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【6月号 特別企画】大会場はあなたの中に…妄想プロレス観戦記その2 棚橋弘至(新日本プロレス)【コラムフェスティバル②】

世界中が未曾有の事態となったコロナ禍にあって、それまでに再びブームとなって活況を呈していたプロレスも大会開催の自粛、中止を余儀なくされた。「ステイホーム」が叫ばれ、プロレスファンは家で過去の動画を観てプロレス欲を発散するしかない日々が続いた。しかし、もう我慢できない。
プロレスが観たい。
今回の「コラムフェスティバル」は、執筆者の頭の中で繰り広げられたプロレスを、活字で展開するものである。
第2回は、現役プロレスラーにして「100年に一人の逸材」、「太陽の天才児」と呼ばれる新日本プロレス・棚橋弘至が執筆。プロレスラーである以前に、熱狂的なプロレスファンであった彼だからこそのファンタジーが、今ここに現出する。

文/棚橋弘至(新日本プロレス)

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(C)新日本プロレス

<プロフィール>
棚橋弘至(たなはし・ひろし)●1999年10月、新日本プロレスでデビュー。キャッチフレーズは「100年に一人の逸材」。新日本プロレス最強の証であるIWGPヘビー級王座最多戴冠記録や、G1 CLIMAX優勝3回など輝かしい記録を飾る。現在の新日本プロレスのV字回復の立役者の一人。バラエティ番組への出演や映画主演などリング外でも活躍。
新日本プロレスワールドにて、過去試合やオリジナルのトーク番組などを配信中。
Twitter https://twitter.com/tanahashi1_100

「夢と夢の対決」
武藤敬司VS小橋建太


キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン♪
「伊藤くん、やろうぜ! ジャンケンプロレス」「またかよ棚橋」「いいじゃん、やろうぜ! ほら、はい、ジャンケンホイッ!」
僕は高校生のとき、授業が終わるとプロレス技をかけあって遊んでいた。ジャンケンで勝った方が、やりたい技を相手にかける。ただ、できる技は少ないから4の字固めとかコブラツイストとか。
プロレス仲間は2人いた。全日本プロレス推しの近藤くんと、新日本プロレス信者の伊藤くんだ。彼らはときどき口論になった。
「小橋のムーンサルトプレスの方がダメージでかいって! だって上に飛ぶやろ?」「違うんやて! 武藤はスピードが速いしさ、お前、武藤の若いときのムーンサルト見たことあるんかて!? 空中でグワーンって加速するんやぞ!」「え、でも小橋のムーンサルトの方が重そうやん」
2人の議論は終わりそうになかったので、僕が間に入る。「まあまあ、どっちもカッコいいじゃん」。けど、何の解決にもならなかった。そして、怒りの矛先は僕に向けられた。「棚橋! お前は小橋と武藤、どっちが好きなんやて?」「ん~(一番最初に好きになったのは小橋さんやけど、これを言うと角が立つかな)…どっちも好き(笑)」「それじゃ話が終わらんやろーがー」
高校時代の懐かしい思い出だ。

プロレスのビデオを観るか、受験勉強するかの二択生活を経て、僕は大学へ進学した。そこでプロレス同好会に巡り合い、さらにプロレス熱が加速する。
1997年、新日本プロレス京都大会。「試合前、体育館に併設されているトレーニング室へ行けば絶対誰か選手が来ているはず」と予想した僕の考えは正しかった。ジムで練習していると、向こうから大きな人影が歩いてくる。「あ、あの歩き方は…キター!」近くで見ると、一際大きい武藤選手だった。帰りに写真を撮ってもらったのを、翌日サークル仲間に自慢した。これが僕と武藤さんの最初の出会いだった(向こうは覚えてなかったけど)。

1999年、在学中に新日本プロレス入門テストに合格していた僕は、卒業と同時に上京した。高校のときのプロレス仲間にも「絶対、デビューするから」と鼻息荒く新幹線に乗り込んだのだった。
厳しい練習を経てなんとかデビュー。ほどなくして付き人をやることになった。そう。高校生のときから超憧れていた武藤さんの付き人だった。
武藤さんとは何度も食事へ行ったり、飲みに連れていってもらったりした。ジムで一緒に練習もした。同じプロレスラーになったにもかかわらず、武藤さんと一緒にいるときは気持ちがフワフワした。
僕は順調にキャリアを重ねていった。そうして迎える2009年1月4日の東京ドーム大会で、憧れであり、師匠でもある武藤さんとのタイトルマッチがメインイベントで組まれた。「夢じゃないよな…いよいよ明日か…」と誰に言うでもなく、呟いていた。ほどなくして僕は眠りに落ちた…。

朝起きてからのルーティンは決まっている。犬の水を換え、洗濯物を取り込み、トイレを掃除する。タイトルマッチのときもそれは変わらない。いつもと同じことができているのは、それだけ平常心だということだ。
家を出る。5階からエレベーターで降りようとした…点検中だった。仕方なく階段で降りようとしたとき、その一足目を豪快に踏み外した。

ウワァァァー!


意識が戻ると僕は傷だらけだった。4階まで転がり落ちたのだった。
「えっ何で!? 脚が動かない? 折れてる? 今日の試合は? 無理? なんで! 大事な試合なのに! 東京ドームのメインイベントなのに! あぁぁぁー!」。
僕は事態が飲み込めず絶望のあまり絶叫していた。でも、取り敢えず連絡して、ドームには行かないと…。

タクシーでドームに到着したが、関係者は青ざめ、怒号が飛び交っていた。メインイベントの責務を果たせない…。「何をしているんだ、オレは」と涙が頬を伝った。
そのときだった。不意に肩を叩かれた。振り向くと、そこには小橋建太選手が立っていた。「僕が代わりに出るよ」と、ニコっと笑い、その場を立ち去って行った。

「え! え? なんで小橋さんが? オレの代わりに…ということは東京ドームのメインイベントは<武藤vs小橋>!? えーーー! ずっと観たかったカードじゃん!」

東京ドーム大会開始後、アナウンスで棚橋の負傷欠場が伝えられた。「えー!」というどよめきは一瞬で沈黙に変わり、この大会はどうなってしまうのだろうという空気が会場を支配した。しかし、次の瞬間、東京ドームが爆発した。「ウォォォー!」地鳴りのような大歓声が起こった。

棚橋に代わって小橋建太の挑戦が発表されたからだった。

僕がプロレスに熱中し始めた高校生の頃。新日本の三銃士。全日本の四天王。その中でも1番好きだった選手同士の試合が、これから始まろうとしていた。自分がケガをした事も忘れてしまうほどの高揚感だった。
両選手の入場は、ドームが張り裂けんばかりの大歓声に包まれ、いよいよ運命のゴングが鳴った。

静かに間合いをはかる武藤。ロープを使い軽快に跳ねるだけで、どよめきが起こる。一方、小橋は、いきなり逆水平の構え。ファンの期待感は、いきなり最高潮に達していた。  
ファンはその一挙手一投足を見逃がすまいとリングを見つめる。至極の空間だ。
試合が動いたのは中盤だった。小橋の逆水平連発で武藤の動きが止まる…かと思いきや、カウンターの低空ドロップ一閃。小橋も膝に爆弾を抱えていることは、みんなが知っていた。小橋も負けじと膝に逆水平を放つ。お互いのウィークポイントを攻め合いながら、試合はクライマックスへと進んで行った。
試合が進むごとに、その夢の空間を惜しむように大きくなる歓声。未だかつて、こんな大きな歓声は聞いたことがないほどだった。
先に仕掛けたのは小橋。垂直落下系の技を連発! 動きが止まる武藤。そうして小橋は拳を熱く握りしめた。
「出る! 小橋のムーンサルトだ!」会場中が分かっていた。僕は思わず叫んだ。
「小橋ィィィー!」
コーナーから飛んだ小橋のムーンサルトは高く大きな弧を描いた。「決まる!」と思った次の瞬間、間一髪、武藤が動いた。ムーンサルトをかわされた小橋は、膝を抑えて動きが止まる。
距離を取った武藤。起き上がり際の小橋にシャイニングウィザードが決まった。しかし、カウントには行かない!「そうか! ムーンサルト狙いだ!」終盤にもかかわらず、素早くコーナートップへ。そして、繰り出された武藤のムーンサルトプレス!
またしても僕は叫んだ。
「武藤ォォォー!」
決まって欲しい気持ち半分、まだ続きが見たい気持ち半分だ。でも、叫ばずにはいられなかった。これが決まれば試合が終わる! スローモーションのようだった。コーナーから飛んだその姿はとても美しい弧を描き、小橋の体に落ちていく…。
「ああ! 決まる! あぁぁぁー!」


ジリリリリリー! ジリリリリリー! 耳元で目覚まし時計が鳴り、けたたましい音で跳ね起きた。
「え! えっ!? え!! 夢?」
「えーっと、えーっと、今日は東京ドームで…武藤さんとのタイトルマッチで…相手はオレで…」
「ふぅ、それにしても<武藤vs小橋>って、すごい夢見たな。メッチャ盛り上がってたし…プレッシャー半端ないじゃん!」
学生時代から夢にまで見た武藤選手との試合を前に、夢の中で見た小橋選手のムーンサルトに奮い立った。

夢を夢で終わらせないために、そして、これからも、皆さんにプロレスを楽しんでもらえることを夢見て…。
よし、全力で行ってきます!

1.4東京ドーム大会メインイベント
IWGPヘビー級選手権試合
武藤敬司 [ 試合継続中 ] 小橋建太

「妄想プロレス観戦記」の全記事は下記より!

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