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「烏の巣」外伝2 Renn weg:逃げろ


警備者の誘導についていくとどんどん空気が重たくなっていく。
屋敷と同じ感覚だ。
「ここで待ってるように。」

そこは地獄だった。

「なんだ、これはっ…。」
周りにいる人、全員の目が死んだように暗く
光がない。
どこもかしこも赤く汚れた壁で、中の人を押しつぶすような
異様な気を発していた。
「少年よ、逃げなされ…。早く……。」
年老いたお爺さんが忠告してきた。
こんなに世界は変わるのか、そんなにここは危ないのか。
僕は唖然とした。
「は や く…。」
「お爺さん!」
すると
「こっちに来い。」
さっきの警備者に僕は呼ばれた。
「待って。このお爺さんを丁重に弔わせて。」
「やっておく。」
「僕が弔いたい。」
「お前はこっちが先だ、侵略者。」
そうして僕はお爺さんから引き剥がされ一つの部屋に連れて行かれた。
「お前か、大騒ぎだったんだぞ。」
そこには科学者らしき人が待っていた。
「博士、お願いします。」
「君たち保安官も大変よの。こんなのがうじゃうじゃ。」
「その通りですよ、ああ。休暇が待ち遠しい。」
「うむ、そうじゃな。今回の休暇は特別手当を出すように進言しておくよ。」
「本当ですか!ありがとうございます、博士。じゃあこいつ、お願いします。」
「分かった。ご苦労!」
[ガッチャン!]
扉が閉まった。

「さて、お前はなんで審査をすっぽかしたのかな?」
どうやら僕は聴取を受けるみたいだ。
「いろいろあって。」
「ほう、いろいろ。何がかな?」
「…。僕のファイルを見たらわかるよ。」
「ファイルがあることを知っているのか。なかなか賢いの〜。」
「普通だよ。」
「反抗期か。可愛いのう。」
「うるさいぞ。さっきから。」
「そうか、待てないか。分かった。始めよう!」
そう言って出てきたのは真っ赤に染まった酸素マスク。
「すまんね、新しいのを買うお金がなくてな。」
様々な機械が僕に取り付けられていく。
無駄に科学の知識があると使い方が少しわかる。
恐ろしい器具ばっかりだ。
「それ、違う。」
「ん?なんだ小僧。」
「それは本来そんなふうに扱わない。」
「ほう、いやー。賢いな!」
そいつはケラケラ笑ったがその器具を正しく扱おうとはしなかった。
だいたい想像がつくことは尋ねてもしょうがない。
それより聞き出したいことがたくさんある。
「審査を通らなかったものをどうするんだ?」
「小僧は科学の知識が多少あるようだ。よし!特別に同じ道のものとして
教えてやろう。審査を通らない馬鹿者にはこうするんだ。
まずある液体を流し込み、血を吐き出させる。これはこちらのとても
大切な貿易材料だからな。
そして反省していることを表す数値がこちら側の基準値を超えたら
晴れて、釈放!」
「超えなかったら?」
「それを聞くな。少年。」
「血で貿易しているのか。どこと?」
「お前が体を置いてきた所とさ。」
「そんな馬鹿馬鹿しいことをしていたのか。」
「そうだ。私のことを最初はマッドサイエンティストだと思っただろう。
だが、私はお前のいた所の方がもっとマッド。狂ってると思うがね。」
「そうかもしれないね。おじさん。」
「液体を注入するぞ、少年。」
「はい。」
[チクッ]
[チュー]

「お前が一番暴れなかった馬鹿者だよ、少年。
責任の取り方を知っているようだ。」
「まあね。」
「ここにくるまでに見ただろう。人々のあたたかさを。そして
あの、血生臭い地獄を。あそこが一番この世界で汚れている場所だ。
あの爺さんは丁重にこちら側で弔う。
保安官どもの休暇はとりあげだ!ガハハハハハっ!」
「そんなことしていいの?」
「ああ、お前を気に入ったよ少年。」
「ありがとう。おじさん。名前は?」
「マスチーユ。マスチーユ・サロンだ。」
マスチーユ・サロン。ドラゴンの父親だ。
「そうか。出会うべきして出会ったんだね。」
「そうなのか?少年。」
「うん。……ガハッ!ウグッ、ゼエゼエ。」
僕は液体の効果からか血を吐き出した。
鼻に血液が付着してくる。
口の中は鉄の味でいっぱいだ。
「よく頑張ったな。基準値を超えている。釈放だ。」
そう言ってマスチーユは僕を解放してくれた。
「この血は私が保管する。奴らには渡さん!
また、会おう。心なしかお前は私の息子によく似ている。
ありがとう、少年。」
「ありがとう、マスチーユおじ様。」

おじ様に教えてもらった通路から外に出ると
やっと大都市の中に入ることができた。
どこもかしこもビルで、旗が掲げられ華やかな雰囲気だ。
「これから、大祝がパレードが行われます。車や交通機関の侵入は
制限されますので大変申し訳ありませんが、ご了承ください。
それではお楽しみください!!!」
アナウンスからも周りの観衆の声からも
楽しみにしていることが伝わってくる。
「素晴らしいわ!お祭りよ!!」
「いつぶりだろうか、楽しみだな!」
[パーン!パパパーン!]
突然吹かれた盛大なラッパの音が人々をさらに
興奮させる。
「キャー!!」
なにかの凱旋だろうか。
馬に乗った兵士が道いっぱいに溢れている。
「クリアン様ー!!!」
ひときわ大きな歓声があがった。
「キャー!クリアン様よーっ!」
「お美しいわ!」
人目で階級が高いものとわかる勲章を胸に
男が凱旋してくる。
手を挙げ歓声に答える姿は勇敢な戦士だ。
「若いの。そこの若いの!」
誰かが僕の裾を掴んで揺すった。
「はい?」
振り返ると腰が直角に曲がったおばあさんがいた。
「そなたは、歓声をあげないのか?」
「うん。よくわかんなくって。」
「そうか、こんなのに歓声をあげる奴らの心はわしにもわからん。
ケッ!アイツらはな、血を売って儲けるために
わざと戦争を起こしたんだ。血が流れることがアイツらの
生きがいなんだよ。」
(戦争を起こしたっ!?そんな馬鹿な。)
「嘘だ。」
「嘘じゃないさ、若いの。現にほれ見ろ、馬が引いてくる馬車の中身を。」
そう言われ僕が身を乗り出すと
馬車の中身が見え隠れし、その中身が透明の美しいガラス瓶に入った
血だということもわかった。
「そんな…」
「分かったか。これがここの潤いの源だ。」
そういっておばあさんは涙を浮かべ馬車に手を合わせ
去っていった。
僕もその後姿を見送ると真似て手を合わせた。
この国は決して楽園なんかじゃないんだ。
作られた幸せに気づかない、
ただのテーマパークなんだ。

裏路地を走って中心部のガラス張りの建物に近づく。
大きな塔のような建物だ。
その塔の上にいつのまにかあの男が立っていた。
「始まるわ!!」
「クリアン様ーっ!!」
歓声があがり大きなクリアンコールが起こった。
それを手で制するとクリアンは何かを手に取り
塔の屋根部分に投げつけた。
するとみるみるうちにガラス張りの透明な塔に
赤い血が流れ出した。
塔が真っ赤になるパフォーマンスか。
(くだらない。)
「これで、この国に住む皆様は永遠に辛い思いは
しません。いや、させません!!!」
{クリアン!クリアン!クリアン!}
クリアンの演説は盛大に祝福された。

塔の中に入りたい。
どうすればいい?
塔は赤く変わり果て
群衆のいる道路にまで血が流れ出した。
それを人々は嬉しそうにかけあったり、
泳いだりしている。
最低だ。
僕は我慢できなかった。
全速力で駆け出し、誰かが忘れていった
ハンドバックを手に取ると
血に浸し祈る。
するとハンドバックはスケートボードの容量で滑り出す。
そのまま、塔の壁に到達すると一気に上へ上がった。
前世の技能がここでもできてよかった。
何人かが気づいたのかざわめきが広がっていく。
そして、クリアンの元までたどり着いた。
「何だ、少年。」
「誰かが傷ついて流した血を何だと思っているんですか。」
「有益な貿易材料と思っているよ。」
「その考えは変わりませんか?」
「何を言っている。当たり前だ。」
「じゃあね、見ててください。」
僕は彼の目を見たまま、右足を1回
踏み鳴らした。
すると、さっきまで流れていた血は
みるみるうちに固まり、銀色になった。
群衆が騒ぎ出す。
そして、暴徒とかした。
クリアンも目を見開き怒りの形相で僕を睨んだ。
「君は自分が何をしたのか分かっているのか!」
「はい、分かっています。」
「なら、どうしてくれる!この国は血が全てを決めてるんだぞっ!?」
「それがおかしいと言っているんだ!!
僕がさっきまでいたところはそんなことなかった!」
「ああ、荒れ地に行ったのか。あそこは負け犬やルール違反が
住んでいる場所だ!せっかく死んで楽園に来れたのにな、かわいそうに。
もうすぐ地獄行きになる連中だ!」
その声に呼応して群衆の嘲笑う声が大きくなる。
「我々は違う。神のご加護を受け、ここを任された。
この楽園をだ!」
「じゃあ、神の判断違いだね。君たちは楽園を語る資格すら
なく、ましてや幸せにくらす脳みそもない。
そっちのほうが可愛そうだと僕は思う。」
「なんと、無礼な!!!!!!!!!」
いつの間にか僕の周りには兵士がうじゃうじゃ集まり
いつでも僕を八つ裂きにできる状況だ。
「ここでは殺傷が禁止されている。
こっちに来い!」
また拘束されたようだ。

暗いボイラー室。
血の臭いは洗っても取れないのだろう。
何年、何百年分の血の臭いだ。
「お前はここで地獄に行ってもらう。
方法は簡単だ。地獄に行くには
もう一度意識を死んだ状態と同じようにしなければ
ならない。つまり再審査を受けるんだ。
死ね、少年。」
しかし、なにか言い忘れたのかすぐにクリアンは戻ってくると
「血はこちらで一滴残らず利用するのでご心配なく。」
と言って、また去っていった。

待っていたようにロボットが登場してきた。
僕の首にセンサーの狙いを定める。
どうやらロボットは殺しても殺傷禁止違反にはならないようだ。
意志を持たないから過失と言ったら済む話か。
「ひと思いにやってくれ。」
アームが伸びて、僕の首を持つ。
僕は目を瞑った。
ちょっと怖いから。
ギューっ
首をアームが締め上げる。
ギューっ、グググっ
すまないね。こんな事ロボットもしたくはないだろうに。
ごめん……ね。

プツリ

僕の意識は切れた。
そして僕は膝から崩れ落ちる。

外伝 Hölle:地獄   へ続く


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