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エボラ出血熱の危機から学ぶ、いま私たちにできること(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第25回
"Crisis in the Red Zone: The Story of the Deadliest Ebola Outbreak in History, and of the Outbreaks to Come"(レッド・ゾーンの危機:致死性エボラの歴史、そして来るべきアウトブレイク)
by Richard Preston(リチャード・プレストン)2019年7月発売

新型コロナウイルスのパンデミックはいずれ収まるけれど、別の新興ウイルス(emerging virus)はいつかまた現れる。

将来の人たちが学ぶであろう歴史をリアルタイムで生きている私たちが、過去に起こった感染症危機の事例から学べることはなんだろうか。

本書"Crisis in the Red Zone"は、2014年に西アフリカの数ヶ国を中心に流行したエボラ出血熱についてのノンフィクションである。

なお、本書の存在は、『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリがTIME紙に寄稿した記事の中で紹介していて知った。ハラリは他にフィナンシャル・タイムズ紙にも新型コロナウイルスについての記事を寄稿している。

1976年の「ソーシャル・ディスタンシング」

著者のリチャード・プレストンはノンフィクション作家で、同じくエボラ出血熱について取材した1994年刊行の『ホット・ゾーン』はベストセラーになった。同作は映画『アウトブレイク』のモデルでもある。日本語版は絶版となっていたが2020年の5月に復刊されたばかりだ。

本書"Crisis in the Red Zone"はその続編にあたる。

インタビューで聞いた内容をもとに、まるで小説のように登場人物の心情や行動を描写するのがプレストンの手法だ。ただし、よりパニック小説に近い内容の『ホット・ゾーン』に比べて、本書の方がいま読むには適しているかもしれない。

たとえば本書では2014年の流行からさかのぼって、エボラ出血熱が最初に発見された1976年の中央アフリカ地域についても描く。

脳と内臓を溶かして体中から血が滴るエボラ出血熱に対して、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の民衆たちは、いにしえの掟(Ancient Rule)と呼ばれるルールを守った。「発症した人間には触るな」「どんなに愛しくても死者を抱きしめずにすぐに埋葬しろ」などのルールは、今で言う「ソーシャル・ディスタンシング」を、より徹底的で、より無慈悲で非人道的にしたものだ。

プレストンは言う。「いにしえの掟」は、人間の尊厳に反する行動を強いる掟だ。けれども、ウイルスは人間の事情など考慮しない無慈悲な存在だから、人間がウイルスを封じ込めたいならば無慈悲に振る舞わざるを得なかったのだ、と。

近現代になって科学的な予防法や治療薬の開発が進み、かつての社会が疫病に対して行っていたような非人道的な対策はとられなくなった。けれども、人間の「情」と、社会的なウイルス封じ込め対策との間に緊張関係があることは、世界中がいま経験しているのではないだろうか。

生物圏と「ウイルス圏」

プレストンは、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が始まった後のインタビューで、今回のパンデミックを「100年に一度の事態」といった呼び方をすることに警鐘を鳴らしている。

そもそも、人間や他の動植物が暮らす生物圏(biosphere)は、大量のウイルスと共存関係にある。このウイルスの世界は、biosphereとの対比で、virosphereと呼ばれる。そのほとんどは、まだ種類が解明されていないウイルスだ。

エボラウイルスは西アフリカの熱帯雨林に生息していたコウモリに由来するが、世界的に熱帯雨林が減少するにつれて、これまで動物が宿していたウイルスが人間に伝播する「チャンス」は広がっている。また、都市人口の増加やグローバルな人の移動の増加は、ウイルスが短期間で広範囲に拡大する機会も与える。

そして、前述したハラリの記事でも紹介されているが、こうした拡大はウイルスが変異をする可能性も高める。

無数に繰り返されるウイルスの複製と変異

エボラのようなウイルスは、人間などの宿主の細胞に寄生して、遺伝コードであるRNAを設計図として、自らの複製を作り始める。

この複製を行うときの「エラー」が変異だ。ウイルスの複製と変異との関係は、見えない巨大な生物学的パチンコ(biological pachinko machine)のようなものだと本書は述べる。人体への浸透をより容易にする「当たり」をめがけて、何千兆ものパチンコ玉がランダムなテストを繰り返している生物機械である。

「マコナ株」と呼ばれるエボラウイルスは、最初に発見されたものに比べて人間への感染力が4倍の高さであった。ただし、エボラウイルスを構成する2万弱のゲノム文字列のうち、他のエボラウイルスと異なる文字列は1つだけである。たった1文字の変異が、鍵穴にちょうど良くフィットするように、人間の細胞にエボラ分子が結びつくことを容易にしたのだ。

「どうしようもない」で済ませてはならない

さて、エボラ出血熱は潜伏期間が短く致死性が高いため、COVID-19のように世界的な蔓延には至っていない。ただし、本書刊行時点で、ワクチンや臨床試験の開発は進んでいるものの終息宣言は出されていない。

本書では抗体治療剤を開発して規制の壁に挑む科学者や、感染現場の最前線で治療にあたる医療従事者の姿も描かれる。

そうしたストーリーを読んでいると、当たり前ではあるのだが、誰かの行動や決断の結果によって感染症に人間がどう対処するかが決まっているのだと思わされる。

コントロールできない事が多すぎると、人間は「どうしようもない」と思いがちだ。けれど、マクロな政策の決定からミクロな個人の行動まで、誰かの具体的な決断が、現在と将来の社会を形成している。ある国の感染症拡大が他の国と異なる結果を招くのも、経済的な補償の規模や質やスピードが異なるのも、それを招いた具体的な行動と決断があったはずなのだ。

リチャード・プレストン著"Crisis in the Red Zone"は2019年7月に発売された一冊。ウイルスは変異をするが、人間だって変われるはずだ、と本書の終盤でプレストンは語っている。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。ツイッターはこちら

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