第十七回 楽しい「フライボール革命」後編 (2021年1月29日)
前編でご紹介した通り、2015年オールスターゲーム後に突然ホームランが増え始めた現象について、様々な角度から専門家による委員会(Committee)が召集され調査を行いました。しかし2018年に出されたレポートは、「何らかの原因で"drag"が減少した結果、"carry"が増加した」という説得力に乏しいものだったことは前回お話した通りです。
さて、2018年までのホームラン率(ホームラン数/ 何らかの結果が出た打球の数 x 100)を見てみると、2016年/4.1%, 2017年/4.9%, 2018年/4.6%と、2018年には、ホームランの増加もひと段落したように見えました。
しかし2019年になるとホームラン率は5.6%と跳ね上がり、再び同じメンバーが集められ調査を行うこととなりました。やはりMLB機構は、2018年のレポートに納得いかなかったのでしょう。
再調査のレポートは、前回のものに比べてかなり短いもので、Preliminary Report of the Committee Studying Home Run Rates in MLBという題でまとめられています。こちらもリンクが切れているようなので、ファイルを貼っておきます。
このレポートは、前回の調査に基づいて、Cd (the average drag coefficient)という"drag"(抵抗)の飛距離への影響を表す係数について、調査した印象があります。Cdについて得られた結論は、次のようなものでした。
1) ボールの縫い目(シーム)の高さが高くなるとCdは高くなる傾向が確かめられた。
2) 年毎の実質的なCdの違いは0,005程度で、シーム高さでいうと0.0016インチの差でしかなかった。
3) プレイ中のボールは、恐らく汚れによって、Cdが(0.03程度)上昇していた。
しかしここまでCdについて述べた後、何と「ボールのスピンの影響による飛距離の違いは、Cdの違いによるものより遥かに大きい」と記載しています。
それではCdの調査は何だったのでしょうか。
またボールの反発係数(CCOR)については、「2018年から2019年にかけて、わずかにCCORは上がっているが、それは2019年のホームラン増加の原因としては小さ過ぎる」と言っています。いよいよ、何が原因で2015年のオールスター明けに突然ホームランが増え始めたかわからなくなってきました。
私はレポートの、3.2 What Drives the Home Run Changes? の最後の項に、自分が予想した通りの記述を見つけて思わず手を打ちました。全文を記載しましょう。実は、Abstractにも同様の記載があります。
Lacking strong evidence that the change in launch conditions are due to changes in the baseball, we conclude that they are due to a change in player behavior.
委員会に召集されたメンバーは、基本的に第二回で説明した「回転モデル」を支持する立場と考えられます。メンバーの一人であるAlan Nathanは、私からすれば殿上人のような物理学者ですが、「捻りモデル」に反対の立場から研究をされており、第二回で紹介した論文も彼のものです。
どういう事かというと、第二回で説明した通り、選手がボールに力を及ぼすことを否定する「回転モデル」の立場からは、StatCastによって打球速度の増加が見られたとしても、その原因は「ボールの反発係数の増加」あるいは空気抵抗など「抵抗の減少」でなければならず、「選手の打ちかたが変わったから」打球速度が大きくなったというような結論は出せないのです。
つまり、もし"change in player behavior"(選手の動作)が変わったことで打球速度が大きくなったということであれば、それは従来の「回転モデル」理論が間違っていたと認めるのと同じことです。これは「捻りモデル」の立場からは画期的な事でした。
もう少しわかりやすく説明するために、前回紹介した最初のレポートについての記事"MLB Research Determines Reduced Drag Boosted Home Run Surge"のreduced dragをvelocity increaseに変換してみましょう。
ある日突然空気抵抗が減少して飛んでいく打球をdargする要因が減るわけがありませんが、仮にそのようなことが起これば打球速度は上がるはずです。
reduced dragをvelocity increaseに変換して二つのレポートを見てみると、Velocity increase in launch condition due to a change in player behaviorが、この時期ホームランが突然増え始めた原因と読み取れるわけで、そうであればこの結論は、捻りモデルの有効性を示唆しているということです。
2014年に、仮説として発表された「捻りモデル」の立場からは、どの選手がそうした動きを採用したか、その結果がどうであるかということについては、全てではありませんが経過を観察していました。2015年にホームランが突然増えたと聞いても、捻りモデルを採用した選手が増えてホームランが増えたのだろうと考えており、それほど驚きはありませんでした。
こうした仮説を自ら確認できたわけではありませんが、裏付ける現象としては、「美しくない」フォロースルーの増加があると思っていました。当時のプレゼンテーションから、いくつかご紹介しましょう。
ジャッジの左足首が曲がって美しくありません。
こうした「美しくない」フォロースルーが増えたことについては、米国SABRの会員間でも話題になったそうです。
なぜこのような事が増えたかというと、選手達が、ある意図を持ってスイングした結果だと考えられます。
別の言い方をすると、股関節可動域の十分大きくない選手が、第四回で説明した動作を行ったとしたら、どこかに歪みが出る事でしょう。それがフォロースルーに現れているとも考えられたのです。
「捻りモデル」の立場から見ていると、ホームランが増えた事象について、委員会が曖昧な結論を出している様子であるとか、再招集され、最終的にplayer behaviorに言及せざるを得なくなった経緯を見るのは、少々意地悪でしたが楽しくもありました。BRJ(Baseball Research Journal)に発表できるまで15年もかかったのですから、私の密かな「意地悪な楽しみ方」も許してもらえるでしょう。
昨年のSABRのconventionは、Zoomで行われたので、私も一部参加しました。参加した会議中、チャットでコメントできるので、関連するトピックが話されているときに「player behaviorとはtwisting modelのことではないか」と投稿すると素早く反応してきた人がありました。何が起こっているのか、わかっている人には、わかっているのだと思います。
まだしばらくはホームランは増え続けるかもしれません。もちろんそれは、いわゆる「フライボール革命」のためではありません。
しかし再度Committeeが召集され、preliminary reportの続きが出るような事はないでしょう。
次回のトピックについては、シーズンが始まってから何か考えようと思います。
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