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ペトロールズ、Ryohu、赤い公園。2020年末に届いた特別な作品たち

文/三宅正一

2020年とはなんだったのだろう。もはやパラレルワールドに生きているようで、なんだか現実味が乏しいこの1年の実感や実相をつかむのはこれから何年も経ってからなのだろうと思います。もしかしたら、2021年もそうなのかもしれない。さまざまなカルチャーにおいて作品制作やリリースの延期、あるいは公演の中止や無観客のオンライン対応を余儀なくされ、この国の音楽シーンにおいても“立ち止まって待つ”という判断を下したアーティストも少なくなかった印象です。それでもやはり、特別な作品が世に放たれているのも事実で、ここでは2020年の終わりが見え始めた今日このごろに届いた、筆者にとって思い入れの強いバンドやラッパーの最新作を紹介したいと思います。

ペトロールズ『SUPER EXCITED(LIVE ALBUM)』

どこまでも音楽に対して真摯な制作や活動のあり方を見極めてきたペトロールズから、ライブアルバムが到着。2018年に開催されたアジア圏でのライブが収録されています。ご存知の方も多いと思いますが、ペトロールズはリリースタイミングも、ツアーの打ち方にしても、商業的なサイクルとは無縁のまま音楽表現と向き合っているので、長い沈黙を破って突然新作がリリースされることもあります。ペトロールズを形成する3人、長岡亮介、三浦淳悟、河村秀俊にとってライブはライフワークと言っていいでしょう。彼らは長い時間をかけて生まれた楽曲をライブでじっくり育てていきます。ステージ上で今の自分たちのモードを確認するようにして既発曲のアレンジをライブごとにマイナーチェンジし、思いもよらぬタイミングで新曲が初披露されることもあります。ギター&ボーカル、ベース、ドラムというミニマムな編成でなければ鳴らせないアンサンブルの妙、独創的なコードやフレーズ、そして豊潤な行間に富んだまま旋転し広がっていくグルーヴ。ペトロールズの楽曲は、コンテンポラリーなブラックミュージックや長岡の音楽的な出自でもあるカントリー/ブルーグラスの香りも漂わせながら、どの時代のどの国にも他に見当たらない、しかしそこはことなく不可思議な大衆性も帯びた音楽像を獲得しています。それは、このライブアルバムの生々しくも奥行きのある音像によってより鮮やかに伝わることでしょう。本当に、来年はペトロールズのライブを味わい尽くしたい。

Ryohu『DEBUT』


30歳の1stアルバム。東京を代表するヒップホップクルー、KANDYTOWNの中心メンバーであり、これまでさまざまなステージで、さまざまなフィールドにいるアーティストたちと音楽的な交歓を果たしてきたRyohuが、まさに満を持してソロ1stアルバムを完成させました。たとえばズットズレテルズ時代から彼のラッパーとしてのキャリアを認識している人にとっては感慨深いものがあるでしょう。筆者もその一人です。これまで自主制作を含むいくつかのEPやフルアルバムサイズのミックステープのリリースはあったものの、これが正真正銘の1stアルバム。KANDYTOWNのメンバーとしてビートを作り、夜中のクラブでマイクを握るだけではなく、ライブハウスのステージでその場限りのセッションにフリースタイルで参加する。そうやって、Ryohuは前出のペトロールズやSuchmos、Base Ball Bearなどのバンド、さらに近年は鉄壁の盟友とも言える関係性を築き上げているTENDREやAAAMYYYとも現場で共鳴し、彼しか歩めないラッパー/音楽人生の軌跡を描いてきました。本作のキーパーソンは先行リリースされた「The Moment」を筆頭にいくつかの楽曲をプロデュースしている冨田恵一でしょう。ラップ+クワイアのアプローチに今のRyohuが接近すると、こんなにも強靭なヒューマニズムとフレッシュな大衆性が表出するのだと驚きました。この曲がアルバム全体の基軸となり、舌鋒鋭くセルフボーストしいている曲も、最近生まればかりの子どもに捧げる曲も、パートナーのおばあさまが朗読する手紙のインタールードも、極めてシンプルなラブソングも、“今を生きる”というテーマと呼応しています。最初の代表作の完成、おめでとう。

赤い公園『オレンジ/pray』


最初にお断りしておきます。すみません、これはレビューでも作品紹介でもないですね。少しでも違和感を覚えたらどうぞブラウザを閉じてください。敬愛する音楽家であり友人でもある津野米咲がもうこの世界にいないことが、まだよくわかりません。亡くなる数日前まで連絡を取り合っていたのもあって、正直、今もまだ彼女の生気のようなものは消えていないような気がするし、その音楽愛と才能がたっぷり注がれた楽曲を聴けばなおさらです。彼女の訃報に接してしばらくは呆然としていました。呆然、とはああいう状態のことを指すのだと今になってわかります。冷たい雨が降っていたあの日、ある人から電話をもらい、彼は、彼女の死に対して「悔しい」と言いました。ああ、それだ、と思いました。今、覚えている虚無感の先には哀しいというより、悔しいという感情が控えている。彼女の音楽人生が果たせることはまだまだもっと、無尽蔵にと言っていいほどあったのは間違いないし、その可能性は彼女が遺した楽曲に引き継がれていくのもたしかです。赤い公園の楽曲や彼女が他アーティストに提供した楽曲にまだ触れたことのない未来に生きる人たちが、それを聴いてこれから音楽を志すこともあるでしょう。けれど、事実としてあるのは、いつも音楽にとって(特にこの国のポピュラーミュージックの様相に対して)の豊かで輝かしい未来を想像しながら楽曲制作していた彼女が、目の前にある世界を塞いでしまうのはあまりにも早かったということ。彼女が見たいと切望していた絶景を、多くの人と体感してほしかった。彼女は自分の琴線に触れた新しい音楽を見つけると、いつもそれをシェアしてくれました。洋邦、時代、ジャンルを問わず。今、筆者がレーベル運営とマネージメントを担当しているODD Foot Worksの存在を最初に教えてくれたのも彼女でした。音楽家としても、リスナーとしても彼女のライブラリーはまだまだ増えるはずだった。それが絶たれてしまったことが、本当に悔しい。けれど、彼女が人生を賭していた赤い公園はまだ生きているし、こうして新作もリリースされました。年末のカウントダウンイベントにも出演します。2021年以降の赤い公園がどうなるか今はわかりませんが、ニューシングル『オレンジ/pray』からは、津野米咲が今の赤い公園でシンプルなギターロックやシンプルなグッドソングを鳴らしたいという思いがひしひしと伝わってきます。特に「pray」は今後も長く語り継がれる名曲だと思います。「pray」のMVもまた、あまりに切ないけれど、素晴らしい映像が記録されています。今はこのシングルが多くの人のもとに届くこと、それだけを切に願っています。


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