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【無料】 川田十夢(著)『拡張現実的』 試し読み 松居大悟が選んだ3篇

川田十夢(著)『拡張現実的』の中から、松居大悟が選んだ3篇を試し読み。松居さんによる書評はこちらで読めます。


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検索窓から見えるもの

検索窓に気分を入力したい。分からないから検索しているのに、言葉を介在させないと調べられないなんて、矛盾している。たとえば、検索結果は手触りの羅列であって欲しい。「ふわふわ」「ごつごつ」「あいたた」であって欲しい。検索対象がなければ、「すかすか」を返してほしい。欲を言えば、小説や映画やゲームの中身だって検索したい。登場人物の気分に潜行したい。そこから見える未知なる眺望に感動したい。

僕は現実と仮想をつなぐタイプの新しい作家だ。絵空事を描きつつも、それを実体化しないと存在価値がない。さて、検索窓に気分を入力するとはどういうことか。おそらく、まだ言葉を与えられていない感情を、エンターキーからそのまま読み取ってもらうということだ。入力し始めるまでに獲得した手触りの記憶、入力し終えるまでの時間、キーを叩く強さ、視点の動き、息づかい、その全てが検索対象となる。検索結果の根拠となるデータベースには、感情や感覚を考慮したクエリを再設計する必要がある。視覚がRGBでディスプレイできるように、他の感覚もデータさえ蓄積できれば出力できる。手触りや痛みだって、ディスプレイできる。感情はどうだろう。これには、空間の概念が必要。検索窓に奥行きを与えなくてはいけない。

検索窓が奥行きを獲得することで、(副次的にではあるが)人間は「測る」という行為から解放されることになる。人間の身体で示せる長さは、全て検索対象となる。要するに空間を空間として検索できるようになる。紀元前のメソポタミアで生まれた単位に、キュビットがある。肘から中指の先までの長さに由来する身体尺。国王の身体が基準となるから、王が代わるとうっかり基準値が変わる。これくらいの誤差があるくらいの方が、人間の感情は検索しやすい。

<初出:TV Bros. 2012年2月18日号>


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日本の教育に、拡張現実という名の窓を与える(前編)

小学校の授業に科目を一つ増やすなら? 雑な問題が、WOWOWから出題された。雑な問題には懇切丁寧に答えるのが、私の癖である。まずは現役の小学生が使っている現役の教科書を、全て購入することにした。しめて14,802円。義務教育は、お金で買えるし、買い戻せる。小学生諸君、うっかり教科書をなくしても絶望することはない。

国語・算数・理科・社会・家庭科・音楽・図画工作・道徳。我々の世代には存在しなかった教科、生活という科目もあった。エレファントカシマシの影響だろうか。中身を確認すると、「こうえんは、たのしいことがいっぱいだよ」「のはらでもあそびをたくさんみつけたよ」「あきって気もちがいいね」とか、書いてある。「火鉢」も「寄生虫」も「引きつる笑顔」も「死」も出てこない。きっと、何か別の文脈なのだろう。

ひと通り教科書を読み終えて、困った。国語の教科書がおもしろ過ぎる。茂木健一郎が後悔や未練という感情の必要性を説き、高畑勲が鳥獣戯画に潜む時間の流れを、漫画やアニメーションの源流である根拠を、具体的に示している。「ゆるやかにつながるインターネット」「生き物は円柱形」なんていう斬新な文章まであった。日本の国語教育は充実している。ここに何か手を加える余地はない。では、他の教科はどうだろう。これが、まるでつまらない。僕が受けていた時代の教育と、ほとんど変わっていない。安心した。ここに、新しい教科を持ち込む余白がある。

国語以外の教科書がつまらない理由、それは空気に触れる前提で枠組みを作っていないということだ。算数を算数の中で、理科を理科の中で、社会を社会の中でしか、考えていない。そこに空気を入れ換える窓が存在しない。私は「拡張現実」という新しい科目を提案することにした。

<初出:TV Bros. 2013年9月14日号>


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日本の教育に、拡張現実という名の窓を与える(後編)

私が提案する「拡張現実」という教科は、科目を科目の中で考えることを醜悪とする学問である。いままで学んできた科目を組み合せて、問題から考えなくてはいけない。

問:脳科学者の茂木健一郎さんは、 国語の教科書に掲載されたことで、 いくらもうかったでしょうか?

拡張現実的にこの問題を読み解くと、算数で国語を考える示唆であることがわかる。ユニークな着眼点。拡張現実は、まずこれを評価する。教科書に掲載された文章は書き下ろしであるから、出典元の本が売れるという直接効果は薄い。間接効果をどう計測するか。センスが問われる。私なら、ピクサーかドラえもん映画の声優オファーの有無を最初に測る。

問: だいきさんが12個、あおいさんが23個、 キャラメルを持っています。キャラメルが全部で何個あるか数えることで、誰が一番傷付くでしょうか?

道徳で算数を考えるということである。算数が無自覚であった、数えることで損なわれる価値について考えさせられる、いい問題である。答えが分かれるところも、いい。だいきくんは、あおいさんよりキャラメルを持っていないから、キャラメルを数えられることで、あおいさんよりは傷付くかも知れない。でも、数える当事者が、問題に名前さえ出て来ていない第三者で、エレファントマンみたいな風貌で、エレファントマンみたいに見世物小屋で育ったから、キャラメルというものを一度も食べたことがない。どれをどう数えたらいいか分からない。ずた袋の中で顔を強張らせて震えている。この場合、誰が一番傷付くだろうか。いい問題である。

日本の教育に、新しい教科書はいらない。拡張現実という名の窓があれば、それでいい。教育に窓を与えた瞬間、未来からも過去からも、光が差し込む。空気に触れる。拡張現実が、現実のものとなる。

<初出:TV Bros. 2013年10月12日号>


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<書籍情報>
川田十夢(著) 『拡張現実的』

発行:東京ニュース通信社 発売:講談社 
本体価格:1,500円+税

2011年4月〜2020年2月まで、雑誌「TV Bros.」でおよそ10年間にわたって連載されたコラム初の単行本化。通りすがりの天才・川田十夢が、言葉と文体によって事象の拡張を試みた文学的スケッチ。創作のアイデア、未来への提言、過去のサンプリング、現在芸術論、クールな時評からハートウォームなエッセイまで、膨大な思索が濃縮して綴られた高密度テクストの集大成。

かわだ・とむ●1976年生まれ。熊本県出身。通りすがりの天才。1999年にミシンメーカーへ就職、面接時に書いた「未来の履歴書」に従い、全世界で機能する部品発注システムやミシンとネットをつなぐ特許技術発案などを一通り実現。2009年に独立、やまだかつてない企画開発ユニット「AR三兄弟」の公私ともに長男として活動を開始。主なテレビ出演番組に『笑っていいとも!』『情熱大陸』『課外授業 ようこそ先輩』『白昼夢』『タモリ倶楽部』など。主な拡張仕事は、ユニコーンやBUMP OF CHICKENとのコラボレーション、真心ブラザーズのMV監督・出演、新海誠監督のアニメーション作品のAR化など多岐にわたる。現在はJ-WAVE『INNOVATION WORLD』のナビゲーター、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査員を務める。

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