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【6月号 映画コラム①】「引きこもること」に楽しみや希望を持てる映画

コロナ禍による緊急事態宣言は解除されましたが、第2波の可能性もあり、まだまだコロナへの不安も尽きない今、依然として在宅勤務を推奨する企業も少なくありません。
そんな中で、自宅に引きこもること、外界と壁を作ることをいとわなくなるような、そんな生活も楽しいと思えるような映画作品をご紹介します。


今こそ自分を見つめる機会
『脳内ニューヨーク』

文/柳下毅一郎

<プロフィール>
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な著書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。


引きこもりをはじめると、必然的に自分の精神と向かい合うことになる。オンラインだSNSだリモートだと騒ぎ立てて目をそらしていた真実とどうしても向き合わなければならなくなる。自分の心の深淵だ。自分の精神を自分で解剖する行為は、限りなく自閉したゲームのようにも見えるが、一方で途方もなく深く興味深い営みでもある。脳内ゲームのプロフェッショナル、チャーリー・カウフマンの『脳内ニューヨーク』がそれだ。

ニューヨーク州の小都市スケネクタディで前衛演劇を演出するケイデンは死の不安にとりつかれ、妻との関係もこじれて悩んでいる。そんな彼に思わぬチャンスが舞い込む。天才奨学金により、理想の演劇を製作できることになったのだ。「乱暴なリアリズムで嘘をつかない」演劇にとりつかれたケイデンは、自分自身の生涯を演劇化しようとする。自分の人生を演劇化するためには自分自身を演じる役者が必要で、その役者が自分を演じるところを観察し演出する演出家がおり、その演出家である自分を演じる役者が……以下無限に続く。

ケイデンは「リアリズムと真実」を探求する中に迷ってしまうのだが、もちろんその中にこそ真実は存在するのだ、と自己観察と無限後退の芸術家カウフマンは語る。あなたもこの際、ちょっと自分を見つめてみては?


シュルレアリストはコロナ時代を予見した??
『皆殺しの天使』

文/ミルクマン斉藤

<プロフィール>
ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。6月からは大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を開始(Twitch:https://twitch.tv/noon_cafe)。

引きこもるなんてもうたくさんだ、ドアを開ければすぐに外、でも何故か出るに出られない。そんな状況(?)の極北がルイス・ブニュエルの怪作。オペラを観劇したあと大豪邸に招かれ集まったブルジョワたち20数名。パーティは深夜に及び、普通なら皆帰宅する時間なのに何故かサロンの床に雑魚寝状態で朝を迎える。あれ、私たち何故帰らなかったのかしら? いや帰らなかったんじゃない、何故かサロンと隣室の境界線から一歩も外に出られないのだ!

異変に気付いた外界の者も何故か開いたままの門から一歩も入れない。数日が過ぎ、水も食べ物もなくなり身体は異臭を放っていく。客たちはやがて本性を剥き出しにしていくが……まあ、理屈を軽く超える設定だけど、やはりブルジョワたちが食事をしたいのに何故か邪魔が入って永遠にありつけない『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(1972)と同じく、上流階級を嗤い者にしたナンセンス・コメディとして「何故の嵐」を楽しめばいい。

でもこの不条理、コロナの時代に想うとある種の同調圧力のようにも見えてくるし、オチのあとの解釈困難なラストシーンは、ミネアポリスから全米に拡がった暴動や、どさくさ紛れに強権発動された香港の反対デモなど現実の光景に酷似しているではないか。


予知的社会派エンターテインメント
『新感染 ファイナル・エクスプレス』

文/地畑寧子

<プロフィール>
地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。


新型コロナ禍の中、内憂をそらすかのような動きを始めた米中。こと香港の一国二制度を揺るがしている中国の動きに心が痛む。このような状況の中、雨傘運動を支援し業界を干されていた名優のアンソニー・ウォンが、台湾の国籍取得を表明。長年の香港影迷としては、彼の苦渋の決断を複雑な思いで見守っているところである。

さて、今回のお題はステイホームだが、強制的に三密状態に置かれた人々のサバイバルを描いた韓国映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』を選出。舞台はソウルとプサンを結ぶ高速鉄道。謎のウィルス感染拡大がこの鉄道にも及ぶ。作品は4年前の製作だが、発生源が主人公の父親が関わっていた研究所であるとか、国家非常事態宣言、防護服の警官だとか空恐ろしいほど今年的。社会背景を十二分に背負った欧米の傑作ゾンビ映画に比肩する社会派エンターテインメントと言った方がいい。元凶のすべてはもちろんウィルスだが、三密の中で表出するエゴはもはや人災。助かる命さえも奪ってしまう。しかもエゴは伝播する。

そんな人心の闇にも切り込んでいる。監督のヨン・サンホはアニメ出身。本作の前日譚アニメ『ソウルステーション パンデミック』はよく取り上げられるが、その前に製作されたアニメ『我は神なり』はさらに秀作。カルト教団に侵された閉ざされた村の物語。ステイホームのストレスをエゴや偏見に向けない努力も新生活の在り方なのかも。

映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』公式サイト

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