押井守著 『押井守のニッポン人って誰だ⁉』 試し読み【無料記事】
大好評発売中の押井守監督の最新刊『押井守のニッポン人って誰だ!?』。日本人の価値観は「何もせんほうがええ」に尽きる、コロナ禍で日本人らしさが露呈した――などなど自由で、過激で、面白すぎる独自のニッポン人論が展開されている本書から、その一部を公開いたします!
※一部改訂あり
日本人と死生観
押井 小松左京の原作を映画化した『日本沈没』(73)に「何もせんほうがええ」というセリフがあって、これは名セリフといわれている。それこそ、日本が沈没し始めて途方に暮れる日本の総理大臣役の丹波哲郎に、政界の黒幕を演じている島田正吾が「このまま何もせんほうがええ」と言うんですよ。このセリフは日本人の資質をとてもよく表現している。
日本は結局、上がヘゲモニー(指導権)を握って国の舵を取ったことが一度もないからね。
――一度もないんですか?
押井 あると思っているんだろうけど、ありませんから。太平洋戦争だって、お上が決めて始めたのではあるけれど、新聞や国民が「やれやれ」とはやし立てたからという一面もある。規模は小さいけど、今回の緊急事態宣言と同じだよ。民意があるところまで高まって、これ以上は待てないとなったところで政府が決断する。逆に言えば、安倍首相はその時期を待っていただけ。世の中の人々が危機感を持って沸騰点に達したときにようやく上が判断する。歴史を見れば、それを繰り返しているだけだということがよく分かる。状況を先に読み、それから英断を下したなんてことは一度もないんじゃないの? 今回のコロナも同じですよ。
――そう言われると、情けなさいっぱいじゃないですか。
押井 そうです。「何もせんほうがええ」というのは、最後の最後に日本人が拠って立つところの本音。じたばたもがくより、「何もせんほうがええ」。日本という国土が水面下に消えたら文化も何もかも消えてなくなるが、それを甘んじて受け入れようという思想なんです。そのとき、日本人が世界に散らばっても日本人たりえるかといえば、それはない。
ユダヤ人や中国人と違って、あっという間に人種の谷間に消えていく。だから、「何もせんほうがええ」、このまま美しく死んでいこうというんです。
これはひとつの価値観だけど、日本人にもっとも適しているんじゃないかと思う。丹波哲郎が「いや、しかし……」と言っても次が続かないのは、自分もそう思っているからです。日本人が日本人でなくなるくらいだったら、国土と一緒に沈んだほうがいい。この考え方はまえの戦争と同じ、一億玉砕ですよ。国体が変わるのなら、国ごと消滅してしまえと考える。これは非常に日本人的な価値観。日本人は追い詰められたら、そういう判断を下す民族ですから。
――匙を投げるとか、腹をくくるというのとは違うんですか?
押井 そういうのではなくて、有終の美を飾る、あるいは滅んでいくことをよしとするという考え方。それはやはり、日本人の死生観に繋がっていると、わたしは思っている。どうせ今いるのは仮の世だから、この世の苦痛も悲しみも仮のもの。でも来世があるじゃないかというわけですよ。じたばたと世の中を改良するのではなく何もしないという考え。
宗祖・親鸞による浄土真宗の教えは、全部御仏の心にゆだねる。善をなすことも悪をなすことも、同じように無意味ということ。それに対し、日蓮のほうは闘えと言ったからね。
日蓮の思想は、この世の中に浄土を作り出すというものだから、どちらかというと政治的に行動する。日蓮宗は本来、権力志向が強いからだけど。一方、浄土真宗は、何をやっても無駄という考え方。とことん自律的な考え方を放棄したところに来世があると教える。早い話、自己放棄の思想です。
この考え方が日本人の心象に合っている。世の中を変えるとか、社会改造をするとか、ガッツのあるほうにいくんじゃなく、どうせ仮の世なんだから「何もせんほうがええ」。自己決定しない日本人には合っているんです。
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改憲と破棄
――押井さんはマック憲法を破棄して、どんな憲法にすればいいと考えているんですか。
押井 そこに興味がある。一から憲法を、日本人の手で作り上げると果たしてどんなものができるのか、そのプロセスを含めて見てみたいと思う。だからこそ破棄することに意味が生まれてくる。
だから、日本人が自分の正体を問われることになるんですよ。日本人としてどうありたいと思っているのか? 諸外国からどう思われたいのか? どういう国家を目指しているのか? 世界とどうかかわりたいのか? そういうことがすべて明らかになる。日本人が日本人のことを、初めて真面目に考えるんです。まるで、75年間ずっと夏休みだったけど、やっと学校が始まったようなもの。その75年間の宿題が「新憲法」なんです。これを提出することによって、ようやく国際社会の一員になると言ってもいいくらい。
いやいや、今でも国際社会の一員だと反論する人もいるかもしれないけど、それは思い込み。アメリカのうしろをチョロチョロくっついて歩いているだけだからね。もちろん、選択肢として、アメリカの属州になるというのもアリですよ。
――そうなると、どこかで読んだSF小説の世界になっちゃいそうですけどね。
押井 この75年間、一度もその選択に迫られたことがないんだから、ここで腹をくくってやってみる価値は絶対にある。
逃げ道をなくすために、あと3年で今の憲法が失効するので日本国民全員で考えましょうというやり方もあるんじゃない? 憲法学者、政治家、経済人、哲学者、宗教家、文学者……みんなで考える。『日本沈没』と同じだよ。あと数カ月で日本が沈むというときに、どうするのか?
――「何もせんほうがええ」というチョイスをしたらどうするんです?
押井 それはダメです。だって既存の憲法はなくなるんだから。その状態で「何もせんほうがええ」を選んでしまったら、それこそアメリカの属州か中国の属国になるしかないからね。だからこそ、そうやって75年分の宿題をやる状況に追い込むんです。世界中が注目するし、小学生も興味津々だよ、絶対。何なら小学生に意見をもらうのも面白いよね。目からウロコのアイデアが出てくるかもしれないじゃない?
国をあげての大イベントですよ。絶対にオリンピックなんかよりエキサイティングだって!
――イベント化するとなると、楽しそうですね(笑)。
押井 毎週毎週『朝まで生テレビ!』を全国規模でやっちゃうとか、殴り合いになってもいい。最後は暴力というのでもいいんですよ。それはいわば内戦でしょ? 内戦を経ない近代国家はないんだから、ここで内戦を起こしたっていいんですよ。
――マック憲法破棄を機会に、これまで日本人が経験しなかったことを一気にやっちゃう感じですか?
押井 そうです。日本人が日本人のことを、初めて真面目に考えることになる。それまでは、ただ単に浮かれていただけだから。高度経済成長だ、東京オリンピックだ、万博だって浮かれている間に75年も過ぎてしまった。
敗戦して、1回は破産したものの、アメリカに許してもらって今に至る。もし許してもらえなかったら日本は焦土になっていたと思うよ、おそらく。なぜアメリカが焦土にしなかったかといえば、ソ連の脅威があったから。日本を無力化してしまえば、絶対にソ連がなだれ込んでくるからね。日本も分断国家になり、北海道はソ連、本州からこちら側はアメリカなんてことになりかねなかった。
――下手すると北朝鮮と韓国と同じ目に遭ってしまうということですか?
押井 そう、絶えず戦時体制を強いられるんです。そうなると経済復興どころじゃない。
国防費もうなぎのぼりですよ。でも、日本はそうならなかったので、ただ75年間、浮かれて生きてきただけなんです。
――「浮かれていた」というか、確かに危機感はほぼなかったですね。
<書籍情報>
押井守(著)『押井守のニッポン人って誰だ!?』
発行:東京ニュース通信社 発売:講談社
定価:本体1,700円+税
新型コロナを巡る対応には、“日本人の日本人っぽさ”がよく表れている。
それは、日本人の長所でもあり、弱点でもあり、ゆえに日本人の本質といえるのではないか――。
「コメ」「コトバ」「仏教」「ペリー」「マッカーサー」、そして「新型コロナ騒動」……。
歴史の潮流のなかから、日本人がどのように生き、そしてどこへ向かおうとしているのかを鬼才監督・押井守が独自の視点で語り尽くした、自由で過激でオモシロすぎる<日本人論>。
【著者プロフィール】
押井守(おしい・まもる)
映画監督。1951年生まれ。東京都出身。主な監督作に『うる星やつら オンリー・ユー』(83)、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)、『機動警察パトレイバー THE MOVIE』(89)、『機動警察パトレイバー2 the Movie』(93)、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(95)はアメリカ「ビルボード」誌セル・ビデオ部門で売り上げ1位を記録。『イノセンス』(04)はカンヌ国際映画祭コンペティション部門に、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(08)はヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門にノミネートされた。そのほかの作品に『THE NEXT GENERATION パトレイバー』シリーズ全7章(14~15)、『THE NEXT GENERATION パトレイバー首都決戦』(15)などがある。
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