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人は年を取ると楽器になる【岩井秀人 連載 1月号】

いわい・ひでと●作家・演出家・俳優。松たか子×神木隆之介×後藤剛範×大倉孝二で開催した岩井秀人プロデュース「いきなり本読み!」が、3月にWOWOWで独占放送決定。

さて、紙媒体としてのTV Bros.時代からこの連載を書かせてもらって、もう何年経ったのだろう。

DropBox内のBrosコラムを探すと、最古のものが2013年のものとなっている。当時のことを振り返ってみると、劇団の代表作「て」で全国7箇所ぐらいを旅公演している。けっこう、絶好調の時だ。こうなると、「なんだ、順調な時か……」と、なんとも言えない気持ちになる。やはりここに書くのは大体、自分が人生にてこずっていたり、恋愛で幻覚を見たりといったものになる。

しかしもう40代も中盤を過ぎ、そういった「人生って色々あって基本酷いけど、笑っていこうよね!」は、後進に譲るのも手である。作家活動として自分自身のことを描き、演劇にしてきたわけだが、その道は「ゆうめい」の池田亮がより酷い感じにして受け継いだし、なにより僕自身に強烈なモチーフがなくなってしまったわけだし。

ということで、8年前と今との「違い」のようなものを並べてみたいと思う。

8年前というと、男岩井もまだ30代である。まだかなり体の無理も効く。徹夜が続くのはかえって興奮材料になるような時期である。現在は、徹夜は恐怖でしかない。徹夜自体が恐怖なのではなく、徹夜の後に1~2週間続く「なんか具合悪い」が恐怖なのだ。具合が悪いと精神状態も良くなく、ちょっとしたことにもイライラするし諦めるし嫌になっちゃう。お尻の穴からお尻の穴が出やすいのも、徹夜が続いた後だ。

そういった自分の傾向というものを、30代から40代にかけて老いぼれながら理解していったのだと思う。年齢に限らず「頑張れない」という人の気持ちが理解できるようになった。これは20代・30代の頃の岩井には全く理解できなかったことなので、体力と精神力を失った代わりに「他者と生きていく人生」として必須のものを手に入れたとも思える。

若い時はとにかく「年を取ること」が嫌だった。汚くなり、弱くなり、一人になっていく、そういった印象が強かった。

それはある意味本当で、ある時自分が「おじさんの匂い」になっていることに気づいた時のがっかり感はなかなかのものだ。そして上に書いたように弱くもなる。さらに言えば、「すぐ声が出ちゃう」ようになる。少し力を入れるとか、体をひねるとか、単に立ち上がるだけでも、「ぅあ」とか「っすょ」みたいな声を自然と奏でるようになる。「人は老いると楽器になる」と誰かが言っていた。誰も言ってない。私岩井が社長を務める「WARE」の唯一の社員であるSさんが、20代にもかかわらず、立ち上がるたび座るたびに「よっこらせ!」と全く文字通り発するのだが、数ある志望者の中でSさんが採用された大きな理由なのかもしない。なんなら「よっこらせ~の、せ!」と言ってる時もある。

話が横道に逸れてしまったが、そのように「年を取る」ということで実際に肉体は弱くなる。そしてヤング岩井が恐れていた「一人になる」についてだが、それは感覚として、若い頃に予想していたものとはギャップがあるように思える。

孤独というものは比較であって、例えば家にいっぱい人が遊びにきて一緒にゲームをしてギャーギャーやった後、友達が全員帰って部屋に自分一人が取り残され、みんなが食べ散らかしたお菓子の袋とかが風に揺られていたり、なんかまだ聞こえてきそうなみんなの笑い声の残響のようなものを感じている間に、より強く沸き起こる。もう二度と取り戻せないその時間や笑顔を探してしまい、傷つく。それ自体は自分が若かろうが年を取ろうがあまり変わらない。

今でも、散々稽古してギャーギャーやって、ビビりながら本番を迎えて、本番をしつつ毎日稽古をして、2~3千人と言うお客さんが出入りして、ということを繰り返した千秋楽を終えて舞台もバラされた後の劇場の雰囲気というのは、何と形容したらいいのかわからない。あれだけガヤガヤしていた劇場ロビー、爆笑したり水を打ったように静まりかえったりを繰り返していた客席、テンパった俳優が変な衣装のまま小道具を取りに突っ走っていた楽屋エリア、これらも賑わいの残響だけが亡霊のように行き来している、単なるコンクリートやゴムや石工ボードの塊になってしまう。

何を話していたんだっけ? そう、孤独のことである。

つまり、そういった賑わいと沈黙、「盛衰」のようなものをひっくるめて感じるようになる、ということなのかもしれない。若い頃はその瞬間の孤独が永遠のように感じ、その瞬間に「もし友達が今、何人かで集まってめちゃくちゃ楽しそうにしていたら」というようなことをわざわざ想像して苦しんでいたわけだが、そういった想像もしなくなった。「寂しいのう」と言ったのち、「次、何しよっか?」である。

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