見出し画像

【無料】 川田十夢(著) 『拡張現実的』 書評:松居大悟 「僕らにもわかりやすい表現を使いながら、前人未到の場所に向かおうとしている人を他には知らない」

テレビブロス本誌で連載されていた書評エッセイ「松居大悟の読むか読まれるか」が限定復活。今回はBros.booksより刊行された、AR三兄弟の長男・川田十夢の著書『拡張現実的』をテーマに、表現者としての自身にも向き合いながら、その魅力を読み解く。

『拡張現実的』を拡張

文/松居大悟(映画監督・ゴジゲン主宰)

孔雀が羽を広げたみたいだ。枕元にある本は、全てを悟ったように鼻を膨らませる自分に対して求愛行動をしてきていて、そうなると僕はメスということになってしまうんだけど。とにかく、読んだ後の自分は、なんだか人として色気が溢れた気分だった。気になる文章に付箋や折り目をつけているとあまりに多すぎて、だらしなく広がった本を少し文学的に表現してしまうぐらいに。

ブロス本誌の連載ではお世話になりました、松居です。著者の川田十夢さんとは、なんとなくJ-WAVEやTV Bros.ですれ違いながら、周りにいる人も好きな音楽もかなり近しい存在で、勝手に親近感を抱いていた。「松居くん好きだと思うから」と教えてくれたbedcover!!の音楽もど真ん中で。読み終わった後、そんな自分が恥ずかしくてたまらなくなった。通りすがらない本当の天才がそこにはいた。

何気ない書き出し、さりげなく本質を追求しながら、簡単に惹きつけられるエモい表現に走らず、文字通り現実を拡張しようとあくまで論理的に挑む。文系の自分は、粒子とか画素数とか言われてもよくわからなかったけれど、読んでみると、なるほど確かに膝を打つものがあった。膝を打ちすぎて、俯くと「あの時これを知っていれば」という真っ赤に腫れ上がった過去の後悔が溢れて、目の前のハイボールと一緒に飲み込んだ(こういうエモさに逃げないのが十夢さん)。

これがコレコレこういう感じで素晴らしいんだ、と自分の安易なエモを並べ立てても、イマイチ素晴らしさが伝わらない。なので、書評的な禁忌をやぶって、そのまま紹介しようと思う(こういうのは十夢さん的には逆にアリのはず)。では、今から広がった孔雀の羽の1つを掴んでパッと開いてみよう(例えを引きずってるのも僕の安さ)。せーの。

あーここか。ここすごいよな。18ページ。ネットの検索窓について。わからないから情報を得るために検索しているのに、検索で文字情報のみを必要とするのが矛盾している。だから、検索窓には気分を入力すべきだ。入力している時間、キーボードを叩く雰囲気、視点の動きや息遣いも含めて検索対象になるべきだ、その検索結果は情報ではなく手触りの羅列でも構わない、という。すごくないですか? 検索窓の在り方を疑ったことなんてなかった。自分は言語化できない感覚をテーマに作品を作ろうと思っているのに、なぜそこに気づけなかったんだと唖然とする。この唖然とした気持ちは、現存する検索窓にいくら入力したって辿りつくことはできない。

もう1つ、どうしても紹介したいのが138ページ。「小学校の授業に科目を1つ増やすなら?」というお題に『拡張現実』を提案している項目。拡張現実を一番わかりやすく文系的に説明するのはこれなのかもしれない。例として、「だいきさんが12個、あおいさんが23個、キャラメルを持っています。キャラメルが全部で何個あるか数えることで、誰が一番傷付くでしょうか?」という問題。道徳で算数を考えると提言するが、「傷付くか」という問題提起によって、すべての科目を超越して、国語で考えることも、社会で考えることも、図工で考えることもできる。僕だったら、数えながら誰かが傷付くのではないかと思うと、数えている自分自身に胸が痛み、キャラメルによって誰かが傷付くと知ってしまうと、美味しさを届けるはずだったキャラメル工場の人間が胸を痛めるのではないかと思ってしまう。「え、そんなところまで考えるんだ、かっけー」と同級生の声が聞こえて顔が緩む。教室での生徒たちの熱狂が目に浮かんだ。国語や道徳でも会得できない、意思を持った優しさや創意工夫。こういう無限の広がりを持った科目を教育課程に組み込めば、面白い世の中になりそうだ。

挙げた2つはほんの一握りで、こうした"当たり前の事象"を"現在進行形の概念"として捉えて、俯瞰してフカンして俯瞰して、僕らにもわかりやすい表現を使いながら、前人未到の場所に向かおうとしている人を他には知らない。言葉でねじ伏せようとしたってどうにもならないと書いていたけど、僕は言葉でねじ伏せられました。けど、良くないな、ただただ褒め続けてしまった。あの人は温厚に見えながら、売られた喧嘩は買う、相当負けず嫌いな人だ。罵声を浴びせるくらいの方が燃えるはず。

なんか気に入らないことを書こうと思うけど思いつかなくて、自分の本の宣伝でもしてやろうかと思う。『またね家族』という小説を書きました。読んで、あなたの孔雀にしてください。エモはエモでいいじゃないか、通りすがらない天才になれない凡人はそうやって叫ぶしかない。

タイトルは『拡張現実的』。装丁にお金をかけすぎて、売れるほど経済的に損をするかもしれないらしいです、この聖書は。あの人はどこに向かっているんだ。

※ 私見であり、著者の意図とはズレている恐れがあります。

まつい・だいご●延期になっていた映画『#ハンド全力』は2020年7月31日(金)全国公開。ナビゲーターを務めるJ-WAVE『JUMP OVER』が毎週(木)26時から放送中。2020年5月には初の小説となる『またね家族』(講談社)を上梓。

画像1

<書籍情報> 
川田十夢(著) 『拡張現実的』

発行:東京ニュース通信社 発売:講談社 
本体価格:1,500円+税

2011年4月〜2020年2月まで、雑誌「TV Bros.」でおよそ10年間にわたって連載されたコラム初の単行本化。通りすがりの天才・川田十夢が、言葉と文体によって事象の拡張を試みた文学的スケッチ。創作のアイデア、未来への提言、過去のサンプリング、現在芸術論、クールな時評からハートウォームなエッセイまで、膨大な思索が濃縮して綴られた高密度テクストの集大成。

かわだ・とむ●1976年生まれ。熊本県出身。通りすがりの天才。1999年にミシンメーカーへ就職、面接時に書いた「未来の履歴書」に従い、全世界で機能する部品発注システムやミシンとネットをつなぐ特許技術発案などを一通り実現。2009年に独立、やまだかつてない企画開発ユニット「AR三兄弟」の公私ともに長男として活動を開始。主なテレビ出演番組に『笑っていいとも!』『情熱大陸』『課外授業 ようこそ先輩』『白昼夢』『タモリ倶楽部』など。主な拡張仕事は、ユニコーンやBUMP OF CHICKENとのコラボレーション、真心ブラザーズのMV監督・出演、新海誠監督のアニメーション作品のAR化など多岐にわたる。現在はJ-WAVE『INNOVATION WORLD』のナビゲーター、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査員を務める。


【 新規登録で初月無料!(※キャリア決済を除く)】
豪華連載陣によるコラムや様々な特集、テレビ、音楽、映画のレビュー情報などが月額500円でお楽しみいただけるTVBros.note版購読はこちら!


6月分の全記事は、コチラの目次から見ることができます!



みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

TV Bros.note版では毎月40以上のコラム、レビューを更新中!入会初月は無料です。(※キャリア決済は除く)