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”緊急事態”のなかで、やるようになったこと、やらなくなったこと。 「労働の奴隷から休息の奴隷へ」 松永天馬(アーバンギャルド) 【6月号特別企画】

企画・構成/おぐらりゅうじ

およそ2ヶ月前の4月7日、政府により緊急事態宣言が発出。これにより、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、外出の自粛や、いわゆる3密の回避が求められ、人々の生活様式やコミュニケーションのあり方にも大きな変化をもたらしました。

また、切迫した状況下における、政府の指針や関係各所の対応、さらには(SNS上での振る舞いも含めた)人々の言動や態度などを目の当たりにし、根本的な生き方や考え方を見直した方もいるでしょう。

そこで、今回のコラム企画では『“緊急事態”のなかで、やるようになったこと、やらなくなったこと。』と題して、多方面の方々から「やるようになったこと」と「やらなくなったこと」をテーマにご執筆いただきました。

第1回は、ミュージシャンであり作家でもある、松永天馬さんです。

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まつなが・てんま ● 1982年8月12日、東京生まれ。音楽家、作家、ときどき俳優。2011年に“トラウマテクノポップ”バンド「アーバンギャルド」のヴォーカル/コンセプター/リーダーとしてメジャーデビュー。2015年に発表した短篇集『自撮者たち』(早川書房)で作家活動を開始。2017年にはアルバム『松永天馬』でソロ活動を本格化。2018年、初の長編映画『松永天馬殺人事件』を監督・脚本・音楽・主演を務める。2019年、タワーレコード内にプライベートレーベル「TEN RECORDS」発足。第1弾としてセカンドソロアルバム「生欲」をリリース。

労働の奴隷から休息の奴隷へ

やるようになったこと

 突っ走りながら生きてきた。大事な手紙も流し読みして、頭をぶつけながら曲を書き、あり合わせのアイデアでMVを撮り、持ちうるだけの武器を使ってライヴをし、俳優仕事があれば経験もないのに役を演じ、書きませんかと持ちかけられれば小説を書き、仕事は基本断らず、目の前の壁を越えることだけで精一杯の日々を送ってきた。が、新しい生活様式における新しいウィルスは「ちょっと待て」という。僕(および人類)に「たまには家でゆっくりしろ。金なんか稼がなくたっていい。可能な限り慎ましく、地味に暮らせ」と言うのである。僕は立ち止まった。振り返って、これまでの自分の足跡を仰ぎ見る。微笑ましくもがさついた走りであった。僕はウィルスの命令に従い、少し休むことにした。労働の奴隷から休息の奴隷へ。二十四時間営業からスリープモードへ。これは自省なんかじゃない。あくまでタイミングだ。

 振り返ったとき、自分は何者かと問うことが増えた。一応知る人からはミュージシャンとして認知されているが、自分では「なんちゃってバンドマン」という免罪符に縋ってはいなかったか。或いは「サブカル」でもいい。「サブカルバンドマン」という妖しくも蠱惑的な響き。しかし、そんな詐欺師のような出で立ちだって十年以上食ってきたのだ。そろそろ自虐的な呼称はやめようぜ。君はもう普通に、まっとうに「ミュージシャン」だ。より音楽的になりたいと思った。やや硬く言えば、ミュージシャンの身体性を獲得したいと思った僕は、ふと思い立ちアマゾンで一万五千円のアコギを注文。翌週には手に取っていた。ああ、ギター。一般的にはバンドの花形だが、音楽的にも性格的にも捻くれた僕は一度も弾きたいと思ったことがなかった。ギターはおろか、ステージで楽器を弾いた経験もほぼ無いのだ。そんな僕がいま、ギターを手にし、最初の音を奏でた。Gの音が出た。Cの音も指が突っ張るが何とか出た。Dの音は濁る。バレーコードなど音すら鳴らない。そんな僕がいま、毎日拙いギターを弾いて、演奏動画をユーチューブにアップし続けている。やっとミュージシャンに「なれた」のだ。

 しかし相変わらず、ギターに対する偏愛はない。ちなみにヴォーカリストだが、マイクに対しても同じくだ。モノの良し悪しを知らないということもあるだろうが、僕は恐らく音楽が纏っているattitudeには興味がないのだろう。表現手段であり、それ以上でも以下でもなかった。ギターが弾けるようになりたいというよりは「腕がもう一本あったらいいな」みたいな感じ。自分と自分でセッションしたいみたいな。人と会っていないから、自分のなかの内なる他者と話がしたかったのか?

 ちなみにDTMも再開したが、一人遊びで出来ることは増えつつある。世のミュージシャン個人のSNSや配信技術も著しく向上している今日この頃。あなたは自分とお話していますか? 創作は限りなく自瀆に近いと言えますが、それを誰かに届けたいといつも夢見ている限りにおいては紛うことなき「行為」です。

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やらなくなったこと

 人と会う、外出などもそうだが、目覚ましをかけなくなった。元々夜型で、フリーランスだけに仕事の時間も決まっておらず、睡眠時間が乱れることは多かった。それをスマホのアラームで無理やり矯正していたわけだが、イベントなどの外仕事が一通り飛ぶと、本当に好きな時間に寝て起きるようになってしまった。内仕事は時間が決まっていないものが多いため変わらずスムーズにこなせるものの、ステイホーム初期は乱れに乱れて昼前に寝て夕暮れに目を覚ます吸血鬼時間に突入。更に乱れて最終的には一周回って早起きになり老人時間に突入。今はそこから更に少しズレ、目覚ましをかけなくても自然に目を覚ますようになってしまった。この「自然に眠くなり、自然に目を覚ます」という人間らしい生活を不自然の権化たる僕は長らく出来なかったのだが、それこそ自然と出来るサイクルに突入したわけだ。思うに、ストレスが少なくなったことが関係あるだろう。映画の撮影日前日など、夜型の人間なのに始発に乗って現地集合など多く「明日起きれなかったらどうしよう」というストレスで余計に眠れなくなったものだが、それも無くなった。ライヴ前日の緊張感なども。

 ストレスは健康の敵だと言われるし、それは間違っていない。が、或る程度のストレスが仕事の効率を上げるのは確かだ。殊に我々のような仕事は、ライヴでもレコーディングでも取材でも撮影でも緊張の連続、これを受け止めずリラックスしてやったほうが成果が出る、緊張しないことを掲げる演者もいるが、実際にはややピリッとしたぐらいの空気感は必要なんじゃないかと思う。それで健康を害すとしたって、こんな職業で健康を気にしてもね。少しは気にするけどね。というわけで、現状僕にとっては毎日あげるギター演奏動画が自分に適度なストレスを与え続けている。人前に立つのは相変わらず疲弊するが、それが気持ちいいからずっとやり続けているのである。ストレスは気持ちいい。それがたとえステージの上でなく、自宅からの配信であっても。

 ちなみに、睡眠時間が増えたからか、夢もよく見るようになった。これまでは「仕事に間に合わない」「ライヴが始まってしまうのにアクシデント」「セリフを覚えてない」系のストレスフルな夢をよく見ていたが、チルアウトしきった、恥ずかしいぐらい甘い夢を見るようにもなった。内容はここには書けません、青すぎて。

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(了)

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