形しやすい球同士が衝突した場合、確かにバットからボールに伝わる運動量は減りますが、変形するだけバットとボールの接触時間は長くなるので、選手がボールに伝える力積(力 x 時間)は大きくなり打球の運動量は大きくなります。
つまり低反発球を導入した場合、バット速度重視(「第五回」で説明した「回転モデル」理論による打ち方)の打ち方では打球速度が落ちますが、体幹からの力を重視(「第四回」で説明した「捻りモデル」理論による打ち方)の打ち方では、打球速度は大きくなる事が予想されます。

そんな事があるのかと思うかもしれませんが、身近な例として「第二回」で触れたビヨンドがなぜ飛ぶかの説明を振り返れば納得できるでしょう。
また日本で統一球が導入された時期の面白い記事をご紹介しましょう。ライオンズ中村選手のインタビューです。中村選手は、統一球で苦しむ選手の多い中、一人でホームランを打ちまくっていました。その時のインタビューです。
中村選手の動作は、(打撃ポイントでの)バットのスイングスピードを上げなくてよいとする「捻りモデル」の動作にかなっていたので注目していた選手でした。

中村1

中村2−1

MLBには、「捻りモデル」理論の動作にかなった打ち方をする選手が多くいます。いわゆる「フライボール革命」が、実際には「捻りモデル革命」であったのなら、ホームランは増えてしまうかもしれません。
全体の傾向としては、もともと長打力のある選手はさらに遠くに飛ばし、そうでない選手は低反発球の影響を受けて苦しむでしょう。

今年の大谷選手にとっては、プラスに働くのではないかと思います。
しかし去年の打ち方を継続していたら、今頃オープン戦の結果はボロボロだったでしょう。二刀流は、紙一重のところで生き残ったと思います。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?